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エドガー・アラン・ポー作「ライジーア」後編 (翻訳習作)

ポーの代表的短編の一つ「ライジーア」の翻訳の後編です。
前編はこちら。

既に先人たちの素晴らしい翻訳が存在する作品なので、こうして習作を公開することにはためらいもあるのですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
イメージ画は、自動画像生成AI「お絵かきばりぐっどくん」(StableDiffusion)に描いてもらったものをトリミングして使用しています。



 こうして妻は死んだ。悲嘆に暮れてそのなきがらの上に崩れ落ちた私にとって、ライン河畔の薄暗く頽廃した街で営む孤独な暮らしはもはや耐え難いものであった。これまでも世俗の財産に事欠いたことはなかったが、ライジーアはそれとは比べものにならないほどの財産を遺していった。それは、世間の多くの人が遺産として受け取る額を遥かに凌ぐ巨万の富だった。かくして、生に倦み何のあてもなく放浪の旅を数か月続けたあと、私はとある僧院の建物を買い入れ、少々の修繕を施した。僧院の名はあえて述べないが、美しきイングランドの中で最も人里離れて荒涼とした地域にあるとだけ書いておこう。その建物の陰鬱で侘しげな壮観、野蛮未開と呼んでもほとんど差支えのないほどのその地方の風景、そうした条件と分かちがたく結ばれた、憂愁と永の年月に彩られた数多の評判。私をこの国の辺鄙で隔絶された一角に駆り立てた凄まじいまでの自暴自棄の念とこの僧院は多くの点で共鳴しているようであった。僧院の外観については、緑の蔦が腐りかけてまとわりつくままにほとんど手を加えることがなかったが、私は子供じみた天邪鬼さと、そしておそらく、悲哀の念が和らぐのではないかという淡い期待から、内装については世間一般で穏当とされる限度を超える贅をこらした装飾へと模様替えを行った。この手の趣味について、私は幼いころでさえ心ひかれたものであったが、悲しみに打ちひしがれて一気に耄碌したかのように、その関心が再燃したのである。ああ、今にして思えば、その僧院に用意した調度品からは、私が狂気の淵に堕ちかけていることがある程度読み取れたかもしれない! --うっとりするような豪奢な襞をなして流れ落ちる布地、静謐な気配をまとったエジプトの彫刻品、粗野な造りの天井蛇腹(コーニス)や各種の家具、金糸の房飾り付きのじゅうたんに織り出された狂気じみた模様……。私はアヘンの魔力に囚われた奴隷に成り下がり、装飾の作業と職人への指図は幻覚の色に染まっていた。だが、こうした愚かな所業について詳らかに書き記して、話を滞らせるべきではなかろう。書いておくべきことはただ一つ、この屋敷の呪うべき一部屋に(そう、心のたがが外れていた当時でさえそこは呪うべき場所だったのだ)、教会の祭壇から花嫁を連れ帰ったことである。決して忘れえぬ我がライジーアの空席に座る者、金髪碧眼の姫君、トレマインのロウィーナ・トレヴァニオンである。
 新婦にあてがったその小部屋の構造と装飾については、この場所から完全に見渡すことができる。金欲しさゆえに最愛の娘、麗しき乙女にこのように過剰に飾り立てられた住居の敷居を跨ぐことを許したとき、彼女の高貴なる家族の魂はどこにあったのだろうか。上記の通り部屋の装飾についてははっきりと覚えているのだが、花嫁を迎えるという一大事について記憶に残っていないのは嘆かわしいことだ。この部屋の素晴らしい装飾は、私の記憶にその出来事を刻み込むための装置も保存庫も有してはいなかったのだ。僧院の造りは城のようで、問題の部屋は高い塔の上に位置し、五角形の広々とした一室であった。五角形の南側に面する辺は全体が一つの窓になっていた。ヴェネチアからもたらされた巨大にして不壊のガラスは、一枚板で、鉛色を帯び、日光も月光もその窓を通して差し込むと、室内のものに恐ろしげな光を添えるのだった。この巨大な窓の上には、年老いたぶどうの木を伝わせた格子細工が張り出していた。このぶどうの木は、そびえる塔の壁をよじ登ってこの高さまで達しているのだ。部屋の天井は陰鬱な気配を漂わせるオーク材でできており、中心部に向けて弓なりになって非常に高く、精巧な格子細工が施されていた。それは半ばゴシック風、半ばケルト風の模様の非常に狂気じみて奇怪な見本となっていた。この沈鬱な丸天井の中心、最も奥まった点から、細長い輪を有する金の鎖を使って大ぶりな黄金の香炉が吊り下げられていた。サラセン風の意匠で飾られ、穴が多数空いており、非常に巧みに造られているために、あたかも蛇の生命を授けられたかのように、色とりどりの炎がそれらの穴から途切れなく体を出し入れし続けるという品であった。
 その他室内には、東洋風のオットマンや金の大燭台が思い思いの場所に配置されていた。そしてもちろんのこと、新婚の臥所も用意があった。それはインド式の造りで、脚は短く、堅牢な黒檀に彫刻を施したもので、頭上を覆う天蓋はあたかも棺衣のようだった。また、部屋の五つの隅のそれぞれには、黒御影石の巨大な石棺が屹立していた。ルクソールの対岸にある王たちの墓からもたらされたもので、幾星霜を経た蓋は古代の彫刻でびっしりと埋め尽くされていた。だが、壁面の掛け布にこそ、あらゆる幻想の中でも最たるものが込められているのであった。部屋の壁は非常に高くそびえ、全体の均衡を乱しているといっても差し支えないほどだったのだが、その最上部から足元に至るまで、大きな襞をなして流れ落ちる重厚な布地の巨大なタペストリーで覆われていた。同じ素材の布地は床の絨毯にも、オットマンの布張りや黒檀のベッドの覆いにも、天蓋布にも、それに巨大な窓の一部を遮る豪奢なカーテンにも使われていた。その布地は金糸を使ってこの上もなく贅沢に織り上げられたものであった。表面のところどころには、不規則な間を空けて、差し渡し一フィートほどのアラベスク模様が漆黒の糸であしらわれていた。しかし、意図された通りのアラベスク模様を見るためには、ある特定の位置から目を向けねばならないのだ。今でこそ良く使われているがその起源をはるか昔まで遡ることのできる技法によって、角度によって見え方が変わるように織られていたのだ。部屋に一歩を踏み入れた時点では、単に奇怪な模様が織り出されただけの布に見えるだろう。だが進むに従って布は徐々に見た目を変えるのだ。一歩また一歩と進んで立つ位置が変わると、幽霊じみた影が次から次へと途切れることなく現れ、その人を取り囲む。それはちょうどノルマン人の迷信に出てくるような、あるいは修道士がうたた寝して見た罪深い夢に現れるような姿をしている。この幻影の効果を最大限に引き出すためには、襞をなす布地の裏側に強い風を絶え間なく送り込んでやればよい。それによって布地全体が生命を得たかのように、ひどく不気味で見る者を不安に陥れる動きをするのだ。
 このように飾り立てられた部屋部屋で、そしてこのような寝室で、私はトレマインの姫君と過ごしたのである。忌まわしい結婚生活の一か月目のことであり、不穏な空気が少なからず漂っていた。私の気性の激しさ変わりやすさを新妻が恐れていること、彼女が私をほとんど愛しておらず避けていることに気が付かずにはいられなかった。だが、こうした事実はむしろ私に喜びをもたらした。私が彼女に向ける憎悪の念は、人間というよりも悪魔のそれであった。そして私の思いは(そう、非常に強い後悔の念とともに)ライジーアへと、あの愛おしい、 威厳ある、美しい、墓に横たえられた人の方に帰ってゆくのであった。彼女の清らかさ、博識、すらりとした立ち姿、天上の人のような気質、情熱的な人柄、私に捧げる偶像崇拝じみた愛情といったものを思い出してはそれを味わった。そのとき確かに私の魂は、彼女が見せた熱情の全てを超える激しさで、余すところなく、何者にも遮られることなく燃え上がったのだ。アヘンが見せる夢の興奮のさなか(私は常習的にこの薬物を使いその虜となっていた)、私は大声で彼女の名を呼んだ。夜のしじまの中で、あるいは日中の人目につかない谷間の奥で叫んだ。まるで、激しい懇願、真剣な情熱、世を去った人への灼けつくような恋慕、こうしたものがあれば、彼女が捨てていった(ああ、永遠にそのままなどということがあろうか?)生者の通い路に彼女を呼び戻せる、そう信じているかのように。
 結婚生活も二か月目に差し掛かった頃、ロウィーナ姫は急病に見舞われ、なかなか回復しなかった。熱がじわじわと体力を削り、苦しい眠りが幾夜も続いた。夢うつつの混乱した状態で、彼女は寝室である塔の小部屋の中や周りで音がし、何かが動いていると訴えたが、私はそうした現象を引き起こすものはないという結論に至った。彼女の想像力もが病に侵されているためか、あるいはこの部屋自体が見せる幻影の影響だろうと考えたのだ。そうするうちに彼女はようやく回復しはじめ、ついには全快した。だがほとんど間を置かずに、二度目のより激しい病が襲い、彼女は苦悶の床へと引き戻された。その後、元々脆弱であった彼女の肉体が完全に健康を取り戻すことはなかった。この時以降、彼女の病状は危険な兆候を示し、医師たちが持てる知識と大きな努力を惜しみなく注いだ甲斐もなく、ぶり返した症状は更に危険な様相を呈した。力を増してゆく慢性的な症状が彼女の体を支配下に置いており、人間業で取り除くことはできなかった。病の亢進に伴って彼女は精神的にも過敏になり、ちょっとしたことで恐怖を感じやすくなったことに気が付いた。音のことを、かすかな音のことを彼女がまた口にするようになった。以前に比べて訴えの回数も増え、確かに聞こえているのだと言い募って譲らなかった。タペストリーの内部で起こる奇妙な動きについても、以前はほのめかすだけだったが、今回ははっきりと口にした。
 九月も終わりに近づいたある晩のこと、彼女はいつになくしつこい態度でこの気の滅入る話題を口にし、私の注意を引こうとした。彼女は安らかならざるうたた寝からちょうど目覚めたばかりで、私はその直前まで彼女のやつれた表情の移り変わりを見ていたのだが、内心では不安とぼんやりとした恐怖が相半ばしていた。彼女が横になっている黒檀のベッドのかたわらで、私はインド製のオットマンの一つに腰かけていた。彼女はベッドから半ば身を起こして、たった今物音がしたと低い声で熱心にささやきかけたが、私には何も聞こえなかった。今何か動くのが見えたとも言うのだが、私は全く気が付かなかった。タペストリーの後ろを風が騒々しく吹き抜けていった。正直なところ、私自身こうした説明を信じることがまったくできない状態だったが、私はこう説明して妻をなだめようとした。ほとんど聞き取れないような息遣いも、壁面で物陰が微妙な動きを見せるのも、いつものように室内を通り抜ける風が引き起こすただの自然現象なのだと。だが、彼女の顔がまるで死人のように一面に蒼白になっているのを見て、彼女を安心させるためにどんなに手を尽くしても無駄だと思い知った。彼女は気を失っているようだったが、すぐ呼べる距離に召使はいなかった。彼女の主治医が取り寄せてくれた弱い葡萄酒の瓶があるのを思い出し、私はそれを取りに部屋の反対側へと急いだ。しかし、私がちょうど香炉の明かりの下を通ったとき、二つの驚くべき出来事に心をとらわれた。まず、私の体のすぐそばを、触れることはできるが目には見えない何かが通り抜けた。そして、香炉が放つあでやかな光の輪のまさに中央にあたる金色の絨毯の上に、影が落ちているのが見えた。うっすらとした、天使のような形のはっきりしない影で、もしも影の影というものがあるとしたらこんな風だろうか、と思われるような姿であった。だが、この期に及んでアヘンを過剰に摂取していたために私の神経は高ぶっており、こうした出来事にほとんど気を留めず、ロウィーナにも何も言わなかった。葡萄酒を探し出して元の場所に戻り、杯になみなみとそれを注ぐと気を失った貴婦人の唇に持って行った。だが彼女もこの時には失神から回復しかけており、自分の手で杯を持ちあげたので、私は近くのオットマンに座り込んだが目は彼女に向けたまま離さなかった。そのとき、私ははっきりと足音に気がついた。それは静かに絨毯の上を進み、寝台へと近づいてきた。そして次の瞬間、ロウィーナが葡萄酒の杯を口に持ってゆく最中だったのだが、私はある光景を目にした。あるいは見たというのは幻覚かもしれないが……。まるで部屋の空気の中に目に見えない泉があって、そこから現れたものであるかのように、ルビー色をした輝かしく大きな水滴が三つか四つほど杯の中に降り注いだのだ。もし私が本当にこの光景を見たのだとしても、ロウィーナは見ていなかった。彼女はためらうことなくワインを飲み込み、私は言いかけた言葉を押しとどめた。結局あれは過敏な想像力が見せたものに違いない、彼女が怖がっており、私がアヘンを摂っており、時刻が時刻であるために想像力が病的なまでに勢いづいたのだ、と考えたのだ。
 だが、その後の出来事について自分の感覚を欺くことはできなかった。ルビーの水滴が降ってきた直後、妻の容体が急変したのだ。それから三日目の夜、使用人たちは彼女の埋葬の支度をし、四日目の夜には私はただ一人、死に装束をまとったロウィーナの遺体とともに、彼女を花嫁として迎え入れた風変わりな部屋に座っていた。アヘンが、野放図な幻を生み出し、それは影のように私の周りを飛び回っていた。私は落ち着かない目で室内の調度を見つめていた。五つの角に立てかけられた石棺、壁の布の上で刻々と姿を変える模様、そして頭上の香炉からは、色とりどりの炎が見え隠れしている。そして私の目は、先日の夜の出来事を思い出して、香炉の輝く真下、影の名残りを見た場所へと引き寄せられた。だが、もうそこには何もなかった。大いにほっとして息をつくと、目を転じてベッドに横たえられた青ざめて硬直した人影に視線をやった。その時、ライジーアと過ごした日々の無数の思い出が脳裏を駆け巡った。そしてまた、怒涛のような激しさで、今ロウィーナがそうであるように、ライジーアが死に装束に包まれている姿を見たときの筆舌に尽くしがたい嘆きが余すところなく蘇った。夜は更けていった。この世でただ一人の、この上なく愛した人を思う苦しみに胸を塞がれたまま、私はロウィーナの遺体を見つめ続けていた。
 おそらく真夜中ごろだったと思う、特に時間について注意していなかったので、もしかしたら少し前後するかもしれない。すすり泣く声が、低く、優しく、しかしはっきりと聞こえたので、私は驚いて物思いを中断した。その音は黒檀のベッドの方から聞こえるようだった--そう、死の床から。私は迷信じみた恐怖にさいなまれながらそれを聞いたが、それ以上は何も聞こえなかった。目を皿のようにして、遺体が動いたのではないかと観察したが、どんなわずかな変化も見つからなかった。だが、勘違いであるはずがなかった。確かに音を聞いたのだ、小さい音だったが。そして精神ははっきりと目覚めていた。私は神経を尖らせ、根気強く遺体を注視し続けた。何分も経ったが、謎を解く糸口となるようなことは何も起こらなかった。ようやく、かすかで非常に弱々しく、ほとんど分からない程度であるが、両の頬と落ちくぼんだまぶたの細かな静脈に血の色が現れてきたのがはっきりと確認できるようになった。人間の言葉では到底表現できないほど激しい恐怖のために、まるで自分の心臓が止まったような感じがし、座った体勢から動けなくなった。しかしようやく、責任感のおかげで、自分の体に言うことを聞かせられる状態に戻った。葬儀の支度を急ぎすぎたということがはっきりした――ロウィーナはまだ生きている。すぐに手当てをしなくてはならないが、この小塔は僧院の召使部屋がある区画から非常に離れている--すぐ呼べる距離には誰もいない--助けを呼びに行くと、何分も部屋を留守にすることになるが、そんな危険は冒せない。そういったわけで私はただ一人、まだ肉体から完全には離れていない彼女の魂を呼び戻そうと奮闘した。だが、恐らくそれほど時間は経っていなかったはずだが、再び死相が現れてきた。まぶたと頬から色が失せ、大理石よりも白くなった。唇は先ほどより更にしなびて半分ほどの厚みになり、恐ろしい死に顔になった。おぞましい冷気が速やかに体表に広がっていった。そのすぐ後に、死体に必ず起こる、覆しようのない硬直が起こった。私は身を震わせながら、先ほど驚いてそこから立ち上がった、元の寝椅子に沈み込み、ライジーアの現れる激しい幻覚に再び身を任せた。
 こうして、さらに一時間が経った。信じがたいことだが、再びベッドの方からかすな音が聞こえるのに気が付いた。私は耳をそばだてた――激しい恐怖を感じながら。また同じ音がした。溜息の音だ。遺体に駆け寄って私が見たのは(そうとも、確かにこの目で見たのだ)唇のわななきだった。一分もしないうちに唇が緩み、真珠のように輝く歯列がのぞいた。それまでは深い畏れの念一色に染まっていた私の胸中では、今や驚きの念が畏れとせめぎあっていた。視界が薄暗くなり、頭もぼんやりしているように思った。かなり苦しい努力のおかげで、使命感がやらねばならぬと言っている仕事にどうにか注力できる状態になった。いまや彼女の額、頬、そしてのどのあたりに血色が見えてきた。それと分かる温もりが全身に広がった。弱々しいながらも、心臓が打つ音さえも聞こえた。確かに、彼女は生きている。先ほどの倍も懸命に、私は彼女を蘇生させるための処置に没頭した。こめかみや両手をさすったり湯にひたしたりしたほか、経験と、これまで少なからず読んできた医学書の知識を総動員して、役立ちそうなことは全て試してみた。だが何もかも無駄だった。突然、色が失せ、鼓動が止まり、唇は再び死相を呈し、そしてその一瞬後には、彼女の全身が凍えるような冷気をまとい、青黒い色合いを帯び、激しい硬直を起こし、輪郭のそこここが落ちくぼみ、その他様々な不快な特徴、何日も墓に横たわっていた死体の特徴が現れた。
 そしてまたしても私は、ライジーアの幻覚にふけった。そしてまたしても(これを書いている今も体が震える、ああ何という驚異だろう)、私の耳に物音が聞こえたのだ、あの黒檀のベッドの方から。だが、この夜私が経験した説明しがたい恐怖を詳細にわたって書かなくてはならない理由があるだろうか。いちいち紙幅を割いて、灰色の夜明けが近づくまで繰り返された復活劇を一回ずつ述べなくてはいけないだろうか。再々訪れる生命の兆しが、結局はより動かしがたく拭い去りがたい死の様相へと転じるさまを、蘇生させるための苦心が見えない敵との闘いのように思えたそのさまを、こうした苦闘を繰り返すそのたびに、何故かは分からないが死体の容貌が劇的に変わっていった過程、これらを一々書かなくてはいけないだろうか。どうか、今すぐ結末へと進ませてほしい。
 その恐ろしい夜も終わりに近づいた頃、死んで横たわっていた彼女が今一度身じろぎをした。今回は、それまでになく動きが大きかった。その直前までの死体の様子はこれまでとは比べ物にならないほど恐ろしく、到底生き返る望みなどなさそうだったというのに。私はしばらく前から、彼女を生き返らせるために奮闘することを、いやその場を動くことさえしようとせずに、オットマンに身を固くして座り込んでいた。いうなれば私は目くるめく激情の餌食であり、去来する数々の思いの中にあっては、激しい恐怖は最も恐れるに足らず、心身に及ぼす影響も最も小さかった。話を戻すと、彼女の死体が身じろぎし、その動きはこれまでにも増して大きなものだった。生命の輝きが異様な強さで顔を染めた。四肢の硬直はほどけ、確かにまだまぶたはきつく閉じ合わされ、包帯や死に装束のひだがその姿に陰鬱な印象を添えているとはいえ、ロウィーナが今度こそ死の桎梏を完全に振り払ったのだと思えそうだった。そして私は、彼女の蘇りを完全に受け入れられないにせよ、それを疑うことができない状況に陥った。ベッドから立ち上がり、ふらつき弱々しい足取りで、目を閉じたまま、夢遊病患者のような身振りで進み出たのだ、死に装束を着せられた、手で触ることのできる肉体を持つそれが、部屋の中心へと。
 私は震えなどしなかった--身じろぎすらしなかった--。おぞましい一連の想念が、その人がまとう気配、その姿、物腰と一体となり、私の脳裏をすさまじい速さで通り抜けるや、私を麻痺させ、凍りつかせて石像に変えてしまったのだ。私は身じろぎ一つせずに、歩み出た人影を凝視した。狂気に陥ったように想念が千々に乱れた。到底鎮めることのできない混乱だった。目の前にいる、この人は、本当に生身のロウィーナなのだろうか。本当にこの人はロウィーナなのか? あの金髪の、青い目をした、トレマインの姫ロウィーナ・トレヴァニオンだろうか? なぜ、私はなぜそれを疑っているのだ? 口元には幾重にも包帯が巻き付いている。だが、それがもう一度息をしはじめたトレマインの姫君の口でないなどということがあるだろうか。それに頬は、彼女が青春の極みにあったときのように薔薇色をしていて、そうとも、この両頬は確かにトレマインの姫の生きて血の通った美しい頬だろう。顎のあたりにしても、健康な人のようにえくぼができていて、これが彼女の顎でないなどということがありうるだろうか? ……だが、果たして彼女は、病気をしてから背が伸びたのだろうか? こんな風に考えるとは、何とも不合理な狂気に囚われたものだ。私は一飛びで彼女の足元にはせ参じた。私との触れ合いに慄いて、彼女は頭を覆っていた陰気な経帷子がほどけて落ちるに任せた。部屋の空気を揺るがせながら、彼女の頭から長くもつれた髪がなだれ落ちた。それは、真夜中の翼よりも黒い髪であった。そして今ゆっくりと、目の前の人影は両の目を開いた。「流石にこれを見せられたら」私は金切り声で叫んだ。「決して、決して間違うはずがない。丸く見開かれた、漆黒の、激情を秘めた目だ、私の失われた愛--我が--我がライジーア姫の目だ」

(完)

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