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主観と慣性

 がむしゃらにしがみつき、手にしたナイフを振るう。彼女の体重を預けられた紐は強い抵抗をみせたが俺の必死さが伝わったのだろう、あっけなく切れた。重力に従い彼女は落ち、支えきれずに自分も倒れる。ナイフが危険なのでかばうように倒れたところ、変な体勢で崩れてしまった。骨折まではいってないが筋は痛めたのかもしれない。

 隣には彼女が倒れていた。今始めて会った彼女。会ったというか、見掛けたというか。そばの樹木にはしっかり紐が縛り付けられている。そして真っ直ぐ垂れ下がった先を俺が切り、続いていた輪は彼女の首を絞めていた。まだ苦しげではあるが、どうやら呼吸は出来ているらしい。どう見ても自殺を試みていた彼女。状況証拠は十分なので勘違いではないだろう。ここは富士の樹海なのだから。

 僕はなんでこんなところにいるのか。それは僕がそのために来たからだ。顔も知らない、彼女に僕は会いに来た___。


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「あー、どうすっかな」

一人天井眺めて、思わず呟く。誰とも会わない生活。就職するあてがなく、仕方なく始めた仕事も辞めてしまった。訓練中に腰を痛めたというのもあるが、会社内の仲間意識についていけなかった。元より社交的な方ではない。同僚の話を適当に頷いているのが発端となり、二週間後には俺の居場所はなくなっていた。

何もする気にならなかった。いや、オナニーだけはしていた。なんなら暇潰しにしていた。無気力なオナニー、駄ナニーだった。

幾ばくかの蓄えも尽きつつある。こんな自分に嫌気がさしたとき、性欲と自責が化学反応を起こした。

「自殺する前の女ならヤらせてくれるだろう」

我ながら最低な思い付きだった。ただ、僕には名案だった。残りの貯金を使い丈夫なナイフと縄を買った。数日動ける用の食料品と、水と、富士山の麓へ行ける切符を準備した。傍目には登山家みたいな格好になった。とりあえずのやることが決まれば、あとはすんなりと行動できた。


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何をするでもなく、僕は待っていた。やがて彼女は目を醒ますと、どうでもよくなったのかそのまま寝そべった。僕は訪ねる。

「なんで死のうとしたの」

彼女は答えない。聞いているのかも分からない。僕は続ける。

「なんか理由なきゃこんなところ来ないでしょ。お金?男?」

一瞥すると彼女は起き上がり、こちらに近付いてくる。そして、おもむろに顔面を蹴られた。足の裏だった。喧嘩キックというやつだ。鼻っ柱を思い切りイカれ鼻血が出てくる。意識が鼻に持っていかれ蹲っている矢先、脇腹を膝で思い切り落とされる。体の内から聴いたことない音が漏れる。

気づいたときには荷物を奪われていた。なんでこうなった。彼女はナイフを弄んでいる。

「君は何で助けたの?」

「何って・・・・」

口をつぐむ。痛くて頭が回らないし、一瞬で生殺与奪を奪われている。その事に気付いたら、もう駄目だった。

「じ、自殺する直前の人なら、ヤらせてくれるかなって」

「・・・何それ」

そういうと彼女はひとしきり笑った。そして、いきなり近付いてくると僕の唇を奪った。何も考えることができない。

それから彼女は僕へバックパックを投げつけると、歩き出した。

「いくよ。」

「行くって、どこへ」

「私の家。帰るの。続き、したくないの?」

正直よくわからなかった。彼女のことも。自分のことも。ただただ、痛む体を引きずり必死についていった。何か訪ねようとしたけど、何も出てこなかった。

灰色の空の下、アスファルトの舗装に出た。樹海に来てから今までの事が夢みたいだった。空気は粘っこい。まだ梅雨が開けて間もなくである。


不意に彼女が訪ねる。

「名前は?」

「…え?」

「やっぱいいや。今まで生きてきて、君ほどしょうもない人間を見たことがなかった。君ほど卑怯な人間をみたことがなかった。君ほど情けない人間を見たことなかった」

声がでない。自分でもその通りだと思った。俯いて彼女の踵を見つめる。足は止まらない。

「でも、そんな人間に私の命は掬われた形になっている。その結果だけは本当」

彼女は振り向く。眼が合った。真っ直ぐ僕を覗いていた。焦茶色の瞳には、灰色の空と僕がいる。

 「いっしょにいこう」


それは美しい風景で、美しい時間で。

「・・・・はい」

それだけ絞り出すのが精一杯だった。そして、いつの間にかそう答えるのが当然だと考えていた。

「決まり。さっさと下りよう」


彼女が何でここにいたかは分からない。僕を誘った理由も。でも、返事した彼女は少し楽しそうにみえた。














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