超短編小説集


私の詩歌好きを知っている義母が、数年前まで新聞のスクラップを送ってくれていた。
最近は長編小説を読む根気が失せているので、俳句や短歌は持って来いの読み物です。

今回は短歌のみを載せますが、新聞の投稿欄は名のある選者によって採られたものだからハズレがないのですね。

それに投稿者の暮らしや人生模様(陳腐な表現でごめんなさい)が垣間見えたりして、これぞ珠玉のアンソロジーではないかと思います。

足りないところはこちらで勝手に想像し、埋めることができるのも楽しい。
作者が異なれば内容も万差億別で、三十一文字ごとに新たなストーリーや世界が展開する。
このバリエーションこそが、現在の私に合は丁度よい長さに思えるのです。

秋の夜長に、珠玉の短歌をどうぞ。



朝日歌壇から任意で抜粋。
(選者名は省略)

キルギスの人と言葉は通じねど我ら似てると顔さわりあう (東京都) 寺澤 あつこ


恋すてふ乙女のすなるダイエット検診のため夫もすなり (兵庫県) 高垣 裕子


山寺に吹奏楽部合宿しパーカッションに木魚混じれる (朝霞市) 青垣 進


曇天の朝は元気が出るように全ての爪に違うマニキュア (名古屋市) 中村 玲子


「ご心配ご迷惑を」という定型文心配してない怒ってるだけだ (東京都) 上田 結香


七夕の短冊にある幼い字となりのおばさんがひっこしますように (東京都) 伊東 澄子


宰相の言う「しっかりと」が耳につき使いたくない言葉となりぬ (ひたちなか市) 十亀 弘史


海蛆(フナムシ)や蟹や蝱や蚊あらはれて初夏の水辺はしづかな喧騒 (広島市) 角田 由美子


樹の下でひとり無心で草むしり横にカモシカ共に草喰む (長野県) 八幡 ゆり子


伊那谷へ佐渡から朱鷺が来たという老人クラブは佐渡へ旅する (長野県) 毛涯 潤


いく度もあの世とこの世を往き来して母は夕餉を完食したり (埼玉県) 島村 久夫


われよりも先に新聞読みたがる九十三の母まだ惚けず (岩手県) 山内 義廣


不愛想な自転車店主が怖いのでパンクの度家族誰もがうめく (鎌倉市) 半場 保子


万物の霊長である人を刺す孑孑あがりの分際なるに (福岡市) 永井 祝子


合唱部にスカウトしたき野球部のテナーの掛け声夏空に飛ぶ (横浜市) 森 明子


にほんじんの俺がコリアンのじいさんにキムチを贈り草の根外交 (アメリカ) 郷 隼人


カルテみて百足螫(さ)されに蜂螫され「どこにお住まい?」医者に問われる (福岡市) 松尾 あのん


犬を見た犬に触った犬撫でた三十年ぶりに犬に触った (アメリカ) 郷 隼人


読経中僧侶の携帯鳴り出して写真の父も聞き耳をたてる (札幌市) 森越 悠里


水害を空から眺め避難所に立ち寄ることを「視察」と言えり (観音寺市) 篠原 俊則


妻の背に湿布はるため猫の砂とりかへんため長生きせねば (ひたちなか市) 篠原 克彦


朝顔のようだと言われ照れてたら昼にはだらりしおれるよねと (東京都) 佐藤 知寧


兄弟に喧嘩起きない額のカネ遺しかあさんいのちをたたむ (霧島市) 久野 茂樹


家中で最高齢の糠床が夏バテ家族に元気を呉れる (藤沢市) 米山 かず


三人の九二歳がひそひそと「あの世は無いよ」と語らう聞こゆ (松本市) 馬木 和彦


西洋皿なんてお皿があったころトマトはソースをかけて食ったよ (大和郡山市) 四方 護


「出席」の方に○するながいながい片思いにピリオド打つために (高岡市) 池田 典恵


熊谷より戻れば無事を喜ばれ今日四十一・一度と知りぬ (埼玉県)小林 淳子

今回、特に印象に残ったのは「あの世はないよ」と自転車のパンクの歌。
こんなユーモアが大好きです。


次に某選者が一席に採った歌。

金沢の駅に降りたち金箔のアイスに出逢ふ ああ百万石 (越前市) 内藤 丈子

私は以前、世の中で一番下品な食べ物は、金箔を乗せたり散らしたりしたものと書いた。
今もその考えは変わらないが、これも個人の自由である。

アメリカの「郷隼人」さんと、ひたちなか市の「十亀弘史」さんがどのような方なのか調べると、鑑賞に深みが増すと思われます。
上田結香さんは元テレビ朝日のアナウンサー。


追記

百三歳まで生きし母は笑ふらむ七十代であぷあぷする吾を (三原市) 岡田 独甫


コロッケもうどんも五円だった頃真面目にお札を刷ってた日銀 (大和郡山市) 四方 護


百歳の母よりうすき頭して弟は今日も母の髪梳く (海老名市) 菅井 裕子


入院に仏典買ひて退院に宝くじ買ふ吾に呆れる (所沢市) 小坂 進


線量は遺骨にまでも沁み込んで持ち出せぬという条理は悲し (さくら市) 大場 公史


ゴルフしてステーキ食べてさようなら武器購入は決まったらしい (大津市) 佐々木 敦史


人々の心なごますゆるキャラの内なるひとの心情如何に (長野県) 山口 恒雄


沖縄の人は「本土」というこの地「内地」と言ひし引揚げの我は (須賀川市) 山本 真喜子


もう一度夫を家へとまだおもふわたしがつぶれてしまはぬうちに (船橋市) 大内 はる代


飄飄と時に晒され今はただなつかしいだけの母となりたり (東京都) 渡部 鈴代


常識はまず疑えと嗤ってる逆さに止まる蝙蝠の貌 (石川県) 瀧上 祐幸


しはわせは冬の日向に犬と居て犬の耳など裏がへすとき (東金市) 山本 寒苦


山寺に猫と暮らせる父のため納豆卵猫缶を買ふ (さいたま市) 齋藤 紀子



 (第34回 朝日歌壇賞)

肌の敵「一に太陽、二に化粧」白粉はたいて一を制する (横浜市) 毛崖 明子

納得の受賞だと思います。

続けます。

ヘリの窓落とす程度の軍隊が駐留をして又も沖縄 (川崎市) 小島 敦


病む者はこころも弱りていることを医学の基礎に学ばざりしか (仙台市) 村岡 美知子


街中で偶然妻にでくわせば無言で荷物を手渡されけり (町田市) 高梨 守道


エジプトに駱駝の背に乗る亡夫の写真その二年後を知らない笑顔 (能代市) 中村 弘子


線量は地中はどうだ蛙たちよく眠れるか病んでいないか (いわき市) 馬目 弘平


「本人」と記した襷で駅に立つ議員はどこか珍獣めいてる (鎌倉市) 半場 保子


美智子妃の思いは深し広き視野ICANの受賞を祝い給えり (長岡京市) 田原 モト子


顔ほぐし笑顔で嫌味に応えるため必要経費でしょうエステは (東京都) 上田 結香


寒き日を杖つき歩み野仏に来たりて長く淋しさ語る (横浜市) 笠松 一恵


黄色くてかわいいキッズケータイを母に買いやるひよこみたいだ (東京都) 伊東 澄子


つらくとも「宥(ゆる)せ」ば心は救われる祈りを込めて娘の名は「宥(ゆう)」 (所沢市) 菱沼 志穂


市役所に離婚届を出し終えて我に買いたり一輪のバラ (国立市) 野田 貴子


インスタを始めて知った人は皆こんなに空が好きってこと (浜松市) 加茂 智子


「しあわせ」と聞かれ幸せですと言う三食たべて布団で寝て居る (山梨県) 笠井 一郎


あの人はお年のせいで同じこと何度も言うと母がまた言う (宝塚市) 萩尾 亜矢子


おもちとふ名前をつけしアザラシのぬひぐるみ抱き子は眠りをり (奈良市) 山添 聖子


「能無し」と言われる海月とっくんととっくんと全身が心臓 (神奈川県) 九螺 ささら


道端の無人販売の野菜らが性善説を信じて並ぶ (秩父市) 畠山 時子


「ケアハウス」と書いてしまえば寂しくて母への賀状は番地までとす (大和郡山市) 四方 護


新元号に「安」の字入るとうはさありてそれが冗談に聞こえぬ不幸 (郡山市) 鈴木 次郎


雪国の雪は憎まれ疎まれて雪の白さを愛でる人無し (新庄市) 三浦 大三


六時間経てば消される駅前の伝言板の「内定欲しい」 (島田市) 水辺 あお


さだまさしとさいたま市との区別などどうでもよくて老いてゆくこと (さいたま市) 菱沼 真紀子


街中をサンドイッチマン行く昭和過ぎ歩きスマホの平成も過ぐ (島田市) 水辺 あお


ホスピスに友を見舞ふに三つ四つ話す言葉を用意してゆく (横浜市) 坪沼 稔


乗り越えて来た訳ではない気付かずに通り過ぎてきたただそれだけのこと (横浜市) 岡田 紀子


「相続は、死によって開始する」民法さえも短歌のしらべ (成田市) 神郡 一成


相ともに握り合ひたる日もありし妻の両の手組み合はされつ (長野県) 殿内 英穂


しゃべらないこともひとつのメッセージよくしゃべる人ならばなおさら (堺市) 一條 智美


リバイバルそんな言葉のあったころ映画は買ったり借りたりできず (横浜市) 小鷹 佳照


指しゃぶるクローンの猿のまなざしが怯えつつ人の未来を見てる (深谷市) 森 一枝


どのようにすれば世の中良くなるかコペル君から問われたままに (筑紫野市) 二宮 正博


滅びまでたった二分と予測する人類の知は賢く愚か (郡山市) 柴崎 茂


涅槃会のだんご丸めの当番の平成娘が庫裡を賑はす (東根市) 庄司 天明


住職はむかし話の古寺に狸や鶉としずかに暮らす (館林市) 阿部 芳夫


ほんとうに使う気なんだ核兵器を扱いやすい大きさにする (千葉市) 佐々 俊男


湯を注ぎ3分待っているうちに終末時計はあと2分という (新潟市) 太田 千鶴子


沖縄の嘆きは深く海濁り儒艮(じゅごん)は去りて軍船来る (秋田市) 小松 俊文


母の言う洋風だった弁当の魚肉ソーセージの塩コショウ味   (東京都) 松本 敦子


小さくも五叉路信号十三機幼な子たちに密かな人気 (名古屋市) 中村 玲子


鬼だけどパパだからねと四歳が二歳にそっと豆を渡しつ (越谷市) 黒田 裕花


「今朝看取りに入りました」耳打ちするヘルパーさん居て静もるホーム (町田市) 冨山 俊朗


四十余で隠居せし祖父の口癖は「捨てた命じゃ」インパール遥か (東京都) 斑山 羊


おいしそう白い大屋根菓子の家写メに写らぬ雪の重さよ (富山市) 濱田 榮子


ひとりづつ雛飾りゆくわが裡に吾娘はいくども幼子となる (福島市) 新妻 順子


かかる世をグラハム・ベルも嘆くらむ電話が詐欺のツールとなりて (飯山市) 小野沢 竹次


お父さんを買ってと地団駄ふんでゐた子が高校生の母になる (青森市) 前橋 一二子

転記させて頂いた皆さま、無断転載をお詫びし致しますと共に、心からお礼申し上げます。


最後に軽く読後感想。

素人考えですが、これらの投稿歌と、玄人好みの難解な「現代短歌」が別物のように思え、理解できないので簡単で単純な歌に目が行きます。

枕草子調や啄木風味は本歌取りならぬお遊びのご愛敬と受け止めて楽しみました。

真実をわかりやすく伝えようとする思いが伝わり、小説家であればこれらは無限のネタ帳の類になるでしょう。

それぞれの人生が垣間見えて発想が際限なく広がります。
この方たちが短歌の裾野を広げているのですし、難解な歌がその頂点に聳えているとも思えません。

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