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【笑ってくれないあさひくん】 #17


 今日はバイトが休み。
 ママとリビングでゴロゴロしながら映画を観ていたら、玄関からドアを開けるような音がした。
 パパは凪の試合を観に行っているはずだし、ハルはここにいるし、玄関の鍵かかってるよね、とママと顔を見合わせていたら、今度は庭からリビングに通じる窓を開けようとしたり、コンコンとノックをしたり。


「え、誰?」
「柚見てきてよ」
「やだよ、ママ行ってよ」


 二人でビクビクしていると、さっきまでソファーで眠っていたハルがのっそりのっそりと歩きながらカーテンをくぐって窓の外の人物を確認。
 「ハル、行かないよ、こっちおいで」と心配するわたしと「ハル、誰だった?」と尋ねるママ。ハルの心配しなよ、と横目で見てると、気になるじゃん?って。気になるけど。
 ママに背中を押されて(突き飛ばされて)恐る恐るカーテンを開けると、窓越しでハルと戯れる勇太くん。
 すぐに窓を開けて「どうしたの?」と聞くと「ハルに会いにきた」って。


「びっくりするじゃん、なんでピンポンしないの?」
「なんとなく」
「今日バイトは?」
「休み」
「勇太もうちの鍵が必要だね。ご飯は?食べたの?」
「うん」
「なに食べたの?どうせ菓子パンとかじゃないの?」
「うん」
「勇太のそれは食べたに入らないでしょ」


 いくつもの小言をぶつぶつと吐きながらキッチンに向かうママ。
 ママがご飯をつくっている間、ハルと遊んでいる勇太くんにコソッと「今日お家の人いるの?」と聞いてみると「うん」とだけ。そっか。

 勇太くんの親は勇太くんが小さい頃から、いや、勇太くん曰く、勇太くんが生まれる前から、仕事がとても忙しく、朝早くに仕事に行って夜遅くに帰宅、休日も家にいないことの方が多いらしい。
 小学生の頃、寂しくないの?と聞いたら「もう慣れた」、中学生の頃にもう一度聞いたら「そっちの方が気が楽」だと言っていた。


 わたしたちがまだ小学生の頃、休日、家族でピクニックをしに公園に行ったとき、公園の隅にいる勇太くんに偶然会ったことがある。
 何をするわけでもなく、遊具で遊んでいる家族連れをぼーっと見ているだけ。
 そんな勇太くんを見つけてすぐに駆け寄り、「何してるの?」「別に」「誰かと遊んでるの?」「別に」と素っ気なく返される。
 その頃にはみんなで遊ぶくらいには仲良かったし、もちろんママやパパも勇太くんの事情も知っていて、なにかあったらうちにおいで、とも伝えていたはず。勇太くん自ら家に来ることはなかったけど、わたしたちが呼ぶと来るし、何もないからうちに来ないんだって思ってた。
 ママたちがみんなで一緒にご飯を食べようと勇太くんを誘うと、静かに頷き、わたしたちの後ろを歩く。
 レジャーシートを広げてお弁当を用意していると、勇太くんは、持っていたカバンから菓子パンを一つ取り出す。


「それ、どうしたの?」
「コンビニで買った」
「お金はどうしたの?」
「いつもお母さんたちがお金置いていく」
「今日、お母さんとお父さんはお仕事?」


 ううんと首を振る。
 ママが「そっか」「勇太くん、それはおやつにして、今日はみんなでこれ食べよう」と言うと、ママとパパの顔を交互に見て、小さく頷く。
 それからママがいっぱいつくったお弁当をみんなで一緒に食べて、日が暮れるまで遊んだ帰り道、ママが「勇太くん、今日お泊まりするよ」と言った。わたしはやった~と喜んで、そのまま勇太くんに「勇太くん、今日お泊まりだって!やったね!」と言うと、少し照れた表情で耳の後ろを触る。


 突然の訪問者を交えてご飯を食べた後、わたしとママは映画の続き、勇太くんはハルと一緒にお昼寝。
 勇太くんの様子を察したママがコソッと「家に親いるって?」と聞いてきたから静かに頷く。
 あの頃の勇太くんは、遠慮してか、誘われないと家に来なかったのに、今はこうして突然来ては好きなように過ごしている。これにはハルの存在も大きいと思う。

 映画が終わるタイミングで、勇太くんはガバッと起き上がり「ハルの散歩行ってくる」とハルを抱っこして玄関へ。状況分かってなさそうな、されるがままのハルは寝ぼけながら、散歩と分かると尻尾をぶんぶん。
 勇太くんがハルの散歩行くときは、長時間確定。公園を何周かして、ハルとボール遊びをして、休憩がてらにベンチに座って道行く人たちを眺め、飽きたらまた公園を何周もするらしい。ハルも長時間のお散歩に満足するのか、帰宅後は爆睡コース。with勇太くん。

 勇太くんが散歩に行ってすぐ、ママが背伸びをしながら「ど~れ、勇太もいるから、今日は焼肉かな」とキッチンに向かう。
 あ、たしかあの日も焼肉だったな。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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