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【笑ってくれないあさひくん】 #20


勇太の過去 3


 それから、じいちゃんと僕の生活はあっという間に過ぎていった。
 じいちゃんは入院の準備を、僕は『お父さん』の家に行く準備を。じいちゃんはいつ帰ってくるか分からないって言ってたけど、きっとすぐ帰ってくる。
 じいちゃんは大きい鞄に洋服を、小さい鞄には三人で撮った写真と僕が描いた絵がいっぱい入っていた。


「じいちゃん、この絵も持っていくの?」
「これはじいちゃんの宝もんやけ」
「ぼくも宝物欲しい。じいちゃんのなにか欲しい」
「じいちゃんのかぁ?」


 そうやなぁ、と考え込むじいちゃん。
 そして隣の部屋から「これはじいちゃんとばあちゃんの宝物け」と大きい箱を持って戻ってくる。
 開けてみろ、と言われてふたを開けると、たくさんの写真と少し汚い小さな洋服が入っていた。たくさんの写真の中には赤ちゃんが写っている。


「これ、誰?」
「勇太や。ぜ~んぶ勇太や」


 僕は一枚一枚「これは?」と聞く。じいちゃんは一枚一枚全部に「これは生まれたばっかりのときの勇太や」「これは、ばあちゃんがミルク飲ましてるときやな。よ~く覚えてる」「これは初めてリンゴ食うたときや。えらい顔して」「これは勇太がここで暮らすようになった日や……。そうけ、これも撮ってたんやな」と答えてくれた。じいちゃんは何回もタオルで目を拭く。


「じいちゃん、この服は?なんか、ちょっと汚い」
「これはなぁ、勇太が生まれてはじめて着た服や。こ~んけ小さかったか。勇太、大きなったなぁ……」


 そう言うとじいちゃんはわんわんと泣き出してしまった。
 じいちゃんが泣くのは、僕が家族の絵を描いたときしか見たことないけど、そのときよりも大きな声で泣いている。そして、僕は心がキュッとなった。
 もしかしたら、じいちゃん死んじゃうの?
 じいちゃん、死んじゃうの?
 そう思って、僕も泣いた。じいちゃんと同じくらい大きな声で、じいちゃんと同じくらいたくさんの涙を流して。


「っじい、ちゃん、っんぼ、ぼく、じいちゃんと、すみたい、っ」
「、じいちゃんもや、じいちゃんも勇太と、っ、勇太とず~っとず~っと……」
「おとう、っさんのとこ、行きたくない、じいちゃんといたいぃ」
「勇太ぁ、じいちゃんな、勇太の母ちゃんに子どもができました言われて、嬉しかったぁ。ばあちゃんと二人でお祝いばしちゃき。でもな、仕事が忙しいので産みません言うたに、じいちゃん怒ったんや。そんなことば言って子どもが可哀想ちゃろう、子どもをなんやと思っとるんけ。だからじいちゃん、あんたらに育てる自信がないなら俺らが育てる言うた。子どもは俺らが育てる、俺らの子供として育てるけ、愛情いっぱいに育てたるけ、俺らのために産んでくれって、じいちゃん、勇太の母ちゃんに土下座ばしてお願いしたんよ。そんでな、勇太の顔を見たとき、じいちゃんとばあちゃん、ほんまに嬉しかったぁ。大事に大事に育てようってばあちゃんと約束したき。勇太は、勇太はじいちゃんとばあちゃんの大事な息子や。じいちゃんな、勇太に申し訳ない、こんな身体になってしもうて申し訳ない……」
「じいちゃん、じいちゃんまでいなくなったら、ぼく、ひとりぼっちになる」
「ごめんなあ、じいちゃんがごめんなあ……」


 じいちゃんと買い物に行った。
 いつもばあちゃんと一緒に来ていたスーパーで「今日はご馳走やけ、好きなもん食え」といつもは一つしか買ってもらえないお菓子を両手いっぱいに選んでも、じいちゃんはまだ買えと言った。たまにしか買ってもらえないジュースも、カップラーメンも、アイスも好きなだけ何でも買ってくれた。じいちゃんもいつもより高くて大きいお酒を買って「今日は特別やけ、ばあちゃんに内緒やな」と二人で人差し指を口に当て、笑った。
 選んだ全部をぎゅうぎゅうに詰めた袋をじいちゃんと二人で持って、帰りに三つの鯛焼きを買った。


「ばあちゃんは、あんこがいいけ」
「じいちゃん、ばあちゃんね、本当はカスタードの方が好きだったんだよ」
「えぇ?ばあちゃんいつもあんこ食ってたよ」
「じいちゃんがカスタード嫌いだから、じいちゃんが間違ってカスタード食べたら可哀想だから、一緒に食べるときはあんこ食べてたんだよ。でもね、じいちゃんに内緒だけどね、ソフトクリーム食べながら帰るとき、ばあちゃんもそのときね、一緒にカスタードの鯛焼き食べてたんだよ」
「……そうか、ばあちゃんのこと知らんかったなぁ。勇太の方がばあちゃんのこと知ってたなぁ」


 家に帰って、いつものように縁側で鯛焼きを食べる僕たち。トースターで焼いて真っ黒に焦げた鯛焼きを二人で笑って食べた。ばあちゃんには一番焦げていない鯛焼きをあげた。じいちゃんは「あんこもいいけど、カスタードもいいけ」と言っていたけど、半分くらい食べたところで「勇太、食え」と残りをくれたから、やっぱりあんまり好きじゃないんだと思う。
 畑に向かうじいちゃんを見ながら、自分の分とじいちゃんがくれた鯛焼きを急いで口に入れて追いかける。ばあちゃんがいたら「行儀悪いから座って食べ」と怒られていたけど、少しでもじいちゃんのそばにいたい。

 夜はスーパーで買ってきたお弁当、お惣菜、お菓子、ジュースをテーブルいっぱいに広げて「今日はパーティーだ」って言うと、じいちゃんは「ハハッ、パーティーか、そうや、パーティーや」と台所から両手にお酒を持ってくる。そして、じいちゃんはお酒、僕はジュースで「「乾杯!」」とパーティーを始める。
 パーティーをするのは誰かの誕生日のときだけ。ばあちゃんが居たときは、ばあちゃんがつくったご飯に、スーパーで買ってきたケーキ。あのときはそれが最高のパーティーだと思っていたけど、今日はあのときよりもすごいパーティーだ。ご飯の途中にお菓子を食べてもいいし、テーブルに肘をついて食べても、テレビの音楽に合わせて途中で踊りはじめても怒られない。じいちゃんはそんな僕の姿を見て、ずっとニコニコしていた。

 じいちゃん、本当は病気じゃないんじゃないかなって思った。病気だったらお酒は飲めないと思うし、咳だってしてないし、ご飯もいっぱい食べてる。本当は病気じゃないから、嘘ついてごめんねのパーティーなのかも。
 もしじいちゃんが嘘ついてごめんねと謝ってきたら、怒ったふりをしてサッカーボールを買ってもらおう。そして、じいちゃんと一緒にサッカーして、いいよって言ってあげる。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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