見出し画像

【読書】焦っても己を見失うな【五月】

とても忙しい月で、心身ともに……というより主に心の方が疲弊している。
忙しいというより将来への不安による漠然とした焦りに支配されている日々だった。生活が実質的に素浪人のソレなので楽天的な日と半端なく鬱鬱とする日の気分の落差がすごい。

本、漫画、アニメなど、創作物はそもそも好きだ。
くわえて、私は新人賞に応募する小説なんかも書いたりしているから、自分の考えを深めるためにも創作物には集中して取り組みたい。
そういった、全身で創作物を感じることのできる体力を維持するのも難しいなと思う今日この頃です。
それでも今月は五冊読んだらしい。(読書メーターをつけている)
とにかく感想記事を継続して投稿したいので、感想を書く。

キム・ジヘ「差別はたいてい悪意のない人がする」

図書館で借りたんだけど、買って家に置いておきたいなと思った。
大学で教科書指定されていそうだし、一回読んだだけでは十分理解することはできないほど内容の濃さと量だった。
一部紹介したい。

恥ずかしながら、「クィア」という言葉はよく見るものの、どういう意味なのか正確に分かっていなかった。

「クィア」は本来「奇妙な」という意味の言葉で、セクシュアル・マイノリティを侮蔑する言葉として使われていた。
しかし、セクシュアル・マイノリティの当事者たちは「クィア」という言葉を再占有した。
「奇妙な」という本来の意味はそのままだけど、奇妙で変なことは悪いことではない。
むしろ、特別で独創的な誇らしい特徴だと宣言した。

差別はたいてい悪意のない人がする 101頁
(本が手元にないので、101頁の言葉を引用して内容を自分なりに整理したものです。)

そういう歴史の流れで「クィア」という言葉の意味合いが変わったのか……、本来は侮蔑する言葉だったのか……と知ることができてとてもよかった。

他にも、この本は「学歴」「ユーモア」「能力主義は公正なルールか?」など、考え続けなければならない問いを私に教えてくれた。

全体を読んで思ったことは、自分が「中立」だと思い込んでしまうと差別を悪意なくしてしまうのかもしれないということだ。
自分が「中立」であるとしたら、自分と異なる人は「異質」ということになってしまう。
そうではなくて、一人一人が違うのだ。恐れずに言えば、一人一人が「異質」。

固定観念や偏見は、思考のコストを減らすことができる。
極端な話、「A型の人は几帳面だ」という偏見があれば、A型の人にあったら「この人は几帳面だ」と判断することができて人柄を簡単に知ることができる。
当然、こんな話はおかしいと誰もが分かる。
一人一人とちゃんと向き合わないとその人のことは分からない。
その人、ただ一人のことを分かろうとする思考が必要だ。
その思考を出会った一人一人にするのは、常に頭をフル回転させてないといけないし大変だと思う。
でも、少しでもそういう道を歩めたらなと思う。

私も、自分で分かっていないだけで、有害な偏見を持っているだろう。
反省することを忘れずに、自分が中立だとは思わないように、日々意識していきたい。

砂川文次「ブラックボックス」

将来という未知への不安に漠然と焦る私の心に、「ブラックボックス」という言葉を投げ込んで、まっすぐな強さを与えてくれる本だった。

未来は分からない。怖い。
でも、もしも十年先、二十年先、死ぬまで「あなたはこう生きますよ」と人生が決められていたとしたらどうだろう。
……きっとつまらないだろう。

ただ、未来は分からないからいいのだ、と結論づける前に一歩踏み込みたい。
将来への不安というのは政治的・社会的な要因により生じている場合がある。
正直、私は今の政治に不満がある。
具体的に言うと、同性婚の制度を定めていないのは不満だし、男女の賃金格差はいまだに縮まらない。
(私はノンバイナリーに近い考えだから、男女という観点で語ろうとすると難しいことがあるのだけど、)女に生まれたからという理由だけで将来の貯蓄の心配が増えるとは、おかしな社会だ。

未来は分からない。不安である。でも、それでいい……と言い切るには引っかかりがある。政治によって改善できる不安は改善をすべきだし、そんな不安はいらない。

私たちは不安を前向きに受け入れられる環境に生きているのだろうか?

政治、古臭いジェンダー観に基づいた偏見、問題は山ほどある。
問題は山ほどある、という言葉で片付けきれないほどのモヤモヤと苛立ちが、ある。
しかし、本書は、むしろそういう社会に対峙できるような根源的な強さを授けるものだと私は感じた。

仮に、この世が平等で、自分の力で冒険することで自分の人生を十分に生きられる社会だとする。
そんな世界で、「あなたの将来の職業は〇〇で、××歳で昇進して、××歳でパートナーを見つけ、××歳で死にます」と決まっていたら、つまらないだろう。生きることは楽しくないだろう。
だから、未来は分からない方がいい。
自分の力で先に進みたい。でも進めるのか分からない。不安だ。だから、今は前に向かって全力でペダルを漕いでいる。遠くに行きたい。
注意したいのは、ここでいう不安は、改善可能な政治的問題や社会にはびこる偏見により将来を阻害される不安ではないことだ。
本書で示された不安は、先の見えない未来に向かうという生きる行為そのものに必然的にともなう感情のことだと思う。
生きる行為にともなう感情というより、生きることそのものの本質という感じがする。

ブラックボックスは、この体でどこまでも行きたいという衝動を授け、自分をさえぎる社会を打ち破り前に進む力を示した本だと思った。

砂川文次さんが政治の問題を意識していないはずがないので、「引っかかりがある」なんて問題提起をするのは、私がこの本を読めていないことを示すだけかもしれない……と思いながら書きました。
年をとってからまた読んでみたい。

長くなりましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
また来月。

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?