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第119号(2021年3月1日)ロシア製ミサイルを巡ってアルメニア内政が混乱


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【インサイト】イスカンデルミサイルを巡るアルメニア首相の発言が政治問題に

「イスカンデルは10%しか爆発しない」
 昨年9月にアルメニアとアゼルバイジャンの間で勃発した第二次ナゴルノ・カラバフ戦争。戦闘はアゼルバイジャン軍の大勝利に終わり、アルメニアはナゴルノ・カラバフの約4割とその周辺の占領地域をほとんど全部終わるという屈辱的な停戦条件を飲まざるを得なくなりました。その背景については本メルマガ第101号で詳しく扱っています。

 その後、現場ではロシア軍平和維持部隊の監視の下で概ね停戦が遵守されているようですが、アルメニア国内では敗戦の責任が政治問題になっています。当初、国民の間で盛り上がったパシニャン首相の辞任論はひとまず落ち着いたと見られていたものの、先週、これが思わぬ形で再燃しました。
 発端となったのは、サルキシャン元大統領のパシニャン批判です。
 サルキシャン大統領は2018年、自らの任期切れを前に権力の大部分を首相に移し、自らがそこに収まろうとした人物。一方、野党活動家だったパシニャンはこれを厳しく批判する運動を展開し、最終的に首相にまで上り詰めたわけですから、サルキシャンにしてみれば、今回の敗戦はパシニャン政権への格好の攻撃材料ということになるでしょう。
 サルキシャンが攻撃の材料に選んだのは、パシニャン政権が何故、戦争の初期段階でロシア製のイスカンデル-E弾道ミサイル(ロシア軍が装備しているイスカンデル-Mの輸出バージョン…なのだが、本当にそうかどうかは後段を参照)をアゼルバイジャンに対して使用しなかったのかという問題でした。

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 この点をマスコミとの2月23日のインタビューで問われたパシニャン首相は、次のように答えています(アルメニア語のため、以下はコメルサントによるロシア語訳をさらに日本語訳)。

「彼は多くの問題についての答えを知っているでしょうし、答えの分かっている問いには答えないと思いますよ。それとも、発射されたイスカンデルが何故爆発しないのか、あるいは10%しか爆発しないのか答えてくれるかもしれませんね」

 パシニャン首相はインタビュアーの「そうなんですか?」との問いに「わかりません」と答えているほか、イスカンデルについて「多分1980年台の武器だったのでは?」とも述べており、同人が軍事に暗いことを示していますが、いずれにしてもそう真剣な突っ込んだやりとりであったようには見えません。
 要は、サルキシャン政権下で導入されたロシア製ミサイルは役立たずだと言いたかったのでしょう。
 しかし、アルメニア軍のティラン・ハチャトゥリャン第一副参謀総長がこの発言を聴いて長いこと笑った後、「もちろんそんなことはありえない…どうやって?…イスカンデルは?…一回の射撃の話か?…10%だって?…申し訳ないが真面目に取り合えませんね」と発言したことに対しては鋭く反応し、24日には同人を解任してしまいました。
 これだけだと最高司令官を馬鹿にした高級軍人がクビになった、という話なのですが、騒ぎはここから大きくなっていきます。第一副参謀総長の罷免に怒ったガスパリャン参謀総長が逆にパシニャン首相の辞任を要求し、警察幹部からもこれに同調する勢力が現れたためです。パシニャン首相もこれを「クーデター」と位置付け、支持者集会を開いて対抗するとともに、参謀総長を罷免する提案を大統領に提出しました(憲法上、参謀総長の任免は大統領権限とされているためだが、大統領は署名せず)。
 政治の世界では時に非常にテクニカルな問題が政治的対立の火種となることがありますが(イージスアショアのブースタ問題とか)、イスカンデル-Eを巡るアルメニアの内紛はまさにその典型と言えるでしょう。
 おそらくは敗戦の責任逃れのつもりで口にした出まかせが軍を怒らせ、内政不安に繋がったわけです。軍にしてみれば「お前らがヘボだったからだ」と言われたようにも感じられるのでしょうし、もっというと、カラバフ閥のサルキシャン政権を打倒して成立したポッと出の革命政権こそ敗戦の責任者ではないのかという思いもあるのだと思います。
 同じくカラバフ閥のコチャリャン元大統領が国民に軍への支持を呼びかけたのも、こうした気分を反映したものでしょう。もっとも、コチャリャンはパシニャン政権成立後に民主化弾圧の罪で一時期投獄されていましたから、パシニャン攻撃の格好の機会というか、鬱憤晴らしの側面もありそうですが。

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