車輪でボールを追いかけて 3

かのこさんのサイクルサッカー日記

【2019年11月 3日】

東京都立川市にある国立昭和記念公園で行われた『たちかわ楽市』の片隅で私は、たちかわサイクルサッカークラブの一員として、体験ブースに立っていた。
死ぬほど似合わない黄色いTシャツを着て、小さな女の子の相手をしながら、どこで道を踏み外したのかと自問する。
「サイクルサッカー、やってみると意外と楽しいですよ。」
そんなことを少女のお母さんと話しながら、クラブのメンバーを振り返った。
その言葉は本心だ。
やってみると意外と楽しい。
練習に通い始めて半年以上が経った。ただし、練習するのはNのみだ。私は体育館の隅でそれを眺めるだけ。参加なんてするつもりは無かった。本当に。
ここのクラブは社会人チームの拠点だが、実は中学生3人のチームが存在する。(小学生も何名か出入りしているらしいが、私は会った事がない。)
小学生の体験の相手をする中学生チームの背中を眺めながら、私は「意外と楽しいんですけどねー。」と、もう一度呟いた。


10月の初め、いつものように体育館の片隅で見学している私に代表のM田さんが声を掛けてきた。
「せっかく来てるんだから乗りませんか?見てるばかりじゃつまらないでしょう?」
差し出された自転車を眺めて、顔を上げると中学生チームの姿が視界に入った。
彼らは円陣を組むように並び、スタンディングをしてキャッチボールをしていた。
練習、というよりも、なんだか習性として染み付いているように思う。
彼らは自転車の上でパスを回しながら、ゲームの話をしているようだ。ボールと一緒に耳
慣れないモンスターの名前が飛び交う。安定したスタンディング。空き時間に繰り広げられる、ただの雑談。彼らは体の一部のようにその自転車を扱う。
「サイクルサッカーは、練習時間が上手さに直結するスポーツです。」
M田さんが言う。
「あと、ある程度の基本を覚えたら、そこから先は経験が8割です。テクニックや体力よりも経験が多い方がより強い。」
社会人チームが強すぎる。そういえば、大学チームの彼もそんなことを言っていたな、と思い出した。
M田さんは大学入学と同時にサイクルサッカーを始めて、今は40代前半だ。多分、日本に敵う強さの者はいない。彼は、高校まで書道部だったと、言っていた。
「ほとんど運動なんてしたことなくても、経験を積めば強くなれます。僕は50代の選手に勝てません。」
“みんな乗れないところから、スタートです。”
ゲームに参加できるようにならなくても、あんなふうに自転車を操れたら、面白いだろうな……。
立ち上がって自転車を受け取ると、M田さんはニヤリと笑った。
「2年も練習したら、ちゃんとしたゲームが出来るくらいにはなりますよ。」
「そこまでは結構です。」
即答して、自転車に跨った。
以前、教えてもらった通りに、サドルでなはくフレームに腰を掛けペダルを踏んで立ち上がる。そのまま立ち漕ぎをして体育館を一周すると、足を回すペースを緩める。
私はまだ、スタンディングが出来ない。
乗るーーーというか、前に進むだけなら出来る。
止まらなければ転ぶことはないけれど、クランクが固定されているから足を止めたら自転車は止まる。
幼少の頃、一輪車が流行ったのを思い出す。あれも固定されたクランクで、バランスを取って乗るものだった。あれに乗れたのだからこれにも乗れるだろうとタカをくくって、数十年前の記憶を手繰り寄せる。
ゆっくりと足を動かして、止めて、なるべくペダルから足を離さないようにギリギリで耐える。
それでも、1秒も保たずに、足をついてしまう。

あれから1ヶ月。週に1〜2回数時間づつの練習で、ハンドルを掴んだままのスタンディングなら1分くらいは出来るようになった。バランスを崩してもペダルから足を離すことなく体勢を立て直すことも出来るようになった。
相変わらず、手を離すことはできないけれども。
それでも自転車の上でできる事が増えるのは、単純に“面白い”と思えるようになった。
きっと、これは他の人から見たらゆっくりな進歩なのだろうと思う。
そもそも、社会人になってからこの競技を始めた人に会った事がないとM田さんは言っていた。今の中学生組を除いたら大学で始める以外に入口がない、現状の社会人プレイヤーは私とN以外にはOBしかいない。
比べる相手もいないし、比べることもないけど。
まさか自分がアラフォーになって、こんな風に新しいチャレンジを(しかも苦手な運動を)するようになるとは思わなかった。

「意外と楽しいんですけどねー。私も最近始めたんです。でも、女子選手に会ったことないんですよ。競技人口少なすぎて。いるはずなんですけどね。今年から女子リーグも出来ましたし。」
笑いながらそう言って、中学生チームの後ろ姿を眺める。
彼らには同年代のライバルがいない。大学生や大人たちに混ざって強くなるしかない。
いつか私も、そこに混ざる事ができるだろうか?

私はまだ、手放しのスタンディングが出来ない。

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