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僕がいなくても世界は回る①



 俺は人を助けるために生まれ、人は俺に助けられるためにいる、とすら考えていた。俺は生を受けた時からヒーローとなる運命は決まっていた。姿を見れば一目瞭然だ、黒い体に赤い目。思春期を超える頃には筋骨隆々とし。一般的な人と明らかに違っていた。
 そして現在、俺が街を歩けば黄色い声援と羨望のまなざしが送られる。予定調和のごとく現れる怪物を、予定調和のごとく倒していく。そんな毎日が続いていた。
 いつも通り街を歩いて警戒しているときだった。ただ一度やや大き目な鐘の音がきこえた
 その瞬間目の前は灰色になり、空間が折りたたまってねじれ、体は沸騰したように熱くなり、俺は意識を失った。

 ふと眠っていたことに気が付き、掛布団を払って起きるとそこは小さな八畳ほどの賃貸と思われる場所だった。感覚がおかしい、体は軽くはあるが、動きが弱く鈍くなんだか上手く力が入らない、そこにある鏡に気付き目を向けた瞬間驚愕した。「なんだこの姿は、そこら辺にいる一般人と何も変わらないじゃないか!!」
 茫然自失だった。ペットボトルにアルミの花柄のシンク。整理整頓されつつも生活感のある一間。両手で顔覆い深くため息をついた。
 受け入れざるをえなかった。とりあえずこのままで生活していかねばならない。家の中をあらかた見て回ると、ビジネス用のカバンに名刺が入っているのを見つけた。七川株式会社 営業部。どうやらそこに所属しているらしい。
 悲しい。俺はあの不思議な現象が起こるまでヒーロでいたはずだった。俺はヒーロ、ヒーロといえば俺。のはずだった。腕立て伏せをするにも頼りないこの手はいったい何だろうか。力と正義の男だったはず。正義の心は残っていようがこの手で一体何ができるというのだ。誰も助けることができなくなってしまった。皆が俺を頼りにしていて、頼られ答えることに生きがいを感じていた。だが今の俺は……

 この体にも慣れ、会社にも毎日通っている。新規顧客を開拓するため色々な会社に出向き、自分の会社の商品を受注をもらってくる。それが営業の俺の役目だった。だれた雰囲気のするパチンコ屋の駐車場で、負けて帰ってきたであろう肩を落として歩く人を、何気なしに眺めていた。カラスが時々飛び。赤い空に黒い影。何もしたくなかった。要はサボりである。だらけているのを力の入らない体のせいにしていた。うつろだった。僕は何かの抜け殻になってしまっている。
 最初はある程度真面目に会社で働いていたが、大したことのない自分の成績に嫌気がさし、日に日にサボる時間は増えていった。
 黄色い声援も、羨望の眼差しも、尊敬も、憧れも。すべて消えてしまった。アホらしかった、無力な自分と、手応えのない社会が。自分が動けば社会が変わったあのころと違う。何をどう頑張ろうが社会なんて動かせない。注目と脚光はなく、ただ日陰にいる一人が何をしようが意味もない。