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モロッコ旅行記⑭ 9日目「フェズ・皮なめし工房タンネリ」

皮なめし工房タンネリ

カフェで改めて決めた目的地は、「皮なめし工房タンネリ」だ。


退役軍人のキリム屋さん

複雑怪奇に入り組んだ路地を、地図を片手に歩いていくと、途中でキリム屋さんにたどりついた。

ガタイのいい髭のおじさんが小さなキムリを広げて、にっこり
「小さい絨毯もあるよ」とキリム屋さん

「大きい絨毯を見せようか。あ、でも分かってるよ。日本人の家は小さいんだろう? 大丈夫、小さい絨毯もたくさんあるんだ! 畳めばコンパクトで、飛行機に載せても問題ない」

床に並べられた小さなキムリ
どのキリムも素敵すぎてウットリ

商売上手で、陽気なキリムおじさん。退役軍人だという話だったが、熟練の売り口上がお見事。
素材は「シルク」だと言うが、モロッコにおける「シルク」は、「絹」ではなく、「サボテンの繊維」のこと。肌触りの優しい、つやつやした光沢のある絨毯だ。
キリムを買う予定はなかったのだけど、あまりに可愛らしい柄だったので、ついつい小さいものを二枚買ってしまった。

ミントティを飲みながら、30分ほど楽しく値段交渉をして、2枚で766DH(約7200円)。

ふたたびのフェズ迷宮

キリム屋さんをあとにし、ふたたび迷宮へとさまよい出る。

狭い路地の様子
狭い路地の様子
狭い路地の様子
狭い路地の様子
狭い路地の様子
たったかたーと猫が走ってくる
ドアの前を歩く猫
こちらにも猫

フェズの迷宮路地にも、やっぱり猫の姿。
古都の狭い路地は、猫にとっても居心地の良い空間のようだ。

路地からみあげたクトゥビア
狭い路地の様子

フェズはともかくひたすら路地。
もともと無類の散歩好きのため、方向感覚には自信があった。なのに、あっという間に迷子になってしまう。
途中、銀行の警備員さんに道をたずねると、どうにかこうにか「タンネリ」の方角に近づいていることを知る。

狭い路地の様子

歩いている途中、若い二人の日本人女性を見かけた。
やっぱり偽ガイドにしつこくつきまとわれ、「うわあ、もうやだよー」「どうする? どうする?」と困りはてながら、ガイドの「この建物はね……」と勝手にはじまる説明に、「え、そうなんだ。へえ」と素直に反応していたのが可愛らしかった。
のちのち、広場でこの二人をまた見かけたのだが、ぐったりとモスクの前の階段でへたりこんでいるのがおかしかった。

わかる、わかるよ……!

道ばたでくつろぐ男性ふたり
にぎやかな市場の様子
狭い路地の様子
道を軽快に歩く猫

鍜治場のサファリーン広場

フェズの見どころのひとつ、「サファリーン広場」に到着する。
広場といっても、やはり狭い。
けれど、ずっと迷宮のような狭い路地を歩いてきたためか、久々にたどりついた少し広めの空間を前に、ほっとしたような心持ちになる。

金物屋の並ぶサファリーン広場と、中央に立つ大木の幹
目印の大木。ドラゴンクエストの世界にでも出てきそうな味のある広場だ

通称「鍛冶屋の広場」。
その名のとおり、広場にひしめくのは無数の金物工房だ。
「カン……! カン……!」
魔法使いのような長衣を着た鍛冶屋のおじさんたちが、鍋を金づちで叩いている。

サファリーン・マドラサの白いアーチ門
サファリーン・マドラサと呼ばれる古い神学校

広場には、「サファリーン・マドラサ」と呼ばれる、フェズでもっとも古い神学校が建っている。
といっても、現在では使われていないようだが。

にぎやかなサファリーン広場の様子

サファリーン広場は、フェズを散策するうえで数少ない「わかりやすい目印」のひとつ。
そして、この広場にたどりついたことで、ようやく地図上での現在地を確認できた。どうやら目的の「タンネリ」にほど近い場所まで来ているようだ。

工房でつくった鍋や金物雑貨は、近くの店で売られている。

路地にひしめく金物屋と掲げられたモロッコ国旗

上の写真、左手奥に見える赤い旗はモロッコ国旗だ。
赤地に、緑の星。王朝によってその色は変わるのだという。

金物屋の前に座るひげの男性

これまたRPGにでも登場しそうな鍛冶屋さん。
店先に座る男性に話しかけたら、「サファリーン広場へようこそ」と定番の台詞を言ってくれそうだ。

狭い路地の様子
銀食器などが並ぶ店先

フェズのロバの瞳に映るものは

橋の上にたたずむロバ

広場を抜けると、フェズ川に出る。
蛇行しながら伸びる細い川には、小さな橋が架けられていた。

橋の上にたたずむロバ

橋には、年季の入った布製の鞍が置かれたロバがいた。
ロバは車両の乗り入れが禁止された、狭い路地ばかりのフェズにおいては、重要な運搬役だ。
重要な存在……にもかかわらず、なぜだかロバを見ると、いつも悲しい気持ちになる。目尻が垂れているせいだろうか。なんとなくあきらめに似た、虚ろを宿しているように見えてしまうのだ。
彼らほど人間のために労働してきた動物もいない、と言われるロバ。運転手のオマルがロバに敬意を表して、「ダンケシェン」と挨拶をつづけていたことが、改めて思い出される。

「ダンケシェン」

手を振って挨拶をするが、ロバはやっぱりぼんやりと前を見つめていた。

「写真を撮って!」

狭い路地の様子

橋を渡って、川沿いの道を行く。

狭い路地の様子
広場にある立派なアーチ門

しばらく行くと、今度こそ「広場」と明言できそうな場所に出た。
名前は忘れてしまったが、ここまで来ればもう「タンネリ」は近い。

広場にあるタイル貼りのアーチ門
建物群とクトゥビア

さんざん迷ったせいで、広場に着いたころには午後の3時を回っていた。
昼ごはんも食べずに歩きつづけたので、そろそろどこかで食事をとりたい。
と思っていたところに、広場にいた3人の子どもが笑顔で近づいてきた。

「写真撮って!」

ああ、これはまずい。
中国旅行では定番の、写真を勝手に撮らせておいて「チップください」と言ってくるあれだ。

回避しようとするが、友人は「いいよ」と承諾。待ってえええ!
こうなっては後の祭りだ。友人が写真を撮るのを見届け、「いっそついでだ」と、昼食を食べられる場所を訊くことにした。

「じゃあ、連れてってあげるよ」

3人は、6歳ほどの男の子、10歳ほどの女の子、13歳ほどの女の子。
昼食を食べれる場所には、一番年長の女の子が連れて行ってくれることになった。

ここでお別れの2人には、チップではなく、お菓子をあげることにした。
「お菓子いる?」
すると、3人の子どもたちはあっという間にお菓子袋をひったくり、中に入っていた様々な小袋のお菓子を根こそぎ持っていってしまった。なんと、子どもには魅力的には見えないだろう「浜風」まで。
「浜風、食べるのか……」
清々しいほどの強奪ぶりに、もはや感心してしまった。

レストランの一階

ちょっと驚いたのは、もらったお菓子を、3人で分けようとしないこと。
勢いのある年長者の2人は、大量のお菓子を腕に抱えているが、一番年少らしき男の子は小さなお菓子を数個しか持っていない。
しょぼん……。
絵に描いたような落胆ぶりがかわいそうで、「みんなで分けてね」と言ってみるが、年長者2人は知らんぷり。
しかたなく、ポケットに入っていた飴やチョコレートを渡すことにするが、それすら女の子たちが奪いとってしまった。
老婆心ながら、さすがに注意すべきか、と考えこんでいると、女の子たちはジロジロとパッケージを見てから、「いらないから、あげる」とばかりに男の子の胸に押しつけていた。
ひとまずホッとはしたものの、複雑な気分だ。

とはいえ、ここはよその国。日本の常識をぶつけるのは、他国の文化に土足で踏みいるようなものだろう。
それに、もしかしたら女の子たちは、年少の子のために怪しいお菓子でないことを確認しただけかもしれないじゃないか。

勝手な推測は、危険。なにも言わないほうがいいのだろう。きっと。

「Good?」「Good!」「Good?」

2人と別れ、一番生意気な年長者の女の子が、「カマン!」とレストランまで案内してくれた。

案内されたのは、広場から遠くはなれたコース料理の高級レストラン。
貧乏旅行者だったので、「どうしよう」と困惑するが、空腹が限界に来ていたので、そのまま店に入ることに。

レストランの屋上からの眺め

3階だか4階建てのレストランの屋上に案内されると、フェズの都が視界いっぱいに広がる。
経緯はともかく、雰囲気は抜群だ。

レストランの屋上からの眺め

席に着くと、女の子が「Good?」と訊ねてくる。「Good」。答えると、もう一度「Good?」と訊ねてくる。友人、笑顔で「Good」。
しばらく女の子は、友人と「Good?」「Good」の応酬を繰り広げる。
それを見て、私、「ああ、これはつまり『Goodならチップくれ』という意味だな」と察する。

「チップじゃないかな?」

友人に言うと、今までまったく気づいていなかった友人は「え! でも子どもにお金はちょっと」と困惑。
友人のこの純粋さが、私はとても好きである。
しかし、女の子はいつまで経っても去る気配がない。お菓子ももうあげてしまった。案内してもらったのに、「お菓子で満足なさい!」と追いかえすことはできない。
感謝の気持ちはチップで――。
それがモロッコにおける礼儀なら、相手が子供であろうと同じなのだろう。
結局、チップの相場である10DHを渡すことにした。

友人は「お母さんに渡すんだよ」と念を押す。
女の子はにこりと笑い、そして、こう言うのだった。

「もう10DHちょうだい」

おお、フェズよ……。

テーブルにのせられたビールと、野菜の煮物がのったライス、パン

庭園カフェで癒された心は、またも打ちくだかれた。
女の子が20DHを手にさっさと去った後も、しばらく友人と沈黙。
だめだ。フェズはだめだ。なんだろう、ものすごく疲れる……!
旅行当時、毎日、旅の記録をノートに残していたのだが、読みかえしてみたら、書きなぐりの文字で「うんざりです!」と書いてあった。

文字も絵も書きなぐりの「うんざりです!」

当時を思いだして、今もまたすこし、うんざりしてしまった(笑)
でもまあ、これもいい思い出か……。

昼食は、モロッコ名物のひとつ「クスクス」。
疲れたので、「ぷはあっ」とビールも飲む。
ひとり380DH(約3600円)。貧乏旅行には高い値段がついてしまったが、居心地の良いレストランだった。

皮なめし工房タンネリ

路地に並ぶ土産物屋

現在地がまた分からなくなってしまったが、ふたたび路地を歩きだすと、なんとなく見覚えのある場所に出る。
多少、土地勘が出てきたらしい。さほど苦労もせずに、またあの名の分からない広場に戻ってくることができた。

レストランを案内してくれた女の子には、広場で再会を果たした。
「ふん」と生意気に笑って、手を軽く掲げてきたので、「ふん」と笑って、手を掲げかえした。
こういうアイロニカルな瞬間が、私はすごく好きだ。

タンネリの屋上で皮布を干している様子

地図によると、「タンネリ」は川辺にある。広場のそばにはフェズ川。この近くだとあたりをつけて、適当に歩いてみる。
すると、ようやく「タンネリ」と思しき場所に出た。
近くには、おじさんがひとり。
またチップを要求されるかも、とこわごわと近くにいたおじさんに「タンネリはどこですか?」と訊ねると、にこりと笑って、手招きされる。

「いえ、案内はいらないです。場所だけ教えてくれれば……」

ダメもとで頼むが、おじさんは「お金はとらないよ」とにこにこしながら、さっさとある建物に入っていってしまった。
一瞬げんなりするが、建物のなかに入る必要があるなら、タンネリはそもそもチップ(見学料)が必須な場所なのかもしれない。
小銭がポケットに入っていることを確認して、あとについていく。

皮なめし工房の内部の様子

建物の屋上に連れていかれる。そこは屋根つきの露台になっていた。
露台から見下ろすと、そこには皮なめし工房「タンネリ」の不可思議な光景が広がっていた。

無数の穴のなかに色水が溜められ、職人たちが皮を染めている

「ミントの葉を鼻に突っこむかい?」

おじさんが笑いながら聞いてくる。
嗅覚が弱い私はさほど苦痛には感じなかったのだが、鋭い友人は「ものすごくくさい」と言っている。
においの原因は、皮をやわらかくするために使う鳩のフンが原因だろうか。
皮をなめし、さまざまな色に染める「皮なめし染色工房」がタンネリなのだ。

無数に並ぶ穴の中には、染色のための色水。
ここで働く人々の多くは、地方から稼ぎに出てきた貧困層なのだという。
きつくて、危険な仕事だ。モロッコの土産ものとして有名な革製のスリッパ「バブーシュ」や、可愛いクッションカバーなどは、彼らが重労働のすえにつくったもの。見事な仕事ぶりに感服してしまう。

白い液体の詰まった無数の穴

こちらの白い液体は、皮を洗うための鳩のフンだという。

棚にぎっしりとおさめられた色とりどりのバブーシュ

タンネリを見物した後は、建物の下層にある革製品のお店に案内される。
路地の店で売っていた値段に比べると、すこし高い。
だが、フェズはマラケシュのように簡単には土産店に出会えないので、「バブーシュ」などはここで買っておきたい。

壁にわんさと吊るされた色とりどりの皮バッグ

と、思ったのだが、あいにく足のサイズが小さく、自分に合うバブーシュを見つけることができなかった。ここで購入することはあきらめる。
友人があれこれと試着するのを見ながら、色とりどりの店内を眺める。

タンネリに案内してくれたおじさんにチップを渡す。確か2~5DH程度だったと思う。
すると店員さんまで「なにかギフトをくれ」と目を輝かせてくる。

「日本製のペンは最高だよ。ペンないかな?」

どうやら日本製の文具等が特別に人気があるようだ。
友人は職業柄、大量にペンを持っていたので、「え、ペンでいいならいくらでもあるよ」とペンをわんさと店員さんやおじさんに配る。
赤、青、黒が切り替えられるノック式のペンが特に人気で、店員さんにそれを渡すと、案内してくれたおじさんが心底悔しげに「そのペン、もっとないの?」と肩を落としていた。
あまりにしょんぼりしているので、友人、「ジャケットいる? 古着だけど」。この一言には、さすがに度肝を抜かれた!
私も友人も、旅に出るときは、いらないもので身を固めていく。たいてい上品な旅にはならないからだ。
特に友人は、物の少ない私に比べて、大変な物持ちだ。お土産を買ううち、いろいろな物がスーツケースに入らなくなってしまっていた。

友人「このジャケットがなくなれば、スーツケースがしまるんだわ」

おじさんもさすがに驚いたようだったが、「娘が喜ぶ」と言って上着を受けとっていた。喜んでくれるなら、よかったが!

ガイドは……いらないんです……

日が暮れてきた。夜になる前に、フェズの迷宮都市から出たい。
足早に路地を歩き、工房を見たり、お店を見たりしながら、先を急ぐ。

吊るされた無数のスカーフを背にこちらを見つめる店員の男性
スカーフ屋さん。友人への土産に、30DH(約280円)で素敵なスカーフを買う

しかし、やはり迷ってしまった。もう路地が薄暗くなってきた。さすがにこの迷宮の中で、夜に迷子になるのは危険だ。そう判断し、パン屋のおじさんに「ブルージュド門はどこですか?」と尋ねる。
するとすかさず、おじさんの息子が駆けだしてきて、「案内するよ! レッツゴー!」。

……ま、まずい。小銭がない。

思いのほか、ブルージュド門は遠かったようで、駆け足気味に路地を抜ける。
その間、17、8歳と思しき少年は、べたべたと手を繋ごうとしてきたり、腕を組もうとしてきたりする。
「I Love you!」
うん、もうそれはいいんだ。

そんなこんなで、ようやくブルージュド門に到着すると、少年は門の手前で私たちの袖を引っ張って足を止めさせて言った。

「20DHちょうだい」

途中から加わった彼の友人らしき少年は、「やめろよ」と苦い顔をしていたが、少年は気にせずに「20。20」と連呼。

――善意に対しては、チップで返す。
モロッコのこの習慣にはだいぶ慣れた。慣れたが、フェズには他の都にはない強烈ながめつさがある。
歴史的ななにかがあるのか、観光地だからこそなのか。あるいはフェズ人の民族性か、商売根性なのか。調べてみたら面白そうだ。

ともあれ、鞄の底やポケット、財布の底からなんとか20DHをひねりだして少年に渡し、ブルージュド門に到着。

モロッコの旅でもっとも疲れた世界遺産の古都「フェズ」の散策は、こうして幕を下ろしたのだった。

野菜の煮物
クレープ

写真は、ホテルの料理。ホテルに着いたときの安心感といったらない。
モロッコは大好きだし、フェズももちろん楽しかったのだが、この日は海外旅行至上、もっとも疲れた一日となった。

さあ、明日はいよいよモロッコ最後の目的地「カサブランカ」だ!

次回予告

モロッコ旅行記⑮ 10、11日目「カサブランカの別れ」(最終回)

カサブランカの海岸べりを歩く友人の後ろ姿

楽しかったモロッコの旅。ついに最終目的地であるカサブランカに到着する……。

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