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タイピングと物語の二極分析(6):あなたはうで体?あし体?

鴻江理論について

本シリーズでは、タイピングという運動にかかわる身体特性と、物語に関する認知や思考のありかたに関連性があり、それは両極端な二つのタイプに分かれるのではないか、という仮説を述べてきた。

ところで、このように、人間の身体特性を分類するという試みは古くから行われてきた。中でも近年スポーツ界で注目を集めているのが、鴻江寿治トレーナーが提唱する鴻江理論だ。
詳しくはググってみていただきたいが、大まかに述べれば、人間を「うで体」と「あし体」の二つに分類し、それぞれに適した運動やトレーニングがあるとするものだ。

過去記事をお読みいただいた方には予想が付くと思うが、僕と大岡俊彦さんはここでも対極だった。僕がうで体、大岡さんがあし体だ。

僕が調べた限りでは、鴻江理論は「思考の癖」までも分類するものではない。
よって、僕たちが考えている仮説にそのまま援用できるものではないのだが、タイプの分類自体は気持ち悪いくらい当てはまる。

タイピングとは運動だ。体を動かして行うことだ。当たり前だが、当たり前のことがまったく大事にされていない。
「エルゴノミクスキーボード」と呼ばれるものが登場して長いが、既存のエルゴノミクスは「窮屈なエルゴノミクス」ではないかということを、大岡さんは主張している。僕もまったく同感だ。

ただし、「寝返り」すらも、恐らく一種類ではない。むしろ、無限ではなく二種類であるかもしれない、というべきか。
ならば、己のタイプを知ることで、正解に辿り着ける可能性が高まるだろう。

そもそもなぜ分類に拘るのか

鴻江理論の重要な点は、ある人にとっては効果的なメソッドが、別の人にとっては有害無益となる可能性があるということだ。

僕たちがタイピングと創作において考えていることも全く同じだ。ある人にとって打ちやすいキーボードが、別の人にとっても打ちやすいとは限らない。

大岡さんの言葉を借りれば、

人類の金玉の平均値は1なので、
金玉が一個だけ入るパンツを発明すればエルゴノミクスである、
という間違いを犯してはならない。

ということだ。

一般人は皆同じようなキーボードを使っているが、実のところキーボードの好みは千差万別であるということを、自作キーボード沼に棲息するオタクたちは知っている。それは、天下一キーボードわいわい会や、キー部のレポートをご覧いただければおわかりいただけるはずだ。

高い評価を得たキーボードが、誰にとっても素晴らしいわけではない。
そして、自分にとってのよいキーボードを知るために、我々は多大なコストを支払って試行錯誤を繰り返す。

正直楽しい。だが、よいことだとは思わない。
正解に辿り着く前に体を壊してしまう人、やってられないと投げ出してしまう人、どこから手を付けたらいいかわからない人、大勢いるはずだ。

だが、簡単なタイプ診断で、自分に合うキーボードを絞り込めるとしたら。世の中がとてもよくなるはずだ。

診断しませんか?

ここからは、異常な関心と執念をタイピングへ向けているオタクたちに提唱したいことです。

自分が「うで体」「あし体」のどちらに該当するか、診断してみませんか? そして、その結果を発信してみませんか?
自分と同じタイプの人のキーボードは、参考になる可能性が高いです。逆に、異なるタイプの人のキーボードを真似しても、体に無理がかかるだけかもしれません。

コウノエスポーツアカデミーのウェブサイトには7つの診断項目が掲載されており、簡単に自分のタイプを確認することができる。

というわけで、次回キー部に参加できたら診断資料でも置いておこうかと思うので、お試し頂ければ幸い。

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