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「あっくんのかお」イラストストーリー

今年1月の日曜日。大阪柏原の安福寺で開催された「お寺と教会の親なきあと相談室」にあきひろと一緒に参加した。その日は写仏守り作り体験があり、あきひろも参加者に交じって阿弥陀さまの下絵をなぞり描きし、お守りを作った。一緒にいた参加者さんが、あきひろの描いた線をほめてくださり、私はそれがうれしくてあきひろが普段描いている絵や文字を見てもらった。

後日その方から、障害をもつ人の作品を活かした製品を作りたいという知人を紹介したいと連絡があり、そのイラストレーターさんと自宅まで来てくださった。あきひろとも会って絵を描くところを見ていただいたりして、そこから思いがけずあきひろの絵が製品になる計画がスタートした。

あきひろは小さいころ、なかなか自分の思うように描くことができず、殴り書きをしていた。線の描き方を練習してから、人の顔を描くようになった(自分の思う線を描くこと)。
それはどれも同じように見えて、実は保育所の友だちや先生一人ひとりを描いているらしかった。その頃は周りの人と直接関わりをもつことはほとんどなかったのだが、ちゃんと見て気にしていることが絵を描きだしたことで、私たちにわかった。

保育所の先生
最初の顔の形

保育所の修了式の日、先生やクラスの子たちは別れを惜しんだり、不安や緊張を見せていたが、あきひろはいつもと変わらない様子で過ごしていた。ところが家に帰ってくると、保育所の友だちの顔を次々と描きだし、一気に全員の顔を描いてしまった。そんなことは今までになく、あきひろなりに今日のことを感じ取って自分の気持ちを絵にぶつけたのだろうと思う。
それから人の顔を描くことは、言葉の少ないあきひろの表現のひとつだった。

小学3年生頃の絵日記
小学生高学年の頃


2020年。コロナの流行でなかなか人と会えなくなり、ふと思いついてあきひろに友だちの顔を描くことを勧めてみた。1日に1人ずつ描いた絵は、スケッチブックいっぱいになった。同級生や周りの人のことを話したりすることは全くないので、こんなにたくさんの人があきひろの中にいることは驚きだった。
これを何か形にできないかと思い、製本ワークショップに参加した時に、そのスケッチブックを講師の先生にみていただいた。ちょうどワークショップを主催していたブックカフェで手製本の展示が近々あり、先生が和綴じ製本をしてくださり、出展することになった。スケッチブックのリングを模した34目綴じの素敵な本に仕立てていただき、多くの人にあきひろの絵を見てもらうことができた。

手製本になったスケッチブック
本文

あきひろが小さい頃から描き続けてきた人の顔の絵が、これからいろんな人の手に渡っていくのかと思うと楽しみで、今まで関わってきた人たちに改めて感謝の気持ちでいっぱいになっている。

スケッチブックに登場する人たち

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