酉谷山 (未登)

2013年3月20日 (水曜日)

スタートから躓いた。
家を出たのが午前4時過ぎ。
古里(こり)のコンビニで食糧を調達するつもりがまだ開いておらず、どうしようかと思案しながら進む。
たしか、もう街道沿いに終夜営業の店はなかったはずだが、奥多摩の駅前ならば何とかなると思った。
始発電車の時刻が近いので、当然、店の一軒くらいは開いているだろう、そう考えた。
だが、その当てが外れた。
仕方なくUターン。
結局、二俣尾まで戻る破目になった。

食糧を買い込んで再度西へ。
遅れた時間を取り戻すべくフルタイム四駆の愛車、カルディナにムチを入れる。
目指すは峰谷からの鷹ノ巣山だ。
奥の集落まで高度を稼ぎ、少し楽をして登ろうと思う。
すでに夜は明け、曇天ではあるが、辺りはすっかり明るくなっている。

青梅街道から峰谷の集落へと入って行く。
が、バスの終点から先が工事のため通行止めになっている。
やむなく再度Uターン。
車で高度を稼げるのに、わざわざその部分をアルバイトするほどピュアな人間ではない。

さあどうしよう。
鳩ノ巣から本仁田山へでも登るか。
それとも大丹波の奥茶屋から棒ノ折山を目指すか。
いや、また青梅街道を戻るのも腹立たしい。
それなら先へ行くか。
しかし時間が押している上に、手頃な山も思い浮かばない。
地図を広げての思案となった。
結論は日原。
初志貫徹、急登は辛いが、稲村岩から尾根伝いに、やはり鷹ノ巣山を目指すことにした。

氷川まで戻り、日原街道に入る。
東日原まで来ると、稲村岩がその特徴ある岩峰を現した。
ところがここで大きな問題に突き当たった。
車を停める場所がないのだ。
集落内はもちろん、集落を外れても適当なスペースが見つからない。
何しろ路線バスの通っている道なので、路肩に少しのスペースを見つけたとしても、それはすれ違いのための退避場所となっている。
仕方なく鍾乳洞の駐車場へ向かう。

しかしここで少し気が変わった。
何気なく鍾乳洞の駐車場から先へ進むと、閉じているとばかり思っていた小川谷林道の、かろう橋のゲートが開いていたのだ。
それならば行ける所まで行って高度を稼ぎ、酉谷山へ登ろう。
そう考えを変更した。
どうもはっきりとした予定などなく、場当たり的な決定方法だと若干の反省も無くはないが、これが車ならではの機動力というべきもので、山へのアプローチがたやすく出来るのであれば、積極的にそれを利用しようと思う。

林道を小川谷に沿って数キロ走ると、忽然と大駐車場が現れて小川谷林道は終点になる。
ここからまだ先に犬麦谷への道が分岐するが、そちらの方はチェーンが張られて完全な通行止めとなっている。
大駐車場の片隅に車を停め、さっそく身支度を整える。
それにしてもこんな山奥に、どうしてこれほどの広場があるのだろう。
無い脳味噌で考えたがわからない。
1台、大きな4駆が停まっている。
どうやら釣り人のものらしい。

7時30分スタート。
考えた予定ではゴンバ尾根から七跳山に登り、あとは長沢背稜を西へ酉谷山を目指す。
下りはそのまま小川谷本流のトリ沢を戻って来るという組み立てだ。

まずはチェーンをまたいで犬麦谷へ向かう林道に入る。
振り返ると、冬枯れのタワ尾根には、まだところどころ雪がこびりついている。
歩き始めた林道にも少し残っていて、ザクザクとそれを踏みしめながら行く。
曇天のせいもあるのだが、何となく寒々しい気分で、さっぱり気勢が上がらない。

5分ほどで尾根への道が現れ、いよいよ登りになる。
見上げれば道は樹林帯の中に消え、一本調子で続いているように見える。
地図を見ても短い間隔で等高線がつまっており、先が思いやられる。

覚悟はしていたが、ひたすらジグザグの登りが始まった。
意識的にペースを抑えてはいるのだが、あっという間に息が上がりそうになる。
コースも随所で凍結しており、緊張を強いられる。
軽アイゼンでも欲しいところだ。
ニホンジカの落し物なども大量に散らばっている。
山は広いのだから、わざわざ人間サマの通り道を糞場にしなくても良さそうなものだと思うのだが、どんなものだろうか。
案外、シカの領域に立ち入る人間への嫌がらせや警告なのかも知れない。

やがて樹林帯が尽き、明るい自然林の尾根歩きになる。
タワ尾根の奥には天祖山が顔を出している。
傾斜がやや緩んで来たのはいいが、それに比例して雪が多くなって来た。
雪上に大型獣の足跡が続いている。
シカではなく、ニホンカモシカのもののようだ。

古い雪だが、人間の足跡は皆無。
季節はまだ獣たちだけのものだ。
何とか仲良く共存できないものだろうかと、ぼんやりうつむいて考えていた時だった。
目の前を猛烈なスピードで何か大きなものが横切った。
ハッとして顔を上げると、それはまぎれもない数頭のニホンジカだった。
もっとも、そう認識した時には白い尻を向けて、一瞬のうちに木立ちの奥に消えてしまったあとだった。
彼らには共存などという意識はないらしい。

ひたすら登り続け、もうかれこれ百万回もジグザグを繰り返したと思われる頃、七跳山への分岐でもある稜線に出た。
9時を回っていた。
飴を舐め、水を飲み、小休止する。
静かなところだ。
しばし静寂の音に耳を傾ける。
ここで1,600メートルくらいだろうか。
樹林帯の中なので風もなく、鳥のさえずりひとつ聞こえない。

小休止のつもりが、30分近くものんびりしてしまった。
ロングスパッツをつけて再び歩き出す。
雪がガチガチに凍りつき、思うようにピッチが上がらない。
ここで、アイゼンを持って来なかったことを本格的に後悔した。
数日前と思われるワカンの跡があるが、その踏み跡も定かではない。
ただ、同じようにカモシカの足跡もあり、こちらの方はたったいま付けたのではないかと思われるくらい新しい。
スリップに気をつけ、慎重に進む。

45分ほどで矢岳への道を右に分け、そのまま長沢背稜の最奥部を西進する。
部分的に雪の消えているところもあるが、神経をすり減らし、結局、七跳山への分岐から1時間以上かかって酉谷峠の十字路にたどり着いた。
直進は芋ノ木ドッケから雲取山、左は小川谷へと下る道、そして右が酉谷山へ向かう道だ。

小さな手書きの看板には、山頂まで15分とある。
しかし、ヤブの中の急登と、分厚く凍りついた雪に行く手を阻まれ、アイゼンなしではどうしても登ることができない。
ザックをデポし、ヤブを漕いで山頂まで空身でピストンして来ようとも考えてみたが、それも無理とあきらめることにした。
今日は出だしから躓いていたので、こんな結果になるのではなかろうかと薄々考えていたから決断は早い。

小川谷から少し下った見通しのいい場所で腹をこしらえ、決めたからには早くこの場所から離れたい。
そんな思いで、一面、雪に覆われた谷に分け入る。
ガレた沢を両手を使いながら急下降して行く。
もっとも転倒が怖いので、そのスピードは遅々として進まない。
それでも2回ほど見事に尻もちをついた。

やがて雪が消えかかり、沢の源頭の細い流れが現れると、旧酉谷小屋の廃屋にたどり着く。
見捨てられた小屋は不気味に静まり返り、気持ちのいいものではない。
早々に退散し、なおも沢を下る。
谷が開けて来ると、また雪が消え、再び緊張を強いられる。
道は沢筋から少し離れ、斜面を巻くように付けられている。
ここでスリップでもしたら、谷へ向かって数十メートルは持って行かれてしまうだろう。
雪さえ無ければ、アイゼンさえあればと、とにかく行き当たりばったりでコースを決めた自分が腹立たしい。
オーバーハングした岩場からは立派な氷柱が伸びている。

やがて3つの沢が合流する三俣へ到着。
ここでやっと緊張から解放される。
釣り人が3人いた。
大駐車場に停まっていた4駆の人たちだろう。
彼らを横目で見ながら車へ急ぐ。
途中、岩から沁み出した水場があったので、帰ってからのお茶用にと水筒の水を入れ替え、1時前、無事に車へ戻った。


※ 三ヶ月後に再挑戦で登頂を果たす。

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