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【笑ってくれないあさひくん】 #23


勇太の過去 6


 知らない人がお家に入ってきた。
 その人はキッチンでお茶を飲んでいる僕を見て、少しびっくりした顔をしてから「ハウスクリーニングで参りました」とお辞儀をした。僕も「こんにちは」ってご挨拶をしたら「さっそく始めさせていただきます」とすぐに掃除の準備をする。
 僕は急いで自分の部屋に戻る。
 知らない人がお家にいるって、何だかソワソワする。部屋の中にある本を読んでみようかな、おもちゃで遊んでみようかな。いろいろ考えてみるけど、違うお部屋で音がすると気になっちゃうから、外に行くことにした。
 お掃除が終わるまでどこに行こう。
 あ、そうだ。マンションの中にお庭があったからそこにいよう、と歩いていると、遠くにおじちゃんの背中が見えた。走っておじちゃんのところまで行くと、おじちゃんは「おぉ、坊主か」とニコッとする。


「飯食ったか?」
「うん、いま食べてきた」
「今日もひとりで留守番か?」
「うん、でも、お掃除の人がいるから、終わるまでお庭にいるの」
「おっちゃん、ちょうど庭の草むしりすんだ。坊主も手伝うか?」
「うん!」


 おじちゃんは近くのイスにラジオを置いて、僕にこの草は取っていい草、この葉っぱは取っちゃダメな草を教えてくれたあと、鼻歌を歌いながら草を取っていく。
 僕はじいちゃんのお手伝いで一日中草取りをしていたこともあるから、得意。土まみれになってばあちゃんをびっくりさせたこともある。


「坊主はここに来る前はどこにいたんだ?」
「じいちゃんのとこ。じいちゃんとばあちゃんと住んでたんだけど、ばあちゃん死んで、じいちゃん病院にお泊まりするから、お父さんたちと一緒に住んでるの」
「そうか」
「いつもじいちゃんの畑のお手伝いしてたから、草取り上手だよ」
「おぉ、さすがだな。ちゃんと取っちゃダメな草は取ってねぇ。草むしりしてんの母ちゃんたちに怒られねぇか?」
「ん~、分かんない、でも自分のことは自分でしなさいって言ってた」
「母ちゃん怖ぇか?」
「ちょっと」
「父ちゃんも怖いか?」
「ん~、お父さんは優しいと思う。でも、お父さんもお母さんも、あんまりお話ししないからまだわかんない」
「そうか。ちゃんとひとりで飯食えて、自分のことは自分でして、坊主は利口だな」
「りこうってなに?」
「お利口さん、良い子だなってこと」


 お利口さん……僕、良い子なんだ。
 お利口さんの言葉に嬉しくなって下を向いてニコニコしていると、おじちゃんが「なんだぁ、笑って」と顔をのぞいてきた。僕は「なんでもない」って、おじちゃんに顔を見られないように背中を向けて草取りをする。
 草取りをいっぱいして汗が出てきたとき、おじちゃんが「坊主、少し休憩すっか~」って僕を呼ぶ。後ろを向くと、おじちゃんはイスに座ってお茶を飲んでいた。おじちゃんの隣に座ると「疲れたか?」って言いながら、はいよ、と袋に入ったなにかを渡される。


「これ、なに?」
「パン、メロンパン。食ったことねぇのか?」
「うん、美味しいの?」
「うめぇよ。食ってみな、それ坊主にあげっから」
「でも、おじちゃん食べないの?」
「おっちゃん、もう一つあっから。晩飯食えなくなるからちょっとだけ食って、残ったのは明日食いな」


 メロンパンをガブガブ食べているおじちゃんを見てから、僕も同じように食べてみる。


「美味しい!」
「そうか、良かった良かった」
「これ、どこで売ってるの?」
「どこにでも売ってるよ。コンビニでもスーパーでも」
「ドラッグストアでも売ってる?」
「多分な」


 そっか、歯ブラシ買ったお店でも売ってるんだ。明日買いに行こう、と考えていると、おじちゃんが「坊主、明日もひとりで留守番か?」「明日も草取りするか?」って。


「うん」
「今日はもうおっちゃん疲れたからおしまい。明日は好きな時間に来な」
「うん、わかった」
「ちゃんと戸締りしろよ」
「うん」


 明日もおじちゃんに会えるんだ。
 おじちゃんはなんかじいちゃんみたいで好き。じいちゃんに似てないけど、じいちゃんみたいに優しい。

 次の日、ドアに耳をつけて『お母さん』たちがお仕事に行くのを聞く。
 玄関のドアが閉まる音を聞いてすぐにお部屋を出て、急いでご飯を食べて、歯を磨いて、お着替えをして、お財布と携帯とお家の鍵、冷蔵庫から持ってきたペットボトルのお茶をリュックにしまって、お庭に行く。
 ちょっと早く来すぎちゃったかな、って思ったけど、お庭にはおじちゃんがいた。おじちゃんも早い。


「おじちゃん、おはよう」
「お、坊主、早ぇな。飯食ったか?」
「うん」
「さっそく始めっか。昨日おっちゃんが言ったこと覚えてるか?」
「うん、この草は取らなくて、この草は取っていいの」
「よく覚えてんな。疲れたら休憩しろよ」
「うん」


 おじちゃんと僕は昨日の場所の続きをする。ラジオから流れる歌に合わせているのか合わせていないのかよくわからない鼻歌を聞いて、じいちゃんみたいだ、と嬉しくなる。
 お昼ご飯の時間になるまで、おじちゃんは「疲れてねぇか?」「坊主、飲みもんあるか?水分取んな」と何回も休憩する。休憩のときには、草取りはいつ終わるのか、お庭が終わってもマンションの周りの草取りもやらなきゃいけない、とかいっぱいお話をした。
 「草取りは好きだから僕もいっぱい手伝うよ」「坊主もそろそろ休み終わんだろ。幼稚園行かなきゃだろ」って言われて、そうだ、僕は幼稚園行かなきゃいけないんだ。
 ……行きたくないな。
 お友だちもできるかわからないし、楽しくなかったらイヤだな、おじちゃんとずっと草取りしてたいな、って考えていたら、「幼稚園嫌いか?」っておじちゃんが。


「前の幼稚園は楽しかったけど、運動会に行けなかったし、新しい幼稚園にはお友だちもいないし……」
「じゃあ、友達つくればいい」
「でも、いじわるされたらどうしよう、」
「意地悪されたら、意地悪し返せばいい」
「だめだよ、いじわるはしちゃいけないんだよ、じいちゃんも先生も言ってた」
「そうだな。意地悪は駄目だよな」
「いじわるされたら、いじわるしないでって言うの」
「意地悪すんなつったら意地悪されなくなんのか?」
「わかんないけど、」
「いいんだ。意地悪されたら同じことしてやればいい。それで、ああだこうだ言ってきたら、自分は意地悪していいのに、意地悪されるのは嫌なんか?って言ってやればいい」
「ん~、ちょっとむずかしい」
「はは、そうだよな。難しいよな。大丈夫、坊主は利口だから、利口な友達ができるよ」


 おじちゃんはニコッて笑ってから「坊主、飯食いに行くか」と立ち上がった。
 お昼はお家でお弁当食べて、またお庭に行って草取りするんだと思ってたからびっくりしていたら「なんだ、飯用意してあんのか?」「ううん、行く!」。
 本当は冷蔵庫にお昼の分のお弁当があるけど、それは夜ご飯に食べて、夜ご飯のお弁当は朝ごはんに食べればいい。『お父さん』たちに聞かれたら、お腹空いてなかったって言えばいい。
 「よし、じゃあ行くか」と歩くおじちゃんの後ろをついていく。マンションを出て、歯ブラシを買ったお店を通り過ぎたところで、おじちゃんが「ここ」と指を差したお店は、なんだかちょっとボロボロのお店。


「ここ美味しいの?」
「食ったら分かる」


 ……美味しくなかったら、僕のご飯をおじちゃんにあげよう。家に帰ったらお弁当があるから。
 中に入って席に座ると、おじちゃんが「食えないもんあるか?」って聞いてきたから「野菜が好きじゃない」って言ったら、笑って「おっちゃんも」。
 店員さんに「カツ丼二つ」と注文したあと、お店の人がおっちゃんに「なに、あんたの子?」って聞くと「似てっか?」「マンションの子。草取り手伝ってくれたからそのお礼」と言って僕に「なっ?」と笑う。


「おじちゃん、子どもいるの?」
「いるよ。離れて暮らしてるけどな」
「さみしい?」
「ん~、どうだろうな。もうしばらく会ってねぇから顔忘れてるかもなぁ」
「会わないと顔忘れるの?」
「おっちゃんは忘れちゃったな」


 会わないと顔を忘れる……

 じいちゃんの顔……
 ばあちゃんの顔……

 良かった。ちゃんと覚えてた。
 うん、ちゃんと覚えてる。
 僕は会わなくても顔覚えてる。

 おじちゃんといろんなお話をしていたら、お店の人が「はい、お待たせ」と持ってきたカツ丼はとってもいい匂いがした。煙がいっぱい。
 おじちゃんは「食え、うんめぇから」「冷ましてから食えよ」と僕が食べるのを待っている。僕はいっぱいふーふーしてから食べる。
 あつい!おいしい!
 おじちゃんは僕を見ながら「うんめぇだろ?ここのカツ丼食ったらよそじゃ食えねぇんだ」「うん、うめぇ」とニコニコしながら食べる。
 「僕、カツ丼初めて食べた」って言ったら、びっくりした顔で「初めてがここじゃ贅沢だなぁ、もっと色んなとこ行って美味いもん食え」「おっちゃん色んなとこ知ってっからよ、食いたいもんあったら言いな」と言ってくれた。
 おじちゃんは僕が食べ終わるまで待っていてくれた。一緒にごちそうさまをした後、「これは草取り手伝ってくれたお礼だからおっちゃんが払うから」と言ってくれた。


「おじちゃん、ありがとう」
「美味かったか?」
「うん」
「なら良し。坊主、少し散歩すっか」


 来た道とは反対の道を行くおじちゃんは、ここが一番近い公園、ここが一番近いスーパーだけどこの先のスーパーの方が広いし品数もある、ここはソフトクリームが美味い店、コンビニはここが一番近い、この道は車が沢山通るから気をつけろ、と教えてくれた。
 途中で買ってもらったソフトクリームを食べながら聞いていたら、いつの間にかマンションの前にいた。そっか、おじちゃんが教えてくれたお店はマンションの近くにあるお店だったんだ。おじちゃんと一緒にマンションに入って(僕がカギを開けたら、おじちゃんが「よく覚えてたな」って褒めてくれた)、さっきの続きからまた草取りをする。

 カツ丼美味しかったな。じいちゃん、カツ丼食べたことあるかな。ソフトクリームも美味しかったな。じいちゃんと内緒で、ばあちゃんと二人でソフトクリーム食べたときも美味しかった。
 また行きたいな。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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