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Insight: Next Urinalysis

次世代の尿検査 Vol. 1 "癌検査の新たな可能性"

朝起きて、何気なくトイレに行く。トイレから出て顔を洗い歯を磨き終わる頃、ウェアラブル端末には今日の健康状態を知らせるデータが届いている。
そのような日常は目前に迫っています。
血液と異なり、非侵襲に採取できる尿。その尿を用いた検査の可能性がさらに注目され、発展を続けています。

今月は”Next Urinalysis”と題し、注目すべき尿検査の研究、ビジネスを紹介します。第1回目は、Weekly Pick UP!でも取り上げた、MITが開発する新しいがん検査を掘り下げます。

1. がんで過剰発現するプロテアーゼ

悪性腫瘍に侵された組織においてはプロテアーゼが過剰発現し、それらは癌細胞周囲のタンパク質を分解することで浸潤・転移に寄与することが明らかにされています。
例えば、肺癌のモデル動物であるKPモデルマウス(KrasおよびTrp53を変異)においては、ヒト肺腺癌(LUAD)のCancer Genome Atlas(TCGA)データセットより、遺伝子の発現を分析した結果、過剰発現されたプロテアーゼの多くが、KPモデルマウスで過剰発現されたプロテアーゼと重複していることが確認されました。

癌細胞周辺ではプロテアーゼによるタンパク質分解が起こる。この特性に着目し、MIT*の Koch Institute for Integrative Cancer Researchの研究者らが新しい診断システムの開発を進めています。
*Massachusetts Institute of Technology

2. プロテアーゼに応答するナノ粒子

新しい診断システムは、生体由来のバイオマーカーを検出するのではなく、体内で「バイオマーカーを作成する」という点で大きな特徴を持っています。そして、この特徴は癌細胞で過剰発現するプロテアーゼと密接に関わっています。

研究者らが使用するのは、特別なペプチドでコーティングされたナノ粒子です。ペプチドは、癌細胞の存在で過剰発現したプロテアーゼに切断されることで遊離する特性を備えています。そして、この時切断され遊離したペプチドは尿中に排泄され、その濃度は癌細胞で過剰発現されたプロテアーゼの存在の程度を表現し、癌細胞の存在の判定につながります。
「癌細胞周辺に存在するプロテアーゼの活性を利用し、癌のバイオマーカーとしてのペプチドを体内で作成する」というのがこのシステムの原理です。

それだけではありません。これまでの研究で、癌の種類によって過剰発現するプロテアーゼの種類は異なることが明らかになっています。そして、このナノ粒子は複数種のプロテアーゼによる切断を考慮した構造になっており、遊離するペプチドの種類によって癌の種類を判別できる可能性があります。

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3. 生研の代替手段として

この診断システムは、既存の診断システムに対してどのような優位性があり、どのように利用されることが想定されているのでしょうか?

研究チームは、この診断システムが既存の診断方法を完全に置き換えるのではなく補完することを想定しています。例えば、肺癌の検査においては、CTスキャンが多くの実績、科学的知見を有しています。ただしCTスキャンは、その特異性の低さが大きなデメリットとして存在しています。肺の炎症を初期の癌と間違えることが多く、偽陽性の結果を医師に返します。医師はそれを無視できず、陽性の結果が得られた患者に対して、不必要な精密検査、すなわち生検を行う可能性が高いのです。

生検はそのリスクがあるだけではなく、患者のQOLにおいても多くの問題があります。新しい診断システムが目指すのは、生検の非侵襲的代替手段を提供することなのです。

4. 癌の場所を特定する

今年7月、研究者らはこの診断システムに新しい機能を付与したことを発表しました。

これまでのナノ粒子では、癌細胞の存在、また種類を推定することはできても、その場所を特定することはできませんでした。今回研究者らが付与したのは、このナノ粒子に癌の場所を特定する機能です。

癌細胞がある場合、その周囲は酸性環境になるという特徴があります。
その特徴に着目し、ナノ粒子に付与されたのは、「酸性環境に引き付けられるペプチド」です。これによりナノ粒子は癌細胞の周りに集まる機能が発現します。加えて、ナノ粒子には銅の放射性同位体を標識として付与し、検査結果が陽性であった場合にPETによる追加検査を行うことで、癌の場所を特定できることになります。

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5. 広げることができる尿検査の可能性

繰り返しになりますが、この診断システムのユニークな点は生体内で「バイオマーカーを作成する」ことです。

一般的に尿検査においては、バイオマーカーの濃度は低く、その恒常性は血液より悪く、食事などの外部因子の影響を大きく受けます。この診断システムは、本来であれば尿中に存在しない物質を、一定濃度以上存在させる状態を、人工的に作り出せることを意味しています。
リスクの低い手段で同様の方法を使用できれば、今後の尿検査の可能性が大きく広がる可能性があります。尿が得意とする腎臓、泌尿器疾患だけではなく、癌を含む全身の疾患の状態を尿検査で捉えることができるかもしれません。

出典:
1. Science Translational Medicine
https://stm.sciencemag.org/content/12/537/eaaw0262
2. nature materials
https://www.nature.com/articles/s41563-021-01042-y
3. NEW ATLAS
https://newatlas.com/medical/nanoparticle-urine-test-diagnoses-cancer/




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