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氷室は前、TERUは後ろ

あれは10年以上前。
僕がブラック企業で営業マンをやっていた頃だ。
いつものように社長と一緒にキャバクラで取引先の接待をしていた。

当時20代中盤だった僕は、しょっちゅうキャバクラでカラオケを歌わされていた。
選曲は社長の好みで「愛が生まれた日」が定番だったが、その日は取引先がGLAYファンだったこともあり、GLAYを歌わされた。

時はさらに遡り今から20年以上前。
世紀末。
当時僕は中学生。
クラスのみんながヴィジュアル系バンドに夢中になり、ラルクとGLAYが人気を二分していた。

僕はどっちかというと、いや圧倒的にラルクの方が好きだった。
HYDEの見た目も声も最高にかっこよかったし、これは完全に偏見であるが、GLAYは全体的に少しダサく見えたのだ。

特に顕著なのはTAKUROの書く歌詞である。
GLAY
「千ノナイフガ胸ヲ刺ス!!!」
「時に愛は2人を試してる Because I love you
キワどい視線を振り切って WOW」

ラルク
「誰かのこと想ってる 横顔でも素敵だったから」
「胸が 痛くて痛くて壊れそうだから 叶わぬ思いならせめて枯れたい」

悪意の塊のようなチョイスで申し訳ないが、GLAYはとにかく直球で熱く、対してラルクはとてもポエティックだ。
悩ましいHYDEの歌い方も相まって、ラルクは女バスの村田さんに片想いしていた思春期真っ盛りの僕に刺さった。
千ノナイフは一本も刺さらなかったのに。
千ノナイフってなんだよ。
キワどい視線って。
ダサ...。

しかし僕の両親はGLAYに夢中だった。
一体何がそんなにいいのだろうと僕はいつも思っていた。
TERUとHYDEなら、名前もHYDEの方がかっこいいし。

それからGLAYをろくに聴かないまま僕は大人になり、接待の日を迎えた。
だがGLAYは言わずと知れた国民的バンド。
なんとなく歌える曲だってある。
その日僕はBELOVEDを歌うことにした。

曲が始まると、突然全く関係ない別卓の4、50代くらいのおじさんたちが騒ぎ出した。
「GLAYか!お兄ちゃんいい選曲だね!」
このおじさんたちもGLAY派か...。
しかも酔っ払いのダル絡み。
めんどくさい。

「やがて来る それぞれの交差点を迷いの中 立ち止まるけど
それでも 人はまた歩き出す」

GLAYは音程が高い。
声が低めの僕には辛い。
接待なので手を抜くわけにもいかず、ハアハア言いながら一番を歌い切った僕に、おじさんたちはこう言った。

「お兄ちゃんダメだよ!TERUは後ろだから!」

TERUは後ろ...?

「TERUは重心が後ろなんだよ!氷室は重心が前!TERUは後ろ!覚えときな!」

氷室...?
ボウイか...?

「座って歌ってるなんてダメだなあ!ほらお兄ちゃん立って!重心は後ろだよ!」

その熱い重心へのこだわりはなんなのか。
知らないおじさんに立たされる僕。
笑って見守る社長と取引先。
止めないキャバ嬢。
僕以外誰も仕事をしていない。
言われるがままに立ち、TERUのモノマネでもするかのようにマイクを持ったまま重心を後ろに倒す。

「いつの日も さりげない暮らしの中 育んだ愛の木立
微笑みも涙も受けとめて
遠ざかる なつかしき友の声を胸に抱いて想いを寄せた
いくつかの出逢い… いくつかの別れ…
くり返す日々は 続いてゆく」

するとどうだろう。
さっきまでギリギリだった高音が不思議と少しずつ楽になっていく。

「AH 夢から覚めた これからもあなたを愛してる
AH 夢から覚めた 今以上 あなたを 愛してる」

歌い終わる頃にはそのフロアの全てのおじさんたちがBELOVEDを熱唱していた。
社長も、取引先も、重心おじさんご一行も。
その瞬間、たしかに全員がTERUだった。
全員やや重心が後ろの。

僕は気がついた。
GLAYはおじさんに刺さるのだ。
遠ざかる懐かしき友の声も、いくつかの出会いも別れも中学生の僕にはなかったものだ。
TAKUROの歌詞は、ある程度の大人に向けたものだったのだ。

今では全く関係ない仕事をしているし、当時の取引先も社長ももう会うことはないが、僕はGLAYのBELOVEDをよく聴いている。
僕ももう立派なおじさんだ。
忙しい毎日に溺れて素直になれないことも、人生の交差点で立ち止まることもあった。
衰えていく体力と引き換えにバランス感覚を身につけていくのが、大人としての成長なのではないかと思う。
時には前に、後ろに、重心を傾けながら、倒れないように生きていくのだ。
TAKUROの歌詞は、夢から覚めたおじさんに沁みる。

人生の忘れられない教訓となったあの日の言葉。
「氷室は前、TERUは後ろ」
それは、そういうことだったのだ。
立川のキャバクラで出会った知らないおじさんたち。
ありがとうございました。


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