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北朝鮮の無人航空機と思われる物体を撮影した衛星画像について

1 はじめに

 令和4年9月25日に北朝鮮の方峴(パンヒョン)飛行場を撮影した衛星画像で、同飛行場の中にある施設群の一角で見慣れない航空機がキャッチされました。 

格納庫または整備施設の拡大図(中心に無人機が駐機)Image ©︎ 2022 Maxar Technologies
無人機の位置を拡大したもの Image ©︎ 2022 Maxar Technologies

 この方峴飛行場は北朝鮮北西部の平安北道亀城(クソン)に位置する旧式のMiG-17戦闘機を装備している空軍基地であり、ほかの基地とは異なって大規模な整備施設が設けられているのが特徴です。
 2015年3月下旬ころに金正恩党第1書記(当時)が国産と称する軽飛行機を自ら操縦した飛行場としても知られています。

方峴飛行場は平壌の北方約100キロメートルに位置する

 今回新たに確認された機体は、既存の北朝鮮が保有している機体とは全く形状が異なるものであることに加え、北朝鮮が2021年1月に朝鮮労働党第8次大会で示した 「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画(通称:国防5か年計画)」を踏まえると、同計画で開発が言及された無人航空機(UAV)または無人戦闘航空機(UCAV)である可能性が高いと思われます(便宜上、当記事ではUAVと呼称します)。

「自衛-2021」で展示された無人機(画面左端)

2 撮影位置について

 この機体が発見された詳細な位置は、飛行場内にある施設群の格納庫または整備施設の出入り口直近の通路上です(座標:39°55'5.23"N, 125°12'45.53"E)。
 通常、この施設群の一角には整備待ちの(あるいは終了した)航空機が駐機されることが多いのが常であり、過去にはMiG-23戦闘機やSu-25対地攻撃機、An-2輸送機が多く見られました(9月20日から25日の間にUAVと思われる機体の北側に2機のAn-2が移動されてきました)。

Image ©︎ 2022 Maxar Technologies

3 今回撮影されたUAVについて

(1) UAVか否かの検討

 前述のとおり、機体形状が明らかに既知の北朝鮮機とは異なります。画質や日光の反射で別の機体や何らかの機体の残骸である可能性も検討しましたが、

1 形状が有人機とは思えない特異な形状をしていること
2 飛行場で損傷した航空機が駐機された事例が全く存在しないこと
3 過去に方峴飛行場で小型無人機の試験が実施されたという報道があること

を踏まえると、UAVである可能性が極めて高いという結論に達しました。

(2) 形状

  この飛行機が実際にUAVと仮定して観察してみると、高アスペクト比の主翼を有するという中高度長時間滞空(MALE)型無人機で一般的な形状をしています。
  機体の大きさについては、全幅約20メートル、全長約9メートルであり、全幅が外国製のMALE型UAVと合致しないほど長いことが特徴です。
  衛星画像では、水平尾翼が見当たらないことに加えて垂直尾翼らしきものとその影が確認できますが、水平尾翼が欠如したままでは飛行すら不可能であるという問題が生じます(一般的にMALE型UAVは機体後部に水平尾翼と垂直尾翼を兼ねたV字翼を備えています)。ただし、衛星画像を精査してみると垂直尾翼ではなくV字翼にも見えますので、今後の動向を注視していく必要があることは言うまでもありません。

無人機を拡大したもの(黒い部分は影である)Image ©︎ 2022 Maxar Technologies
参考:エチオピア空軍の「バイラクタルTB2」(左側)及び「翼竜Ⅰ」(中央と右側)
Image ©︎ 2022 Maxar Technologies

(3) 関連設備について

 今回入手した衛星画像では、地上管制ステーション(GCS)や関連すると思しき設備類は確認できていません。したがって、この機体の遠隔操作方式が衛星通信(SATCOM)を用いるものなのか、それとも著名なトルコ製「バイラクタルTB2」のように見通し線(LOS)通信のみに制限されるのは不明です(国防5か年計画では行動半径500キロメートルとされているため、機体規模を踏まえると後者である可能性が高いと思われます)。

(4) 武装化の有無

「国防5か年計画」では、UAVについて「各種の電子兵器、無人打撃装備と偵察探知手段、軍事偵察衛星の設計を完成した」、「最大500㎞の精密偵察を実施できる無人偵察機をはじめとする偵察手段を開発するための最も重要な研究本格的に推進する」と触れているため、多岐にわたるUAV及びUCAVを開発すると示唆していますが、今回撮影されたものがUCAVとなるかは不明です。しかし、機体規模からUCAVと推測しても不自然なことではありません。
 問題となるのは武装ですが、2021年10月に平壌で開催された国防発展展覧会「自衛-2021」で、中国の「ブルーアロ-11」空対地ミサイル(AGM)に酷似した新型AGMが展示されたため、大きな問題とはならないでしょう(ミサイルの誘導方式は不明ですが、北朝鮮はセミアクティブレーザー誘導式対戦車ミサイル(ATGM)や「スパイクSR」に酷似した携帯式の赤外線画像(IIR)誘導方式のATGMを装備・開発しています)。

「ブルーアロー11」に似た新型空対地ミサイル(中央と右奥)

(5) その他

ア 搭載する電子光学センサーについて
 通常、UAVは捜索・目標指示の手段として前方監視型赤外線装置(FLIR)といった電子光学センサーを装備しています。北朝鮮がそのような高度な電子機器を保有しているのかという疑問が湧く方も多いと思われますが、2013年11月の時点で同種センサーが艦艇に搭載されていることが確認されているほか、2018年には新型のセンサーが登場しているため、開発する能力がないわけではありません。

艦艇用の電子光学センサー


イ 北朝鮮の無人機開発能力の是非
 北朝鮮は技術力が低いので高度な技術を必要とするUAVの開発は不可能だと疑問視する方が多いと思われます。
 しかし、

1 An-2輸送機の国産化などで一定の航空機製造能力を有すること
2 すでに(自爆型を含む)無人機の製造及び運用経験があること
3 フロント起業を通じて海外に無人機制御技術を売り込んでいること
4 航空戦力が改善する見込みがないため、自力で対応する必要があること
5 つまり、技術的難易度が低い無人機の開発に注力せざるを得ないこと
6 アフリカや東南アジア各国で国産U(C)AV開発が盛んであるため、北朝鮮もその例外ではないこと

を考えると、至って自然なものと考えられます。

4 今後の動向について

 北朝鮮が「自衛-2021」の時点で数種類のUAVを展示したことが確認されています。「国防5か年計画」は2025年で達成される見込みとなるため、現時点で残り3年程度しか時間が残されていません。
 したがって、今後は試験が進められ、場合によっては金総書記による視察がある可能性があります。攻撃手段など不明な点が多いですが、今回撮影されたUAVと思しき機体の存在を通じて、開発の進捗が順調に進んでいることが推測できます。
 北朝鮮が公表したUAVは日本に到達する能力はありませんが、技術的特性など現時点の国力を反映すると思われるため、決して無視すべき存在ではないのです。

5 参考資料

小泉悠(@OKB1917)
Tarao Goo@NK Watcher(@GreatPoppo


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