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澄み渡る空に夜半の月 2


『何か考えているんですか?』
そう聞く童に私は笑って言う。
『そうなんだよ。人間というのは考えてしまうんだよ。気持ちのことだとか、今日あったことだとか…そんなものを反芻して思い巡らせてしまうんだね。』
童は少し首を傾げながら丁寧に言葉を繋げるように言う。
『忙しいのか、ゆっくりできているから考えてしまうのか…わからないものなんですね。』
どちらも有りそうだと思いながら、童に言葉を返す。
『そうだね。…考えすぎはいけないと言われるんだけれどね。つい、やってしまうね。全くしようがないものだよ、私は…。』
と、苦笑いしながら童を見て言う私に真っ直ぐこちらを見て返してきた童の言葉はこうだった。


『もう考えて、考えて抱えきれなければ、誰かに相談したり、話したりしたら良いのではないでしょうか。納得がいかないから考えすぎてしまうのでしょう。やるだけやったら、あとは
おまかせで良いのではないですか?』
私は、やけに達観したような童の言葉に納得してしまった。
『そうだね。人間だものね。出来ることなど限られている。他愛もないほどだよ、特に私は。けれど、こんな自分でも誰かの為に役に立てるのは嬉しいものだと思ってしまったんだよ。
思い上がりも甚だしいね…。』
と、言うと童は真剣に言う。
『もういいんじゃないですか?今の時点を楽しんで生きるのが大切なのですから。今の人生は今ですから。聞いていて辛くなります。』
と童はシュンとして下を向いてしまった。
『そうだね。ごめん。辛いことを聞かせてしまったね。もう、言わないよ。』
というと、童はパッと顔を上げてこちらを見て
『ゆっくりでいいんです。あなたの歩みであなたの歩幅で歩くことのできるように。わからなくなった時は、うーん…あ!月を見てゆっくりするんですよ! ね?』
そう話しながら夜がゆっくりと過ぎていく。


翌日、私は山へ来ていた。
童は周りの山々を見渡しては、なんだか嬉しそうにしている。
『お山は好きかい?』
と聞くと、童は嬉しそうに笑って言う。
『はい!好きなんです。』
と今にも駆け出して行きそうにソワソワとしている。
『遊んでおいで。』
と頭をひと撫ですると、童は山へ駆け出していった。童の嬉しそうな笑い声が時々聞こえる山を私は歩いて登る。
辿り着いたのは、お寺だった。
お堂に正座し、静かに目を閉じて手を合わせる。とても静かな気持ちになる。そうしていると、違った空気に変わった一瞬、何かが頬をなでていった。温かい感触が頬に触れて風になった。




『おかげ様で、こうして参ることができました。』
と深くお辞儀をした。
見渡せば、寺の中の障子には、様々な獅子が踊っている。
ただ、目の前に広がる獅子の舞を見ていた。
陽も傾き始めた頃、山を降りていると、童が
嬉しそうに話しかけてくる。
山で楽しかったのだろう。お互いに嬉しい気持ちになりながら山を降りた。

ありがとうの意味をかみしめながら降りる
幸せな夕暮れに。
出会いにありがとう。と言える幸せを。

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