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モロッコ旅行記

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2011年1月、憧れの地「モロッコ」で13日間の旅をしたときの旅行記。
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モロッコ旅行記⑮ 10、11日目「カサブランカの別れ」(最終回)

最後の目的地「カサブランカ」朝の8時、駅までのガイドさんと、陽気なドライバーさんとともに、フェズ駅まで向かう。 目的地は、このモロッコ旅行の始まりの地であり、最後の地ともなる「カサブランカ」だ。 ふたたびの列車旅 50分後に、フェズ駅を列車が出発。 同じコンパートメントになったドイツ人の夫妻と、ユダヤ系の夫妻とで、SUDOKUや、それぞれが撮影した旅の写真などを見せあって楽しみつつ、一路カサブランカへ。 いよいよ列車は、カサブランカ駅に到着。 今回も到着時間がはっき

モロッコ旅行記⑭ 9日目「フェズ・皮なめし工房タンネリ」

皮なめし工房タンネリカフェで改めて決めた目的地は、「皮なめし工房タンネリ」だ。 退役軍人のキリム屋さん 複雑怪奇に入り組んだ路地を、地図を片手に歩いていくと、途中でキリム屋さんにたどりついた。 「大きい絨毯を見せようか。あ、でも分かってるよ。日本人の家は小さいんだろう? 大丈夫、小さい絨毯もたくさんあるんだ! 畳めばコンパクトで、飛行機に載せても問題ない」 商売上手で、陽気なキリムおじさん。退役軍人だという話だったが、熟練の売り口上がお見事。 素材は「シルク」だと言う

モロッコ旅行記⑬ 9日目「世界遺産・迷宮都市フェズ」

世界遺産・迷宮都市フェズ世界遺産の古都フェズは、9世紀に成立した、モロッコ初のイスラム王朝の都が置かれた場所。 今日は、迷宮のように路地が入りくんでいると言われる都市フェズを、ガイドなしで散策する。 南の砦か、北の砦か フェズの都は、三つの地区に分けられる。 ・9世紀にできた「フェズ・エル・バリ」 ・13世紀にマリーン朝として成立した「フェズ・エル・ジャディッド」 ・フランス保護領時代に作られた「新市街」 目指すは、見どころが集まっているという「フェズ・エル・バリ」

モロッコ旅行記⑫ 8日目「青の街シェフシャウエン」

青の街シェフシャウエン本日の目的地は、友人に「どうしても行きたい」と頼んで、オプションで増やしてもらった場所「シェフシャウエン(以下、シャウエン)」だ。 マラケシュが「赤の街」なら、シャウエンは「青の街」。 この日、私はまた、新たなモロッコの顔を見ることになる。 北部のロバは友達じゃない 8:30にホテルを出発。 フェズの都から北上した山奥にあるシャウエンまでは、車で3時間。 フェズを離れると、一気に世界が変わる。緑の大地が広がり、豊富な水をたくわえた湖が姿を見せる。

モロッコ旅行記⑪ 7日目「アトラス山脈で雪合戦!?」

砂漠と雪合戦とイフランの街サハラ砂漠の極寒の夜。 日の出前の6時頃、ハマドに起こされ、駱駝に乗って、まだ暗い砂漠へと漕ぎだす。 小高い丘に立って、朝日が昇っていくのを見つめる。 黄金に染まる砂地には、夜のうちにつけられた獣の足跡が。 狐、ネズミ、トカゲ……獣たちの姿はやはりどこにもなく、ただ痕跡だけがそこにある。 見る場所を変えると、砂漠は途端に色を変える。 カメラだと、肉眼よりもはっきりと色の違いが出た。 すっかり日も昇りきり、ふたたび駱駝に乗って出発。 およそ2時

モロッコ旅行記⑩ 6日目「サハラ砂漠のらくだ旅」

サハラ砂漠のらくだ紀行今日は駱駝に乗って、サハラ砂漠をのんびり散歩する。 駱駝ドライバーのハマド 私の相棒になってくれた駱駝は、ハマちゃん。友人は、ベスちゃん。 長い睫毛が色っぽいけど、二頭ともオス。 駱駝を先導してくれるのは、ハマドさん。 自称「駱駝ドライバー」。 砂に身を伏せた駱駝の背にまたがる。 このあたりの駱駝は、すべてひとこぶラクダで、山になった背にまたがるのに一苦労。 ハマドさんの掛け声とともに、駱駝が後ろ足から立ち上がり、次いで前足を立たせる。鞍についた

モロッコ旅行記⑨ 6日目「サハラ砂漠の日の出」

サハラ砂漠の日の出日の出前の5:30に起床し、いそいそと防寒具を着こむ。 オーベルジュを出ると、まだ夜空には星がまたたいていた。だが、青い砂漠にはすでに無数の人影がある。 目的は同じ。砂漠から昇る日の出を、砂丘の頂きから拝むためだ。 まだしっとりとした砂を踏んで、目の前に立ちはだかる巨大な砂丘を目指す。 私たちはガイドなしの徒歩だったが、ガイド付きで団体で砂丘を登る人や、駱駝で砂丘の奥を目指す人たちの姿も見られた。 砂の絶壁 目の前に立ちはだかる砂の絶壁。 思った以上の

モロッコ旅行記⑧ 5日目「地下水路と砂漠の宿オーベルジュ」

サハラ砂漠への道行きカスバ街道、トドラ渓谷を越えて、オマルの四輪駆動はやがて広漠とした礫砂漠へと入っていく。 通りからは人家も消え失せ、車が砂の撒かれたアスファルトを走る音だけが、世界の音になる。 これから車は、地下水路を見学し、いよいよサハラ砂漠「メルズーガ大砂丘」へと向かう。 牛乳入りの甘い珈琲「ノスノス」 と、その前に一服。 道の脇に現れた喫茶店で、体を休めることに。 イスラム教徒は基本的に酒を飲まないため、モロッコの喫茶店は、どこか「酒場」のような雰囲気を持っ

モロッコ旅行記⑦ 5日目「カスバ街道をゆく」

カスバ街道をゆくカスバ街道を通って、トドラ渓谷に向かい、サハラ砂漠のメルズーガ大砂丘を目指す。 オレンジマフィア爆誕! 6:30に起床するが、開いたばかりのレストランには、まだパンしか置かれていなかった。 もちろんパンだけでは足りないので、出発後、そこらのお店で軽い朝食をいただくことに。クレープのようなパリッとした生地に、はちみつをつけて食べる。運転手のオマルは、「イッセンマン」と呼んでいた。一千万?? モハさんと私は、前日の夕飯のときに、食卓からオレンジをパクってきてあ

モロッコ旅行記⑥ 4日目「要塞の村アイト・ベン・ハドゥ」

要塞の村「アイト・ベン・ハドゥ」2日間のマラケシュ自由行動が終わり、この日からは日本語が堪能なベルベル人のガイドさんが、私たちを案内してくれることに。 ガイドさんの名は、モハンマド。通称、モハさん。 運転手さんの名は、オマル。 自己紹介を終えて、9:00にホテルを出発。 初日の目的地は、映画「グラディエイター」のロケ地になったことでも知られる要塞村「アイト・ベン・ハドゥ」だ。 マラケシュの赤い町並みを後にし、オマル自慢の四輪駆動車は一路、アトラス山脈を横断する。 アト

モロッコ旅行記⑤ 3日目「マラケシュの路地散策」その2

「マラケシュの路地散策」その2知れば知るほど面白い、マラケシュ文化。 気付けば最初の目的地がどこだったかも忘れて、夢中で路地裏散策に明け暮れた。 マラケシュの町を飾るアーチ型の門には、気が遠くなるほど精緻な彫刻がほどこされている。 中には、コーランの経文を模様化した彫刻もあり、その一刀一刀からは、深い信仰心が感じられる。 アーチの奥では、シルクの糸(サボテンの繊維)の一端を柱に結びつけ、長々と三つ編みのようなものを編んでいる男の人たちがいる。 ジュラバの装飾に使うための糸

モロッコ旅行記④ 3日目「マラケシュの路地散策」その1

「マラケシュの路地散策」その1マラケシュの自由行動、第2日目。 本日の目的は、前日に予約した高級ハマムと、マラケシュ観光だ。 5:30に自然と目が覚め、相変わらずオリーブだらけの朝食を食べる。 日本にいたころはそれほどオリーブが好きだったわけでもないのだが、モロッコで食べるオリーブのあまりの美味しさに、帰国後も、安い瓶を見つけては、つい買ってしまうほどのオリーブ好きになってしまった。 9:30にホテルを出発。外観はこんな感じ。 謎のおじさんとの出会い マクドナルド。

モロッコ旅行記③ 2日目「赤の街マラケシュ」その2

「旧市街スーク・メディナ」その2赤い街マラケシュは人口150万人の巨大都市。 朝から午後の3時まで活気溢れる街を散策し、すっかり熱気にやられた私たちは、ジャマ・エル・フナ広場のカフェで遅い昼食をとることに。 昼のジャマ・エル・フナ広場 かつてはモロッコの首都だったこともあるマラケシュの中心地ジャマ・エル・フナ広場は、市民の生活の中心地でもあり、また日夜、大道芸人が芸を披露する観光の名所でもある。 外国人向けのカフェが並び、蛇使いや猿回し、語り部、伝統の衣装をまとった水売り

モロッコ旅行記② 2日目「赤の街マラケシュ」その1

「旧市街スーク・メディナ」その1 翌日は、マラケシュにて自由行動。 つまり「ガイドなしで、自力で遊べ」という旅行会社からの問答無用の放置プレイ日。 しかし団体行動が苦手なもので、自由に行動していいというのは、緊張するもののありがたい。 そんなわけで、2日目はマラケシュ「スーク・メディナ」を散策することに。 目指すは旧市街「スーク・メディナ」 朝は6:30起床。 遅起きの私は、7:00に起きるつもりだったが、6:30にセットした友人の携帯電話のバイブレーションが止まらなく