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第13号(2018年11月16日) GRU? GU?


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【質問箱】GRU? GU?

 このコーナーでは、読者の皆様からメールや質問箱にお寄せいただいた質問にお答えしていきます。

(質問)
 露元スパイのスクリパリ親子の毒殺未遂事件で有名になったロシア参謀本部情報総局(GRU)ですが、ロシア語ソースではロシア参謀本部総局(GU)になっています。
 名称変更になった経緯はあるのでしょうか?

(小泉より)
 今回はロシア軍の情報機関である参謀本部情報総局(GRU)についてのご質問を取り上げさせていただきました。
 GRU(グルーと発音)は1918年に設立され、国家保安委員会(KGB)と並ぶソ連・ロシアの主要情報機関としてその名を轟かせています。有名なところでは、戦前・戦中の日本で活躍したソ連スパイのリヒャルト・ゾルゲがGRUの情報機関員でした。
 ちなみにゾルゲはのちにスパイであることが発覚して1941年に逮捕され、1944年に巣鴨拘置所で処刑されています。ソ連政府は1964年にゾルゲに「ソ連邦英雄」の称号を授与し、多磨霊園にある墓碑にもこの称号が刻まれることになりました(ロシア大使が毎年花をたむけています)。
 余談ついでに、ロシア大使館の中にあるロシア人子弟用学校は「リヒャルト・ゾルゲ記念中等学校」の名称を冠しており、内部には「ゾルゲ・コーナー」もあります。日本から見ればスパイですが、ソ連・ロシアから見れば祖国のために命をかけた「英雄」であるわけです。

ロシア大使館内のゾルゲ記念学校とゾルゲ・コーナー

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 ご質問にあるセルゲイ・スクリパリ氏もGRU大佐でしたが、英国と内通する二重スパイであることが発覚して拘束され、のちにスパイ交換で米国に引き渡されています(このとき交換されたロシアのスパイ団には、「美人すぎるスパイ」として有名なアンナ・チャップマンが含まれていました)。
 スクリパリ氏を化学兵器ノヴィチョークで攻撃したのもGRUの工作員とされていますが、これは身内の裏切り者は自分たちで始末するということだったのでしょう。ただ、スクリパリ氏と娘のユリヤ・スクリパリ氏は驚異的な体力で回復を遂げ、GRUの作戦は失敗に終わっています。

 また、GRUの活動は人的諜報(HUMINT)にとどまらず、電波傍受施設や偵察衛星、さらには特殊任務旅団(偵察・撹乱・破壊工作などを任務とする軽歩兵部隊)の運用にまで及んでいます。
 たとえばシリア内戦の当初、自由シリア軍が占領した電波傍受施設「ツェントル-S」の内部にはGRUの紋章やロシア語資料が大量に残されており、GRUの電波傍受施設として運用されていたことが明らかになりました。

 このように、GRUは単なるスパイ機関ではありません。実際、GRUの「R(разведывательный)」は本来、「偵察の」とか「探査の」といった意味を持つ言葉であり、情報収集活動全般を広く意味します(このため、「偵察総局」と訳されることもあります)。軍事インテリジェンス全般を担うロシア軍の「眼」がGRUなのだと言えるでしょう。
 ところがご質問の通り、現在のロシア軍ではGRUの正式名称を「参謀本部総局(GU)」としています(ロシア国防省公式サイト)。

 では、何故GRUから「R」が抜け落ちたのでしょうか。ソ連崩壊後にはすでにGUの名称が用いられていたという説もありますが、ロシアの報道情報を見ると、多くは2010年に名称変更が行われていたと説明しています。
 そこで仮に2010年が名称変更の年だったとすると、これはなかなか意味深なタイミングです。
 当時、ロシアの国防大臣を務めていたのはアナトリー・セルジュコフ氏であり、同人はプーチン首相(当時)の意向を受けて大規模な軍改革を進めている最中でした。セルジュコフ改革については拙著『軍事大国ロシア』で詳しく扱っていますが、軍事面で見ると、余剰将校の大幅削減や契約軍人の大量導入、新たな指揮系統の採用、装備更新の推進によってロシア軍を軍事組織として立て直すことに主眼が置かれていました。

 一方、セルジュコフ改革には政治的な側面もありました。すなわち、大統領も容易に手を出せないロシア軍参謀本部を、国防大臣を中心とする政治的な指揮系統の中に位置づけ直すことです。
 これはセルジュコフ改革の以前から、プーチン政権における軍改革の隠れたテーマでした。
 たとえばプーチン大統領は2004年に国防法を改正しています。従来の国防法では国防大臣と参謀本部がともに大統領に対する報告権を持っており、見ようによっては参謀本部が国防大臣を飛ばして大統領に直結しているとも解釈できる規定でした。これを問題視したプーチン大統領は、国防法改正によって、参謀総長は国防相を通じてしか大統領に報告を行えないと規定しなおしたわけです。
 セルジュコフ改革では、この路線がさらに強力に推し進められ、参謀本部の中核組織である作戦総局の規模がほぼ半分に削減されたほか、参謀本部が握っていた装備調達関連の権限も新たに設けられた連邦装備調達庁という国防省の外局に移管されるなどしています。
 こうした一連の改革の総仕上げが、GRUの地位変更でした。すなわち、GRUという強力な存在を参謀本部から取り上げて国防省の管轄とし、特殊任務旅団は陸軍の軍管区に移管するというものです。セルジュコフ国防大臣はさらに通信総局も参謀本部から国防省へと移管しようとしていました。
参謀本部が握っているロシア軍の「眼」と「神経」を取り上げ、純粋な作戦立案組織に近づける、「参謀本部の参謀本部化」がプーチン大統領の最終構想であったわけです。
 このようにしてみると、2010年の時点でGRUから「R」が落とされたのは、プーチン政権による参謀本部押さえ込みに向けた施策の一環であったのかではないか、というのが私の見方です。おそらく、GRU改めGUは情報分析業務などのみを担当し、実際のインテリジェンス手段は国防省側に移管されることになっていたのではないでしょうか。

 しかし、参謀本部はこれに猛反発します。特殊作戦旅団の移管だけは呑んだものの、インテリジェンス能力と指揮通信能力は何としても死守する姿勢を示し、徹底抗戦の構えを取りました。
 さらに2012年11月、セルジュコフが突如として失脚します。汚職問題と愛人問題を同時に暴露されたためですが、これは軍の改革抵抗勢力による反撃であったという見方が有力です。セルジュコフ改革に対する軍の不満は多岐にわたっていましたが、GRUの地位変更もその中の少なからぬ割合を占めていた可能性は非常に大きいと思います。
 セルジュコフ失脚後も軍の反撃は続きます。2013年の国防法改正では参謀総長が再び大統領に対する直接報告権を得たほか、セルジュコフ改革で導入された様々な施策の一部(たとえば師団を全廃して旅団に改編するなど)が巻き戻される動きが相次ぎました。当然、GRUや通信総局の移管も棚上げとなっています。

 こうした経緯を経た今年11月2日、GRU設立100周年(軍事偵察員の日でもある)の記念日に臨んだプーチン大統領は、次のように述べました。

「軍事偵察員の日、そしてGRU(現在はGUですが)設立100周年という記念日の到来をお祝い申し上げます。(中略)何故「偵察」の語が消されてしまったのか、理解できません。GRUを復活させねばなりません」

「R」が抜けたのは自らがセルジュコフ国防大臣に推し進めさせた改革の結果であることを考えると、随分な尻尾切りです。いずれにしても、この発言は政権が参謀本部の抑え込みを諦めたことを改めて宣言する「休戦宣言」のようなものと理解できるでしょう。
 たかがR、されどR。


【編集後記】鎮西演習に行ってきました

 ご案内の通り、シンガポールでプーチン大統領と会談した安倍首相が「日ソ共同宣言を基礎に」北方領土問題の解決を図ると発言したことが波紋を広げています。
 9月にウラジオスクで開催された東方経済フォーラムにおいて、プーチン大統領が「前提条件なしで平和条約を」と呼びかけたことへの応答と見られます(この発言の意味については2018年9月14日の本メルマガ第4号で取り上げました)。

 こうなると日本のメディアはてんやわんやで、北方領土問題が専門でない私のところにも出演依頼の電話が殺到します。佐藤優さんとか東郷和彦大使なんかは寝る暇もない状態ではないでしょうか。
 私はそれほどではないですが、やはり平常業務は完全に破綻してしまいます。メルマガの場合、普段は木曜日のうちに仕上げて金曜に見直し、配信することにしているのですが、今回はテレビ局の移動時間の合間にどうにか仕上げて配信するのが精一杯でした。
 また、このためにニュースと書籍紹介のコーナーを落とさざるを得ませんでした。購読者の皆様にはお詫びを申し上げたいと思います。

 ところでこの騒ぎが起こる直前、陸上自衛隊のご招待で西部方面隊の「鎮西」演習を視察させていただきました。演習の中心となる日出生台演習場に加え、西部方面総監部その他をじっくりと見せていただき、非常に貴重な経験になりました。
 よく考えてみると軍隊の演習というものを間近で見たのはこれが初めてだったのですね。演習場内の第八師団指揮所にも入れてもらったのですが、第一印象は「タバ作戦だ…」。己の想像力が貧困なのか、シン・ゴジラがよくできているのか。この辺の経験はいずれ書物の中でフィードバックしていきたいと思います。
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【発行者】
小泉悠(軍事アナリスト)
Twitter:@CCCP1917

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