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【読書】極限の主人公小説~山下紘加「エラー」~【12月】

年に百冊読むのを目標にしていたのですが、最近は月に二冊くらいしか読めず……。
その月に読んだ本で面白かったものを選んで感想を書いていたけれど、一冊読んだら一冊で記事にしちゃおうかなあと思った。量が減っているので。

山下紘加「エラー」を読んだ。
最後は一気に引き込まれて読み切った。その感想を書く。

主人公の一果(いちか)はフードファイターで、年に一度テレビ放送される「真王」という大食い大会の番組に出ている。

一果は「真王」で四連覇をしている大食いクイーンだが、今年の大会予選で水島薫という強敵に敗北する。

一果は大食い以外にこれといった特技はなく、定職にもついていない。
くわえて、一果は大食い競技にも「真王」にも目の前の食べ物にも真剣であり、決してズルをしない。
普通・正常の人間が食べられる量の限界を超えた彼女がたどり着く境地とは――。

私が極限の主人公小説だなと思ったのには二つの意味がある。
一つは、人間の限界を超えた人物(主人公)はどうなってしまうのかをストーリー内容で描いているという意味。
もう一つは、他者の視点を排除して徹底的に主人公だけにフォーカスして描き切っている文体という意味である。
そして、二つが合わさることにより、この小説には目の前まで押し寄せてくるような迫力を伴った真実が宿っている。

言葉の質量と迫力


誰よりも多く食べることを目標にしながら、同時に食べ物に対して常に畏怖の念を抱き、食べる行為に臆するのが大食いだ。罪悪感がある。けれど罪悪感を快楽に転じられるから大食いを続けている。

著・山下紘加「エラー」136頁

ここで「畏怖」と言う言葉に打ちのめされた。

一果は一番近くにいる恋人である亮介ともすれ違いがあり、大食いという競技にたった一人でストイックに向き合ってきた。

大会では、異常と言っていい量の食べ物――それも同じ食べ物を食べ続けることにより認識が変質し、食べ物の生々しさが一果に迫って来る。

食べ物を粗末にしてはならない、作った人に感謝しなければならない、という規範を堂々と乗り越え、それでも食べ続ける。
ルール、法、倫理を破らなければならない精神的なストレスと、その逸脱をテレビでエンターテインメントとして見せなければならない一果は、常人には到達できない人間の限界へと突き進んでゆく。

彼女のフードファイターとしての生活を小説で感じてきたからこそ、食べ物に対する「畏怖」という言葉に真実が宿る。
普段なら、「畏怖」と言われてもちょっと仰々しいなあと思うくらいだけど、この小説の「畏怖」は、ひれ伏さなければならないような、今すぐに逃げだしてしまいたいような圧倒的な感覚を伴っている。

そういう迫りくる実感を伴った言葉や文章が小説の中にいくつもある。
どうしてそんな風に感じるのだろう。

主人公についての徹底的な描写

肉の煙がしみた目を強く擦ると、乾燥して固まった黄色い目やにがぽろぽろパジャマの膝に落ちた。

著・山下紘加「エラー」36頁

小説を読み進めると、ぐっと迫って来る言葉や文章がいくつもあり、ページの中で異彩を放つ。
その理由は、主人公・一果についての徹底した描写にあると思う。

「乾燥して」「固まった」「黄色い」「目やに」と、ここまで読んだだけでも現実味が迫ってきていた。
それに加えて、「ぽろぽろ」「パジャマの」「膝」に「落ち」るのだ。
みじめな感じである。

目やになんて、正直言えば私は直視したくない。
汚くて不要な排泄物だから、現実で目やにをぬぐうときはサッと何も考えないでぬぐってしまう。
でも、この小説は、人間に、人間の肉体に徹底して真剣に向き合っている。だから、汚いモノを排泄する人間を決して見逃さない。

読んでいると、ここまで書くのか! と驚くのだけど、そのここまで書くのか! の探求の最奥に、心にズシンとくるような言葉や文章が現れてくるのだ。

そして、地の文で現れるこれらの描写は徹底して主人公についてなされるものであった。

もちろん小説には一果以外の人物も登場する。
しかし、一果の立場から読み取れる最低限の描写にとどまるように思えた。

想像だけど、作者の視点では、この人は一果に対してこんな感情を持っていて、こういう風に接しているというイメージが程度はあるにせよ存在すると思う。
だから、地の文で、ある人物が一果にこんな感情を抱いてるよと、ある人物の本当の気持ちを示唆することは可能なのだ。
しかし、そうしない。なぜなら、これは大食い競技にその身のすべてを捧げるアスリートの「一果」を描く小説であり、人間の限界を超えるフードファイターの底を見てやろうと挑戦する小説だからだ。

つまり、一果と他人の関係性は小説には不要で、むしろ主人公の「一果」に真剣に向き合うならば一果の視点からの描写にとどまる方が真摯であると言えるのだ。

「この主人公」を描くのだ、という作者の視点がとてもよかった。
この視点が徹底されて、そこから真実を見つけてやろうという一貫した姿勢があったから物凄い質量の言葉が生まれたのだと思う。

念のため言うと、この小説は主人公の独りよがりで他人を排除するようなものではない。
むしろ、私は先がどうなるんだろうという野次馬的興味で最後まで一気に読まされた。
こんなハードな経験、何のかかわりのない他人だから読めるんだよな……と思う。一果は小説の中の登場人物との間でも、私たち読者との間でも交わらず、孤独な戦いをしている。
ただ、強敵である水島薫が一果をどう思っていたかはちょっと気になるなあ。

「エラー」という簡潔なタイトルも読み終わった今では恐ろしく感じる。
そして物語終盤の一果のあのセリフ……あの声……。
あのセリフがあんな怖いことあるかよ!!!!

本の最後の他の本の紹介で「クロス」というのが面白そうだったので今度読んでみたいです。

それではまた。
今回は以上です。



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