見出し画像

世間を知ろうキャンペーン

あれは30歳を目前にした、29歳の頃だった。
ただ1つ歳を取るだけなのだが、なぜか節目の年はセンチメンタルだ。
かくいう僕もそうだった。
このまま大人になっていいのだろうか。
いや、とっくに大人なのだが、30歳ってもっとこう、渋さみたいなものがなかっただろうか。
例えばビーチボーイズの頃の反町隆史は23歳だ。
世でいう新卒の年齢である。
怖すぎる。
あんな新卒扱える自信がない。
さらに2年後、GTOを経て25歳。
その頃にはすでに世の中への不満(ポイズン)を内に秘めている。
そこからまた5年後が30歳だ。
5年熟成された不満(ポイズン)が一体どうなっているか恐ろしいし、反町はさらにかっこよくなっていた。

しかし鏡の前の自分はどうだろう。
確かに少し老けたような気もするが、相変わらず毎朝納豆ご飯を食べ、辛子は苦手なままだ。
情けなくもないが、たくましくもない。
世の中に対する不満(ポイズン)も、特にない。
世の中にはまだ知らないことがたくさんある。
人の親として、会社の代表として、このままでいいのか。

例えば娘が突然、私ストリップダンサーになると言い出したとしたら、僕はなんと言えばいいのだろう。
当時の僕はストリップ劇場に行ったことはなかったが、なんとなくどんな場所なのかはイメージしていた。
手塩にかけてと言うほどではないが、大切な存在なので当然自分を大切にしてもらいたいと思っているし、幸せになってほしい。
やはり反対に気持ちは傾くが、娘の夢に対して父親がよく知りもしないで反対するのは、本当に娘のためになるのだろうか。
何事もイメージだけで判断するのは危険だし、それが本当にイメージ通りなのか不確かだ。
一般的な父親なら、きっと反射的に反対するだろう。
昨今では職業に貴賎なしという空気が醸成されつつあるが、それでも愛娘には...と言うのが本音のはずだ。

かつて昭和の父親達はきっとそうだった。
仕事の付き合いという名目のもとストリップ劇場に足を運び、ショーを目の当たりにして鼻の下を伸ばし、裸をギラギラとした眼で撫で回すような経験をしたからこそ、娘がそうなるのを恐れるのだ。
やはり僕はもっと知る必要があった。
世間について、特にストリップについて。

そうして始まった、30歳になるまでに世間を知ろうキャンペーン。
まず僕が向かったのは、当然ストリップ劇場だった。

場所は横浜日ノ出町。
その名もストリップ浜劇。
大通り沿いにも関わらずデカデカと出演女優の横断幕を垂らし、その辺りに住んでいる人間ならば、それが何かは別としてそのビルの存在を知らないものはいない。
後で知ったことだが、創業は2000年らしい。
もっと昭和レトロな雰囲気を想像していたが、外観も店内も街の小さな映画館くらいの清潔さが保たれていた。

入口でお金を払う。
4000円位だっただろうか。
決して安くはない社会科見学料だ。
自販機と喫煙所のある通路を通り抜け、中へと進む。
扉を開けると、すでにショーは始まっていた。

定員40名のそう広くない劇場の前方にはステージがあり、ステージ中央から客席の真ん中まで回転式の円形舞台が張り出している。
それをコの字型に取り囲むように客席が配置されていた。
客席は薄暗く、開演中に入ってしまったので、ひとまず後方で目立たぬように観ることにした。

キラキラの笑顔で踊るストリップダンサー。
20代半ばであろうか。
程よく鍛えられた身体は七色の照明に美しく光り、キラキラの衣装もまだ着ていた。
激しい音楽とシンクロするように鼓動は高鳴り、呼吸が少し浅くなる。
こんな緊張感は久しぶりだ。
久々に感じるアウェー感。
その時僕は、知らない世間を確かに覗いていた。

平日の昼間ということもあり、観客はまばらだった。
ステージの周りを囲むおじさんたち。
前方で齧り付くように首をふるまた別のおじさん。
それぞれ思い思いの鑑賞スタイルでショーを楽しんでいる。
しかし全員に共通していることが一つだけあった。
それは、手拍子だ。

まるでアイドルのコンサートでも観ているかのように、観客全員が音楽に合わせ手拍子をしていた。
よく見ると観客も皆、七色の笑顔を見せている。
それに呼応するかのように、ストリップダンサーの笑顔がまた輝きを増す。
勝手なイメージだが、もっと女体を撫で回すように見つめるギラギラとした不気味な人たちがいると思っていた。
歌こそないものの、彼女のダンスは間違いなく観客を魅了していたし、観客もまた彼女に元気を貰っているようだった。
もはや疑う余地はない。
彼女はここのみんなのアイドルなのだ。

やがて音楽が怪しげなものに変わり、照明がピンク色に変わる。
昔8時だョ!全員集合!でハゲヅラを被ったカトちゃんが、ちょっとだけよと言いながらやっていたあの人気コントさながらの雰囲気だ。
ストリップダンサーが円形の舞台にやってきて、スローなダンスを踊りながら、服を一枚ずつはらり、はらりとステージの床に落としていく。
いよいよ本物のストリップショーが始まろうとしていた。

...。
詳細は省くが、やはり最初のイメージを完全に覆すものだった。
本来のテーマであろうセクシャルな雰囲気ももちろんあったが、総じて温かい空気の中でステージは終了した。
演目が終わった後はストリップダンサーが客席に降りてきて、チェキ会などもやっていたし、観客との自然な会話もたくさんあったように思う。
所用により途中で退出してしまったが、知らない世界を知ることができたし、単純にエンターテイメントとしても楽しめた。
入っていいかはわからないが、おそらく女性でも楽しめるように思う。

やはり世間を知ることは大切だ。
これで娘がストリップダンサーになりたいと言い出した時、僕はこの経験を活かししっかりと意見を述べることができるだろう。
みんな意外とギラギラしてないし、優しく手拍子してもらえるよ、でもちゃんと脱ぐよ、と。
実際に行ったとは言えないことが最大の問題だけど。

この後も僕の世間を知ろうキャンペーンはまだまだ続くことになるが、それはまた別の話だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?