ともだち


今日、二人が我が家を後にして緊急事態宣言が出ている都会に戻って行った。

積もる話は山ほどした。
これ以上はないと言えるほど信頼関係も深まった。
温かさに胸が熱くなることもしばしば。
秋の再会を約束して見送った。
昔読んだ、矢沢宰の詩が浮かんだ。


    < 本当に >

本当になって
話をきいてくれると
そのうれしさに
目のまわりがあつくなる
でもその人に
はずかしいから
ぐっとこらえると
ひざが
ガクガクしてきて
体がふっと浮きそうだ

< 童心社発行 周郷博編 矢沢宰詩集 「光る砂漠」 より抜粋 >


矢沢宰は腎結核のために1966年(昭和41)21歳で早逝した。
幼い頃から闘病の連続で、病床で書きためた多くの詩が大学ノートに残されていた。
14歳になって綴り始めた詩には、技巧のないありのままの素直な筆致で心情が語られていた。
矢沢宰の人生と、その詩に出会った感動が、今も鮮やかに甦る。




   < あきらめ >

あきらめてはならぬものを
あきらめて
あきらめてよいものを
あきらめず
こんなのがわたしの
なやみのたねに
なっているのでしょうか



  < おれの中に >

おれの中に
もう一人
すばらしい
人間がいて……
そいつと
しっかり
手をむすんで
生きて
行きたい



   < まよい >

さわると手のきれるようないとを
心のなかにはって
まよいをくいとめたい



   < 俺は >

俺は
こまるなあ
すぐ胸のなかで
おんなのことを思ってしまう
いくらなんでも
こまるなあ



   < 無題 >

今日は12月31日。
記録的な大雪。
平野は雪に埋もれ。
家も木も雪に埋もれ。
病室のカベは増々白くなり。
おさむも埋もれてしまいそうです。

お母さん。



   < あなたの手は >

あなたの手は
握りしめるとあたたかくなる手だ
あなたの手は
あたためるとひよこが生まれる手だ



   < 入道雲 >

大男になって
またいだり
よじ登ったり
いっきにかけおりたりして
ふるさとへ帰りたい



   < 風が >

あなたのふるさとの風が
橋にこしかけて
あなたのくる日を待っている



   < 少年 >

光る砂漠
影をだいて
少年は魚をつる

青い目
ふるえる指先
少年は早く
魚をつりたい



  < 小道がみえる…… >

小道がみえる
白い橋もみえる
みんな
思い出の風景だ
然し私がいない
私は何処へ行ったのだ?
そして私の愛は            (絶筆)


短い作品を選んで書き写した。
転載ばかりで編者や出版社には申し訳ないが、一時は絶版になったこの詩集も、現在は再出版されているようだ。
詩集にはまだまだ多くの詩が収められている。
心が乾いた時に必ず目を通す一冊だ。

矢沢宰の故郷は新潟県見附市。
多感な青春時代を病院で過ごし、病床でいつも想い描いていたのは四季の彩りに充ち溢れる故郷の山河や、優しい母の姿だった。
その想いが読者の胸を打つ。

矢沢宰の「光る砂漠」に出会ったのは中学の頃だったか。
ストレートに心に沁みた。
今またこの詩集を読み返すと、懐かしい十代の日々が脳裏に浮かんでは流れる。
GSブームの終焉とともに、フォークソングが台頭し始めた時代の話である。


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