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脚本版 君が帯をほどく時

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《あらすじ》

舞台はとあるお屋敷の片隅。屋敷の跡継ぎである葵(あおい)は、父の持ってくる縁談に辟易していた。葵は恋人・春(ハル)の存在を父に認めてもらうべく、親族や会社関係者の多く集まる年末の会合で外堀から埋めていく作戦に出る。葵の幼馴染でもある下男の健次郎や、屋敷の使用人を巻き込んで準備を整えた二人は、静かに会場へと向かうのだった。

《登場人物》

葵(あおい) 男性・20代前半
春(はる)  女性・20歳前後
女中     女性・30〜40歳位
健次郎(けんじろう)男性・20代後半〜30歳位

《シーン1》

部屋で葵と女中が話している
(葵の声は外に漏れぬよう控えめだがしっかりと相手に届くトーンで)

葵「…父上には内密に。それと、なるべく彼女に話し掛けぬようにお願いしたい。きっと彼女を緊張させてしまうから。すまない、面倒をかけるだろうが、協力して欲しい。」

葵が、女中に頭を下げる
女中は葵の行動に困惑するが、微笑ましくも思う

女中「よほど大切な方なのですね。大旦那様にたてつく程に。」

葵「たてつく!?僕は、ただ、認めていただきたいのです。父上の言う通り、この家の後継として、いずれ良き妻を娶るという事は当然だと理解はしていますよ。」

女中「ええ。」

葵「しかし、“良き妻”って何でしょう?彼女は聡明だし、素朴で愛らしい。僕にとっては申し分無いパートナーです。」

女中「ええ。着付けはお受けいたします。……葵様、ご立派になられましたね。」

葵「どういう」

女中、葵の言葉を遮るように背を向ける

女中「できる限りの協力はいたします。では、私は仕事に戻らせていただきます。」


《シーン2》

部屋にひとりで佇む葵
余った花材を束にして廊下のバケツに放り込む。道具を全て盆に戻し、棚に片付けると、葵は活けたばかりの花を眺めている
奥の襖が開いて、女中と春が顔を出す

葵「よくお似合いです。僕の見立てた通りだ。」

春「葵さんが用意してくださったお着物が素晴らしいからです。」

春は控えめに笑うと、葵が生けた花を眺める
葵、春の視線に気付いて

葵「雪柳です。それとアネモネ。」

春「素敵。…これは、どういう意味があるの?」

葵「意味…ですか?」

春「以前、言っていたじゃないですか。花にはそれぞれ意味があるんですって。」

葵「ああ、そうでしたね。…この花が気に入ったのであれば差し上げます。」

春「意味は?」

葵「少しはご自分で考えてみては?」

花言葉から春の気を逸らしたい葵、春から視線を逸らす
隅に控えていた女中は葵の心中を察して、静かに顔を背けて肩を震わせている

葵「……なにが面白いのです?」

女中「いえ。」
女中は葵を無視して春に話しかける

女中「貴女を待つ間。葵様のただの暇つぶしですよ。……では、失礼いたします。」

葵「ちょっと!?」

女中は慌てる葵を無視するように、静かに襖を開けて部屋から出て行く。その後ろ姿を呆然と見送る二人
女中と入れ替わるように、廊下から健次郎が顔を出す

健次郎「どうされました?」

葵「あ、いえ、なんでもないです。」

健次郎「大きな声を出されて。旦那様に気付かれたらせっかくの計画が…」

襖を閉めて顔を上げた健次郎は、春を見て驚く

健次郎「なんと、素晴らしい。」

春「ちょっと、健次郎さんまで。」

照れる春、健次郎は笑う

健次郎「いえ、素晴らしいです。ちょっと、葵くんの横に。」

健次郎は葵の肩を掴み、強引に彼女の横に並べ、二人を見比べて満足げに頷く

健次郎「お似合いです」

葵「先に伝えておきます。父上はおそらく女性を連れてくるでしょう。僕に相手をしなさいと、そう言うはずです。以前のように、君にも無礼な言葉を掛けるかもしれない。」

春「……。」

葵「君は何を言われても気にしなくていい。気にせずに、僕の側にいてください。」

春「でも、それでは葵さんが。」

葵「大丈夫です。僕には貴女がいます。」

葵、春の手をとる。しっかりと握って

葵「顔を上げてください。……周りが認めてしまえば、客人の手前、父上も強引なことは出来ないでしょう。君が不安に思うことはないのです。」

春「はい。」

葵「父上が恐いのですか?」

春「……はい。」

葵「僕もです。でも、僕は父上に貴女との関係を認めていただきたいのです。」

健次郎が春の前に進み出る

健次郎「いざとなったら私が。」

春「え?」

健次郎「担いで外にお連れしますので。」

健二郎は、葵と葵の父の争いに手がつけられなくなったら、葵と春を連れて、葵の父の前から物理的に距離を置くつもりらしい
あくまでも真面目な健次郎に、春は声をたたて笑う

春「やだもう、健次郎さんたら。」

葵「いいですね。君は、そうやって笑っているのが似合う。」

春の手を引いて廊下へと踏み出す葵、後ろに控える健次郎
小さく軋む板張りの廊下の音


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