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【笑ってくれないあさひくん】 #19


 次の夏、ばあちゃんが死んだ。

 ばあちゃんに「畑からきゅうり取ってきて」と言われ、畑で大きいきゅうりを見つけたからばあちゃんびっくりするぞ、とスキップしながら戻ると、じいちゃんが大きい声を出していた。どうしたんだろう。
 声がする台所に行くと、倒れているばあちゃんの横でじいちゃんが大きい声を出していた。じいちゃんが僕に向かって何か言ってる。こわい。ばあちゃんが倒れてる。こわい。

 それからのことはあまり覚えてない。
 お家にお客さんがいっぱい来たし、知らない場所にも行った。その中に『お父さん』と『お母さん』もいた。
 じいちゃんが知らないお客さんたちとお話をしているとき、『お父さん』と『お母さん』が部屋の隅にいた俺に近づいて、話をかけにきたことだけは思えている。
 そのときはなぜか、もしここでお話をしたら、じいちゃんと会えなくなるかもしれないと思って、二人の間を抜けてじいちゃんに抱きつく。じいちゃんは優しく頭を撫でる。

 ばあちゃんが死んで、すごくすごくこわくなって、じいちゃんに「じいちゃんは死なないよね?死んだりしないよね?」と聞いた。
 当たり前だ、じいちゃんは死なんよ、そんなお返事がくると思ったのに、じいちゃんは困った顔をするだけだった。


 じいちゃんとの二人の生活は大変だったけど、慣れない家事、幼稚園の送り迎え、いままでばあちゃんがしていたことをじいちゃんが代わりにしてくれた。
 じいちゃんは「ばあちゃんみてぇに出来んけ、ごめんなぁ」が口癖になり、「大丈夫、僕もやってみる」が俺の口癖になった。

 ばあちゃんが死んだだけでも怖くてたまらないのに、じいちゃんまで死んだらどうしよう、とじいちゃんのそばから離れないようになった。
 じいちゃんが起きる時間に一緒に起き、一緒に畑に出向き、一緒にご飯の準備をする。幼稚園に行っている間にじいちゃんが倒れてたらどうしようと毎日不安で、迎えの時間になれば誰よりもはやく門の前で待ち、じいちゃんを探す。
 じいちゃんが腰が痛いと言えば、幼稚園を休んでそばにいたいと泣き、じいちゃんの姿が見えなくなると家中を必死に探し回った。そんな俺の姿を見るたびにじいちゃんは「じいちゃんいるよ」と頭を撫でる。

 ばあちゃんが死んで初めての夏が来る頃、畑仕事を終えたじいちゃんと縁側にいると、突然「じいちゃんな、入院することになったんだぁ」と言われた。


「にゅういん?にゅういんってなに?」
「病院でお泊まりすることけ。じいちゃんの身体な、病気なんだと」
「じゃあ、ぼくも行く!ぼくもお泊まりする!」
「勇太は行けんよ」
「やだ、じいちゃんといる!」
「ごめんなぁ」


 やだ、やだ、じいちゃんといたい、じいちゃんと一緒がいい、と泣き喚く俺を見て、じいちゃんは困った顔をする。
 ばあちゃんが死んでから、じいちゃんを困らせまいと必死に強がってきたけど、ここで爆発してしまった。いまじいちゃんを困らせてることは分かってる。でも、もしかしたら「しょうがないき、勇太も一緒に行くか」と言ってくれるかもしれない。
 でも、じいちゃんは「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と繰り返すだけだった。


「いつ帰ってくるの?運動会までには帰ってくる?」
「どうやろなぁ」
「じいちゃんがいないとき、ぼく、ひとりで住むの?」
「じいちゃんが入院したらな、勇太はお父さんとお母さんの家に行くけ」


 『お父さん』と『お母さん』の家……あそこはここからうんと遠いところにある。
 『お父さん』たちの家に泊まりに行ったときに、初めて新幹線に乗った。初めて見る乗り物に駅のホームで驚き、走るスピードにもまた驚き、窓に顔をくっつけて外を見ていたら、『お父さん』が「おじいちゃんの家からお父さんの家まで、これに乗らないと行けないんだよ」と言っていたのを思い出す。
 そして、その横から聞こえた「だから早く出たかったの、あんな田舎」。そのときはどういう意味か分からなかったけど、きっとよくない言葉だと思った。

 頭から離れない初めて聞いた言葉を、幼稚園の先生に、田舎って何?と聞いたら「森とか田んぼとか、自然がいっぱいある場所のことだよ」と教えてくれた。


「ここは田舎?」
「う~ん、そうだね。田舎という人もいるね」
「いい言葉?わるい言葉?」
「いい言葉でお話しすることもできるし、よくない言葉でお話しすることもできるかな。田舎が好きな人もいるし、苦手だなぁと思う人もいると思うよ。勇太くんは田舎好き?」
「うん、好き、じいちゃんとばあちゃんもいるし」


 そっか、『お母さん』はここが好きじゃないんだ。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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