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日記「送り屍」


 ほぼ毎日家の近くを散歩している。大体夜8時から9時くらいの間で、特にルートなどは決めずに無駄なルートもばっちこいの精神で歩き回って、面白いものを見つけたら写真を撮ったりしてSNSに投稿する。飽きっぽい自分としては珍しく、このコロナ禍にあってもほとんど欠かさず散歩をしていた。もちろん今日も例外では無かった。


 「森に行こう。」なんとなくそう思った。「なんとなく森に行くことがあるのか?」と思われるかもしれないが、これは自分にとってなにも珍しいことではなく、いつも「川に行こう」だとか「公園に行こう」となんとなく目標を決め、その周辺を歩いていく。なので、これは本当にいつも通りのことで、今日も1時間散歩をして無事に家に帰るはずだった。



 いつもと代わり映えのない道を10分ほど歩き、これまでに何度も見た森の前に着く。森といっても公園から続いている整備された森なので、最低限の街灯は設置してあるし、道もちゃんとした歩道なので歩きにくいことはない。その道から外れると完全な森のような風景になるといった様子である。京都嵐山の竹林の小径を想像してもらえると分かりやすい(もちろんそこのような柵があるわけではないが)。



 森を少し入ったところで、その道がいつもとは違うことに気がついた。それは、異様に暗いということだ。普通に歩いていると、完全なる闇に包まれる部分がある。普段なら、最低限の街灯しかないといっても、その街灯と街灯との間が完全な闇に包まれるはまずない。地面に落ちている葉っぱや石の数を数えることは可能だし、虫がいれば避けることもできる。だが、今日は違った。なぜか分からないが、灯りのそば以外がほとんど見えない。暗いところでは、足元の様子すら確認できなかった。じわじわと、言葉にできない不快感が背中を上っていく。これでは歩くこともままならない。ライトをつけようとスマホの画面を見る。が、それがつくことはなかった。何回電源ボタン押したり画面をタップしてみても、ロック画面が映ることはない。散歩中に写真をとるためにいつもスマホの充電は満タンにしているはずなのに、どう考えてもおかしい。闇の恐怖に耐えきれずに走り出そうとしたその時、






「べちゃん」

 とそこそこの大きさの、なにか濡れているものが落ちた時のような音が後ろから聞こえてきた。おそるおそる振り返ってみると、街灯の下になにか細長いものが落ちている。そこで無視して過ぎ去ればいいものの、当時の自分はなにを思ったのか、愚かな好奇心を発揮してよく見るために近づいてしまった。そして、そのせいで更なる恐怖を味わうことなってしまう。




 なんと落ちていたのは「人間の腕」だった。ここで、恐怖がピークに達した。声にならない悲鳴を上げながら、思わず今まで通ってきた道を走り出した。なんと後ろからは「べちゃん、べちゃん、べちゃん」と先程聞いた水音が追いかけてくる。何が落ちているかなんて確認できるわけがなかった。怖くて怖くてたまらなかった。いい歳して今にも泣いてしまいそうなところで、何かに引っかかってころんだ。ああ、死んだな。心のどこかでそう思いながらも、自分の足を引っ掛けたその物体を暗闇に慣れてしまった両眼でしっかりと捉える。そこにあったのは、個々のパーツすら認識できないほどグチャグチャに潰された「人間の頭」だった。恐怖のあまり蹴り飛ばしてしまったが、なんとか立ち上がって久しぶりに走ったといわれても違和感がないほど弱々しく走り出した。



 2分ほど走っただろうか。その頃には、今まで聞こえてきていた水音も聞こえなくなっていた。後ろを振り返っても人間の体の一部など無いし、何よりさっきまでの異様な暗さも無くなって、不快感も消えていた。落ち着いて深呼吸しながら歩いていると、すぐに元の公園に出た。安心していたのも束の間、後ろから「べちゃん」と水音がして背筋が凍る。ばっと後ろを振り向いたが、肉片が落ちているようなことはなかった。今何時かと思ってスマホを見る。「あ、充電きれてるんだっけ。」そう思ったが、スマホの画面には待ち受けに設定しているパンダの画像が映っている。充電も95%もある。その事実に、また背中にぞくりと悪寒が走った。恐怖が再び甦ってきたので、急いで家に帰った。



 そこからはなにも起こることなく、無事に9時前に家に着くことができた。コロナ禍だし、手洗いうがいを済ませてソファーになだれ込む。散歩中の騒動で疲れていたのか、瞼が閉じるのを抑えることができなかった。



 ふと目が覚める。どれくらい寝ていただろうか。時計を見ると、針は10時半を指している。「よかった、まだ10時半か。」そう思ってほっとすると、喉が渇いていることに気づく。何か飲もうと思って台所の冷蔵庫の前に立つ。なんだか生臭い。なにか腐らせていたかな、などと考えてながら開けようとすると、冷蔵庫が少し開いていることに気づく。「まじか、電気代もったいないなぁ。」そう思った矢先、






べちゃん

 何度も聞いた、肉片が落ちる音。あの時のおぞましい光景がフラッシュバックし、腰を抜かして尻餅をつく。なんとか立ち上がって冷蔵庫を覗く。





中には、バラバラになった人間の肉片がそのまま敷き詰められていた。

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