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『死ぬこと以外かすり傷』農林中央金庫の巨額(?)損失

農林中央金庫の2025年度決算について、巨額(?)損失との報道が多数出ている。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-05-22/SDU0XDT1UM0W00
外債の含み損を主因に、5000億円超の最終赤字になるらしい。これに対応し、JA等の出資者と1兆2000億円規模の資本増強を協議しているとのこと。

最終赤字は褒められたものではない。それは当然のこととして、確認しておきたい点がある。相場をやる上で、一切損失を出さずに勝ち続けるということは不可能だ。リスクを負うからこそリターンがある。損失を出さない為にはリスクをゼロにする必要があり、その場合はリターンもゼロになる。リターンを上げるためにはリスクを負わなければならず、従って市場業務では一定の損失が必ず発生する。

とはいえ、好き好んで損失を出す人間は居ないし、負け続けたら市場から退出することになる。そういえば、最近とある個人が賭博で62億円ほど損を出した挙句に詐欺事件を起こしたと話題になった。ああいう失敗は極端だが、相場では、①長期的に利得が損失を上回るか否か、②短期的な損失が生活(企業であれば経営)の存続を脅かすか否か、が問題になる。

個人がギャンブルで勝負するのは個人の自由であり、詐欺や窃盗、違法賭博が罪になっても、破産で罪に問われることはない。しかし、金融機関の破綻は信用秩序の維持、決済システムの安定を損なうものであり、犯罪とはいかないまでも避けるべき責任がある。従って、リスク管理を徹底しなければならない。ここでいうリスク管理の主眼は上記②であり、損失を経営上許容しうる範囲に抑制することである。繰り返すが、損を出さないことではない。損をしても、業務が継続できれば問題は無く、要するに死ななければ良いのである。

今回の農林中金の件について言えば、踏まえておくべき点がいくつかある。
◆農林中金は負債のコストが高い
長期にわたる低金利政策下で預金コストは限りなくゼロ%に近いにも関わらず、農林中央金庫の資金調達コストは0.4%以上と報じられている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB271HX0X20C24A5000000/
これは、農業協同組合、森林組合、漁業協同組合の経営を支える目的で、高い系統預金金利を設定しているためであろう。都心部ではあまり意識しないが、全国的には都銀、地銀の支店が徒歩圏に存在しない地域は珍しくない。そうした地域では農協と郵便局が金融サービスの拠点である。農林中央金庫は、地方の農業のみならず(というかむしろ)金融サービスのインフラを支える役割を担っており、これがハイリスク、ハイリターンの運用方針に傾斜せざるを得ない大きな背景である。

◆農業融資は儲かるか
たまに「農林中金の本業は農業融資であって運用で勝負などするべきではない」という意見を見かけるがこれは大きな間違いである。もちろん農業融資も重要な業務であるが、決して儲かる業務ではない。農業にそのような収益拡大の可能性があるのであれば、農業協同組合、森林組合、漁業協同組合の経営は地力で成立する筈であり、高い系統預金金利は不要である。農業融資に拡大余地が乏しいからこそ農林中央金庫が必要なのであり、農業融資に専心すべしというのは本末転倒と言える。

◆異次元緩和の弊害
2013年の異次元の金融緩和により、JGBの利回りは極端に低下した。特に、2016年のマイナス金利政策導入後、JGBの利回りは10年でも0%付近で推移し、0.25%を超えたのは、ようやく2022年12月である。JGBでは先述の負債コストを到底カバーできず、海外資産への投資比率が高まるのは当然である。規模の大小はあるが、他の銀行等でも外債の含み損は生じており、極端な金融緩和が招いた事態である点は指摘しなければならない。

◆最終損益の推移と自己資本
農林中金の連結最終利益を確認すると、2014年度からの10年間で累積1兆7000億円程度の黒字を計上している。2024年3月の連結純資産は4.4兆円、CET1比率は16.43%である。5000億円の損失は大きいが、直ちに経営上の問題になる訳ではない。そうした中で1兆2000億円の資本の増強に動くのは、自己資本の厚みを維持してリスク許容度を確保し、運用の自由度を高めること、高格付けを維持して外貨調達コストを抑制することが目的と推察される。

たまに勘違いしている人を見かけるが、「リスク管理を徹底すれば損失は出ない」とか、「損失が発生するのはリスク管理が不適切だからだ」とか、そういう思考は必ずしも正しくない。100回エントリーして100勝できるのは、神か、奇跡の幸運の持ち主か、さもなくばインサイダーである。リスク管理を徹底しても損失は必ず出る。リスク管理の意味を取り違えてはいけない。


*2024/6/18追記
2024年6月18日の日経電子版で、その後の状況について「農林中金、米欧債10兆円売却へ 損失処理で赤字1.5兆円」と報じられた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB173LP0X10C24A6000000/

本稿の結論は本質的には変わらないが、流石にかすり傷とは呼べない規模になっている。

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