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『プラナリア』 山本文緒
母親は代わってあげられればと泣きに泣いた。物心ついてからほとんど接触したことがなかった父親も戻を浮かべて私の手を握ってくれた。愛されていると思った。友人知人もみんな同情してくれた。けれど、愛や同情ではがんは治らない。
結果的には、私は少しも変わらなかった。何冊かがんの闘病記や手記を読んでみたが、病気になって健康のありがたみが分かったとか、がんになって生きることの大切さや家族愛に目覚めた、というようなことは我が身には起こらなかった。
会社を辞めたのは、ただ単にやる気をなくしたからだ。何もかもが面倒くさかった。
生きていること自体が面倒くさかったが、自分で死ぬのも面倒くさかった。だったら、もう病院なんか行かずに、がん再発で死ねばいいんじゃないかなとも思うが、正直言ってそれが一番恐かった。矛盾している。私は矛盾している自分に疲れ果てた。
両親は「あんたたちが肥満にしたからがんになった」と私に言われたのがよほどショックだったらしく、表立って「そろそろちゃんと働け」とは言わないが、それでも一時の腫れ物を扱うような態度はなくなった。明らかに「いい加減にしろ」と顔にも態度にも出ているが、暴君の私は気がつかないふりをして過ごしている。もしかしたらこれは、愛の名の下に体も心も私をスポイルした両親への復讐なのかもしれないと思う時がある。
馬鹿だ、私は。いい歳こいて。でも働きたくなかった。
ごめんなさい、と私はうつむいて呟いた。どうして私はこうも他人をいやな気分にさせてしまうのだろう。
「でも、どうしておばさんたちに話したりしたの?いい噂の種になるって分かってたでしょう?」
厭味ではなく、本当に分からないとばかりに彼女は聞いてきた。露悪趣味だからと言いそうになって、私は言葉を変えた。
「アイデンティティなんです」
アイデンティティ?と彼女が訝しげに聞き返してくる。
「乳がんが?」
「そうです。アイデンティティで言いすぎなら、唯一の持ちネタなんです。私、他に特技も特徴もないし」
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