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モロッコ旅行記⑬ 9日目「世界遺産・迷宮都市フェズ」

世界遺産・迷宮都市フェズ

世界遺産の古都フェズは、9世紀に成立した、モロッコ初のイスラム王朝の都が置かれた場所。

モロッコにおけるシェフシャウエンの位置(白地図専門店さま)

今日は、迷宮のように路地が入りくんでいると言われる都市フェズを、ガイドなしで散策する。


南の砦か、北の砦か

フェズの都は、三つの地区に分けられる。

・9世紀にできた「フェズ・エル・バリ」
・13世紀にマリーン朝として成立した「フェズ・エル・ジャディッド」
・フランス保護領時代に作られた「新市街」

目指すは、見どころが集まっているという「フェズ・エル・バリ」だ。

モハさん情報によると、たいていの人はまず高台にある「南の砦」に行き、古都フェズの全景を見たあとで、徒歩で麓までおり、都の中を散策するのだという。
ならば、まずは歩いて「南の砦」を目指すとしよう!

というわけで、9:45にホテルを出発……したのだが、見事に道に迷ってしまった。やはり不慣れな街での徒歩移動は無謀だった。結局、タクシーを捕まえることに。

運転手は、無口な黒人のドライバーさん。
英語がまったく通じなかったので、地図を見せて「南の砦」を指さしてみる。地図の表記も英語だったので、不安に思うものの、「オッケー」とひと言。どきどきしながら座席についた。

ところが、感覚的にはそう遠くないはずだったのだが、車はどんどん走り、近いどころかずいぶん遠くまで行ってしまう。
内心で焦りつつ、地図を眺めるうち、ある予感に駆られる。
もしやこれは……。

しばらくして、「ここで、おりて」とタクシーおろされる。
友人も不安に思っていたようで、「遠すぎない? 遠回りされたかな」と首をひねっている。

「いや、もしかして、ここ『北の砦』じゃないかな?」

真っ青な空の下にすっくと建つ土壁の砦
モロッコ国旗を掲げた堅牢な砦

実は「南の砦」の正反対の場所に「北の砦」があるのだ。
近くにあった標識を見ると、案の定、「北の砦」の文字。やっぱり!
「南の砦」に思い入れがあるわけでもなく、フェズの全景を観れるなら、南だろうと北だろうとかまわない。
ともあれ、英語が通じない中で、それらしき場所に連れてってくれただけでも感謝感謝なのでした。

格子のはまった砦の窓
北の砦は、サード朝の時代に、メディナ防衛のために造られたという

朝霧のフェズと白い墓地

観光客がまったくいない砦を散策していると、フェズ・エル・バリを見下ろせる展望台のような場所に出る。

高台から見下ろす朝霧に包まれた古都フェズの様子
朝靄に包まれたフェズ・エル・バリの姿

映画『天空の城ラピュタ』で、主人公のパズーがトランペットを吹く場面を彷彿とさせる、さわやかな風景。

高台から見下ろす朝霧に包まれた古都フェズの様子
古都フェズはぐるりを壁に囲われている
ぐるりを壁に囲われている

右手の方角を見ると、白いお墓の群れが見えた。

山の斜面に墓石が並ぶ様子
ずらりと並ぶ白い墓標

崖っぷちの道をおりる

フェズの全体像を把握したところで、高台にある砦から麓に下りる方法を考える。
「南の砦」には、麓に下りる道があるという話だったが、「北の砦」にも同じような道があるだろうか。
探してみると、どう考えても地元民が使う道としか思えない、崖っぷちの道が見つかる。
この道、大丈夫だろうか。少しばかり不安に駆られるが、道はそれしかないようなので、岩場を下りてみることに。

崖下の緑地で家畜が草を食んでいる
動物が放牧されている

崖の道を自力で下りていると、妙にニコニコとした髭のおじさんが、私たちの前に現れ、無言で手招きをしてくる。
実はフェズは「偽ガイド」が多いことで有名。
あちこち危険なところも旅してきた本能が、「このひとはまずい」と告げてくる。黙ったまま、ニコニコ手招きする姿が、とても恐ろしげに見えた。(ただの親切心だったとしたら、本当に失礼な話なのですが……!)

ついていくべきか。ついていかないにしても、同じ方向に進むことになる。麓に下りたところで「案内したんだから、ガイド料をくれ」などと言ってくる可能性もある。
よく分からないけれど、不安に思ったら回避した方がいい。
かといって、勝手に先に立って歩かれるので、逃げることもできない。

高まってくる不安にどきどきしていると、どこからともなく若いお兄さんが現れ、「こっち」と手招きしてくれた。

フェズの入り口には堅牢な門がある

お兄さんは、おじさんとは逆方向に私たちを先導し、フェズの北広場まで案内してくれた。それきり、ガイド料を要求するでもなく、「じゃあね」と手を振るお兄さん。助かった。でも、このまま見送っていいのだろうか……。

そのとき、前日までガイドをしてくれていたモハさんの言葉が頭をよぎった。

「ありがたいと思ったときは、日本のようにお礼だけで済ませるより、握手をするふりをしてチップを渡す方が礼に適うよ」

つい「お金でお礼の気持ちを伝えるなんて」とためらってしまうけれど、チップはモロッコでは礼儀にかなった感謝の表し方。相手に失礼だなんてことはない。
そのこと思いだし、さっさと背を向けるお兄さんを、「ああああ」とジェスチャーで呼びとめる。握手でチップを渡すと、お兄さんは嬉しそうに受けとってくれた。

……じつはこの後さらに迷ってしまったのだが、お兄さんがそれに気づいて、門まで案内してくれたのはまた別の話……お手数をおかけし……。

青いタイルが貼られたブルージュド門
青いタイルが貼られたブルージュド門の表側

フェズはまさに迷宮都市

ブルージュド門は、12世紀に造られたモザイク模様が美しい門。
門の向こうは旧市街フェズ・エル・バリだ。

緑のタイルが貼られたブルージュド門
緑のタイルが貼られたブルージュド門の裏側

門の外側は青いタイル、内側には緑のタイルが貼られている。

薄暗い路地

早速、噂の迷宮都市が私たちを出迎えた。

薄暗い路地のすこし広い空き地でサッカーをする少年
薄暗い路地
薄暗い路地

フェズ・エル・バリには、大通りと呼べるような道がほとんどない。
蛇行する路地が複雑に入り組み、路地を抜けてもまた路地、路地の先にはまた路地といったありさまだ。

トンネルの下ですれちがう荷物を積んだロバと、三輪車
荷物を背にのせたロバと三輪車がすれちがう

道幅は狭く、車の乗り入れが禁止されているため、荷物の運搬は基本的にロバの役目。

「ガイドはいらない!」

路地から空を見上げる

地図を手に歩いていると、途中までは把握できていたのだが、あっという間に方向感覚をなくしてしまう。

そうこうしている間に、十代後半とおぼしき少年が近づいてきて、それはもう、しつこくしつこくしつこーくつきまとってくる。

「ガイド、ノーマネー、オッケー?」

親しげに手招きをし、「ガイドはいらない」とことわっても、勝手に先導をしてくるしまつ。
別に目的地があるわけでもなく、路地を散策したかっただけなので、このガイドの申し出には正直、本当に辟易してしまった。
少しでも立ち止まって、家々を眺めたりするものなら、「そっちじゃないよ。こっちだよ。早く早く。おいで。どうしたの? おいでよ。ノーマネー!」と声をかけてくるのだ。
いくら「ガイドはいらない」「ただ散歩がしたいだけ」「目的地はない」「ガイドはいる」とあの手この手で断っても、「オッケー。カモン!」だ。

もちろん「お金はいらない」と言っても、最後にはガイド料を要求してくるのがフェズの偽ガイドの常。
偽ガイドは、モロッコ政府の勧告によってだいぶ減ったというが、2011年現在でも相当な数がいるのは確かなようだ。
その中でも特にしつこい子に目をつけられてしまったようで、30分近くつきまとわれてしまった。

薄暗い路地

ほとんど風景もまともに見れないまま、30分が経過。
その間、延々と「こっちだよ。どうしてそっちに行くの? ガイドをするよ」と言われつづけた脳みそはついに爆発。

「ガイドはいらない!」

日本語や英語ではなく、専攻である中国語を使ってみた。
「え、日本人じゃなかったの!?」
驚く少年を前に、ガイドがいらない理由を中国語でつらつらと語りつづける。
すると少年は、「わかったよ、オッケー、もう家に帰るよ」とあわてふためいて去って行き、ついに偽ガイドの撃退に成功するのだった……。

もしかしたら、偽ガイドのターゲットは、おもに日本人なのかもしれない。このあたりが偽ガイド対策の鍵になるのでは。
そんなことを思いつつ、心底から疲れはてしまった私たちは、どこかもわからない路地の真ん中で、ぽかんと立ち呆けるのだった。

緑あふれる庭園で作戦会議

薄暗い路地
薄暗い路地の坂道。ロバが一頭、壁につながれている

迷いながらさらに歩いていると、ロバの似合う坂道にたどりつく。

Le Jardin des Biehn FEZ CAFEと書かれた看板

坂道を下っている途中で、カフェらしき場所を発見する。
フェズの散策をはじめて、まだ30分しか経っていない。だが、すでに疲労困憊の私たちは、
「寄ろうか……」
「うん、寄ろう……」
と肩を落としてカフェの門をくぐる。

カフェへとつづく入り口の内部

この偽ガイド事件は、今となっては楽しい思い出のひとつだが、フェズの偽ガイドには本当に要注意だ。気力という気力を、底の底まで吸いつくされるようだった。

果樹や植物にあふれた庭園

おそるおそる中に入ると、そこには緑豊かな庭園が広がっていた。
庭作業をしている方に「ここはカフェですか?」と英語で問うと、笑顔で、けれど無言でうなずかれる。

奥に向かうと、庭を眺める絶妙な位置にテーブルが配置されていた。

テーブルの上にのせられたオレンジジュースと、ごまのかかったクッキー

席に着いたところで、ほっとするほど優美な物腰のウェイターさんが来てくれる。
なんでもいいから飲み物が欲しかった私は、オレンジジュースを。友人は、ミントティを注文。
しばらくすると、クッキーを添えたそれぞれの品が運ばれてきた。

しばし無言で、クッキーを口に運び、飲み物をごくごくと堪能する。
ようやくしゃべる気力がわいたところで、地図をチェックすると、思っていたのとは真逆の方角に進んでしまっていることに気づく。

「またカフェを出たら、偽ガイドがしつこくつきまとってくるのかな」
「偽ガイドをよせつけないためには、正規のガイドを雇ったらいいらしいけど……そうする?」

偽ガイドにしつこくつきまとわれていては、ろくに散策もできない。
かといって、正規のガイドを雇うのもためらうところ。
できれば時間の制限なく、町中を、ある程度は好きなようにぶらぶらと散歩をしたかったのだ。

「もうちょっと頑張ってみよう。今のうちに、偽ガイドの撃退法を考えとこう!」

偶然入ったカフェの穏やかな空気の中、敵地に向かう者の悲壮感を背負いつつ、私たちは顔を突きあわせて「フェズ・偽ガイド対策案」を練るのだった。

勇気を出してふたたびの迷宮へ

庭園カフェに癒されたところで、ふたたび勇気を出して、路地迷宮へと出発する。

薄暗い路地に広げられた店の様子。ドアに銀食器がかけられ、地面にグラスや茶器などが並べられている。そばにはイスに座った店員の男性

1200年前から続く古都フェズ。
気の遠くなるような年月、この路地は旅人の足を受け止めつづけたのかと思うと途方に暮れてしまう。

日の差しこむ薄暗い路地の奥から、白黒の猫が歩いてくる
路地の奥から悠然と現れるお猫さま
路地から見上げた青空
土産物屋の並ぶ薄暗い路地を人々がいきかう

偽ガイドの対処方法

ここで、友人と練った「フェズ・偽ガイド対策案」をご紹介。
それは、いっさい日本語に反応しないこと

カフェを出たあとも、かなりの人数にしつこく声をかけられた。だが、日本語をいっさい無視すると、さほどつきまとわれずに済むことが分かった。
無視というのは、「つん」と無視するという意味ではなくて、「日本語が通じていないふりをする」という意味。
「こんにちは」に反応して顔を向けたりしない。「ガイドいる?」と英語や日本語で問われても、「NO,THANK YOU」なんて答えずに、「?」と分からないふりで無言で首をかしげる。

ともかく、どこの国の人間か分からないようにすることが大事で、そうすると、あんまりしつこく声をかけられないことがわかった。
やはり狙われているのは、日本人か、そうでなければ英語圏の人々なのだろう。わかってしまえば、簡単なことだった。

フェズに行く際には、ぜひご留意を……!(※2011年当時)

次回予告

モロッコ旅行記⑭ 9日目「フェズの皮なめし工房タンネリ」

無数の穴の中にいろいろな色の塗料が入れられ、そこで多くの人々が染色をしている
伝統的な皮なめし工房タンネリの様子

カフェで改めて決めた目的地は、「皮なめし工房タンネリ」だ。

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