2024/5/23

今日も風呂に入って日記を書いている。それだけで明日の私は勝ち組確定である。
「花束みたいな恋をした」で、戸田恵子演じる主人公絹ちゃんのお母さん(超大手と思しき広告代理店勤め)が「社会に出ることはお風呂に入ることと一緒」といった名言を残していたが、社会で働くのも風呂に入るのも好きではないながらすこし納得できる。
諸事情により社会人を半年ほどストップしていたものの、
あんなに嫌だった仕事も休職して1か月も経たないうちに社会からの疎外感で心がざわついてしまい余計にメンタルが落ち込んでしまった。
絹ちゃんのお母さんのように「入ってよかった~」とは思わないが、
凡人こそ社会にも風呂にも入らないと違和感はあるし、心と皮膚が持たなくなるのだなと考えている。

今日も仕事だったわけだが昨年度の業績評価を受けた。
結果でいうと5段階中の3。可もなく不可もなくやっぱり平凡な人間なのである。
うちの会社は心根の優しい方が多いので、
評価してくれた上司も必死に昔でいうとSやAの評価に値して、君の業績は上位にはいるんだよ!とフォローしてくれたのだが、何を言われても数字に評価があらわれている。定性評価よりも定量評価と業務上でも耳たこでいわれるので残念ながら一切耳には入ってこない。
かつ今週は下手に躁鬱ジェットコースターをしていたこともあり、
今の業務だけでも手一杯なのになぜか業務の幅を広げたい、もっと学びたいんです と2%くらいしか思っていないことを勝手に身体が口走り、脳内でリトル私が「これ以上しゃべるな!」とたしなめていたが時すでに遅し。
業務量が1.5倍に増えた。そして早速来週出張が入った。


本当に12時間前の自分を殴り飛ばしてやりたい。
躁鬱で思ってもいないことを口走ったんです~とへらへらしながら発言を撤回したいが、常日頃身内に対して言葉は時に武器となる、一度発した言葉は相手の心に刺さるし消すこともできない と大きな顔をして説いている手前、へらへら撤回は手段としてすでにないものである。
というか12時間前にでかい顔していたやつが発言を撤回していたらまあ気持ち悪いし。
自分で勝手に増やした業務は責任をもって粛々とやっていくほかないのだ。このアホめ。とリトル私が叫んでいるので、少なくとも今年度はなんとかやっていくしかない。
明日は金曜日。もう一日頑張ろう。

<nowplaying>
Elysee und Penelope / Frank Federsel


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