インドにおけるスポーツを通じた思春期の少女のエンパワーメントと暴力防止

以下の論文をまとめてみました。
Promita Majumdar, Savarni Purkayastha & Debstuti Goswami (2022): Empowerment of adolescent girls and gender based violence prevention through sports: a group work intervention in India, Social Work with Groups, DOI: 10.1080/01609513.2022.2124495

はじめに

 インドでは、家父長制の規範と不十分な法律や政策が 、女性に対する暴力防止を阻んでいる。最近のCrimes in Indiaの報告書では、女性に対する暴力は犯罪のトップカテゴリーとなった。2017年のインドのNational Family Health Survey-IV では、既婚女性の33%が身体的、性的、または精神的な配偶者からの暴力を経験し、最も多い配偶者からの暴力の種類は身体的暴力(30%)に続いて、心理的暴力(14% )であることを明らかにした。インドでは、食料、健康、 ケア、予防 接種へのアクセスに著しい男女格差があるため、女児は誕生からライフサイクルを通じて組織的な無視の危険にさらされている。少女に対するジェンダー差別は、乳幼児死亡率、学校の 修了率、児童婚、家事の不平等な負担につながっている。インドでは人身売買が法律で禁止されているにもかかわらず、依然として大きな問題となっている。カイラシュ・サティヤルティ財団の2020年の調査では、インドの家庭の21%が、女の子を児童労働に従事させなければならない状況が潜在的にあることが報告されている。
 プラジャックは西ベンガル州の非政府開発組織で、子どもや若者、 特に社会的に疎外された場所にいる人々の虐待や搾取を防ぐために活動している。プラジャックでは、カバディというスポーツとグループワークを用いて、思春期の少女たちに力を与え、 ジェンダーに起因する暴力に対する回復力を養うプロジェクトを行なっている。カバディは、最小限の資源とスペースで、チームの結束力、協力、 協調性を高めることができる。そのため、カバディは貧しい地域でも実施しやすく、手頃な価格で楽しむことができる。スポーツと週 1回の学習サークルを組み合わせることで、カバディ・プロジェクト は、深く根付いたジェンダーの固定観念を変え、ジェンダーの役割に ついて健全な会話をするきっかけを与えている。

理論的基盤

フェミニスト理論

 思春期に暴力を経験している、あるいはその危険性がある少女たちと活動する際には、フェミニスト的なアプローチを用いることが不可欠 である。フェミニストの理論家は、家父長制が女性に対する暴力に果 たす役割を探求し、人間関係におけるパワー・ダイナミクスを強調する。Barnett et al. (2011)は、家父長制社会で大切にされて いる文化的基準を4つ挙げている。1)男性は女性よりも当然に大きな権限を持つ、2)男性の攻撃性は男性らしさの表れであり、男性が男 性のアイデンティティを示すための適切な手段である、3)女性にとって妻や母親の役割は好ましい地位である、4)刑事司法制度は男性優位であり男性志向で運営されており女性には法的救済がほとんど提 供されない、である。

社会的学習理論

 社会的学習は、特に成人期へと成熟しつつある青年期の女性に対する暴力に寄与している。思春期の子どもたちは、メディ アや親、大人、友人との関係の中で見本となる行動から学んでいる。若い男性は攻撃的であるように社会化され、攻撃性が期待される一方、若い 女性は受動的で従順な平和構築者になるように社会化されている。社会的学習の観点からすると、若い男性は攻撃 者や加害者になることを学び、若い女性は被害者になるように仕向けられいる。また、社会的学習理論は、不適応で有害な行動や態度が学習可能であれば 、肯定的な行動や態度も学習可能であることを示唆している。

グループワークの理論とグループの発展段階

 ソーシャルワークの研究者は、  グループワークを、グループメンバ ーとワーカーが支持的な関係性を構築し、個人とグループの目標を定 義し、相互援助を提供する発達過程として研究してきた。グループ発達の様々なモデルが、グループ発達の段 階と各段階の意味合いを特定し、 効果的な実践を行う。 Garland et al.(1965)は、後にボストンモデルとして知るが、子どもたちのグループの観察に基づき、グループの発達を5つの段階に分けて概説した。1)プレアフィリエーション:メンバーがグループへの参加に両価値を感じる段階、2)パワーとコントロール:メンバーが地位、影響力、同盟関係を交渉する段階、3)親密性:メンバーが親近感とつながりを築く段階、4)差別化:メンバ ーがそれぞれの視点の違いを大切にする段階、5)分離:メンバーが 学習を回想して、新しいスキルを 生活に持ち込む段階、である。
 Schiller (1997) は、ボストンモデルを女性グループとの実践に照らして発展させた。このモデルは、関係性モデルとして知られるようになり、特に、女性 や、喪失、トラウマ、抑圧 を経験した他の弱者とのグループワークと関係が深い。関係性モデルは、ボストン・モデルの第1段階と最終段階は女性グループにも当てはまるが、中間の3つの段階は女性モデルには当てはまらず、関係基盤の確立、相互性、対人共感、挑戦と変化と定義、を追加した。関係性モデルの第2段階である関係基盤の確立では、グループメンバーは他のメンバーやグループワーカーとの共通点を見出す。信頼できる安全な環境を作るこ とで、女性たちは心地よくグループに参加することができる。シラー の第3段階である相互性と相互共感では、グループのメンバーが十分 な信頼と自信を持ち、実りある尊重し合う話し合いに貢献する。第4段階は、最も難しい段階である。挑戦と変化と定義の段階では、グループのメンバーは、自分たちの状況に疑問を 持ち、立ち向かい、行動を起こすためである。

カバディ・プロジェクト

 カバディ・プロジェクトは、少女たちが協力し合い、利用可能な機会 について学び、自分たちが直面している問題について恐れずに話すためのプラットフォームを提供する。スポーツを媒介として、カバデ ィ・プロジェクトは、ライフスキルの成果として、社会的結束、社会的包摂、感情的幸福を促進する。毎週行われる学習サークルでは、 少女たちはジェンダー規範とジェンダーに基づく社会文化的慣習について考える。グループのメンバーは、ジェンダーに基づく暴力、家父長制と家族構成、思春期に直面する問題、結婚と母性という社会制度について話し合う。カバディ・プロジェクトは 、少女たちの家族が自分たちの行動や考え方を変える可能性を理解できるように、親たちにも働き かけを行っている。
 カバディ・プロジェクトの全体的な目標は、参加する少女たちが自分と仲間を守るための知識やスキル、信頼を身につけ、責任感、コミュニケーション、協力、創造的思考、感情管理などの重要なスキルを身につけ、安全、感謝、つながり、尊敬、希望を感じるようにすることである。カバディのグループワークでのかかわりは、6つのステージに分かれている。1)信頼と仲の構築、2)協力、3)コミュニケーション、4)感情管理、5)創造的・批判的思考の開発、6)責任の引き受け、である。カバディ協会のトレーナーは、チーム のスタミナと運動能力を高める手助けをし、アニメーターやグループのファシリテーターは、毎週行われるスタディーサークルを指導している。フェミニスト理論に導かれたカバディのかかわり段階は、Schillerの関係性モデル(Schiller, 2007)におけるグループ の発展段階と著しい類似性を持っている。

ケーススタディ

ケーススタディ1

 カバディを始める前、私は自分に価値がないと感じていた。私の一日は、 家族を支えるために家事をし、学校に通い、家にいるのが精一杯だった。私がカバディをやりたいと言ったことに対して、家族は否定的な反応を示めした。母や兄は、「練習中に短パンやTシャツを着て公の場に出たら、誰も結婚してくれないよ」と言った。私はハンガーストラ イキを決行し、3日間何も食べず、父には「気が変わってプレーさせてくれるまで食べない」と伝えた。父はアルコール依存症で、家族の生活も楽ではなかったが、3年前からお酒をやめ、今は家族のことを気にかけて面倒を見てくれルようになった。今では、家族全員が私を応援してくれています。父は今年、私の結婚を手配 してくれている。私は幼い頃から、若いうちに結婚したくないという夢を持っていた。家族には「結婚したくない」「早すぎる」「時期が悪い」と話し てきた。
 このプロジェクトに地区カバディ協会が関わることになり、地区レベルのトー ナメントに招待され、州代表選手に選ばれることになった。嬉しかったし、誇らしかったて。チームに選ばれ、定期的にカバディをするようになったおかげで、自分に自信が持てるようになり、父に結婚の話をする勇気も出てきた。また、思春期の女の子や私に対する社会の期待や認識ではなく、私を娘として見てほしいとお願いした。父は私の結婚を取りやめを買ってくれて、私の一番のファンになってくれた。
 私たちのチームがプロジェクトでコルカタに行き、毎年行われるカバディ・リ ーグのトーナメントに参加する機会が来たとき、私はとても興奮した。チ ームのメンバーも私も、コルカタに行ったことがなかった。近所の人たちや地域の人たちは、家 族を置いて都会に行きたいなんて、私を「悪い子」だとからかった。私は彼らを無視しました。コルカタに行くと、州レベルでプレーする資格がなくなってしまい、つらい思いをしました。しかし、イベントではチームメイトを励まし、多くの 感動的なスポーツマンに出会うことができ、とてもエキサイティングな時間を過ごせた。シリグリ大会やベルハンプール大会でプレーしている他の女の子たちと の出会いもよかった。私のように同じような課題を抱えている若い女の子がたくさんいること、そして何より、女の子は自分の夢を追いかけて戦っているのだということを実感することができた。今では、地 域の人たちから面と向かってからかわれることはなった。私は、成功を通じて、私が "悪い女の子 "ではないことを地域の人々に示すこ とができると信じている。

ケーススタディ2

 カバディセッションに参加するよう両親を説得するのは困難だった。父を説得できず、心が折れそうになったとき。そんな時、私のそばで力になっ てくれたのがチームだった。その努力は無駄にはならず、今では両親から練習を許されるようになった 。州をまたぐ大会に選ばれたという知らせを受けた日のことは、決して忘れる ことができない。スプリントで1位を獲得し、この結果を考えると鳥肌が立つほどだ。その結果、全国大会に出場するための選考会に参加することができた。選考会で は、靴すら持っていなかったのですが、プロジェクトチームは、私が競技に参 加できるよう、シューズやスポーツに必要なアクセサリーを用意してくれた。そのおかげで、私は自分の州の代表として全国大会に出場することができた。私は、カバディ・プロジェクトに参加していることを幸運に思っているし、人生で何をすべきか、どのように自分の夢を追うべきかを決めること ができる。今の私の願いはただひとつ、全国レベルのチャンピオンに なって、国や州、そして両親に私を誇りに思ってもらうことだ。今では両親も、私がさらなる高みを目指すのを楽しみにしてくれている。

結論

 これらの事例が示唆するように、カバディ・プロジェクトは、思春期の少女のエンパワーメントを通して女性に対する暴力を防ぐための、 スポーツと社会情緒的学習を統合した有望なグループワークとなっている。参加した少女たちは、家父長制社会におけるジェンダー、ジェ ンダー的役割、ジェンダー的な社会文化的実践について批判的に考察する。思春期、人間関係、結婚、セクシュアリティに関連する心理社 会的な問題について話し合う中で、彼女たちは、ジェンダー差別やス ティグマが自分たちの教育や生活にどのような影響を及ぼすかについて自覚し、この自覚が、結婚年齢を上げることやスポーツをすることなど、自分自身や他の人にとって安全な決断をすることにつながっている。
 また、カバディ・プロジェクトの参加者は、その経験を地域活動に活かし ている。彼らは、男性中心の構造の中でリーダーシップを発揮する 能力を身につけ、人身売買や危険な移住問題など、ジェンダーに基づ く暴力をなくすために、少年や他のコミュニティメンバーと共同行動 を組織している。また、集団化し、互いに支え合うことで、ハラス メントや虐待に反対し、抗議することに大きな自信を示している。カバディや他のスポーツに興味を持つ少女が地域から増えている。以前のチャンピオンやチーム は、新しいプレーヤーのロールモデルやチェンジエージェントとなっており、娘を参加させるよう親を説得する役割を担っている。家庭 は、女子のスポーツ参加にますます協力的になっている。

参考文献

Barnett, O., Miller-Perrin, C., & Perrin, R. (2011). Family violence across the lifespan. Sage Publications.
Garland, J., Jones, H., & Kolodny, R. (1965). A model for stages of development in social work groups. In S. Bernstein (Ed.), Explorations in group work (pp. 17–71). Milford House.
Schiller, L. (1997). Rethinking stages of development in women’s groups: Implications for practice. Social Work with Groups, 20(3), 3–19.

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