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棘を知らぬは彼女だけ

 コンビニのバイトは、ときどき迷惑な客が来て疲弊する以外は平和だ。
 そう、時々、意味の分からないクレームをつけてくるジジイとか、しょうもないことで騒ぐババアとか、無駄に凄んでくるおにいちゃんとか、日本語を理解しないおねえちゃんとか、商品棚の隙間を走り回るクソガキとか、スリルを求めて商品を懐に忍ばせる中学生とか、そういうのの対応をしなければならない以外は、平和だ。

「いらっしゃいませ~」

 でも最近、俺のそんな平和なバイト生活に少しだけ潤いができた。
 毎週金曜の夕方から夜にかけて来店する女の子の存在だ。
 たぬきと柴犬を足して二で割ったような愛くるしい顔に、小さくて丸い頭に、低めの身長に釣り合った細い手足を持つ女の子。
 だいたい、酒とお菓子を買って退店する。
 会計を始める前に律儀に「おねがいしまぁす」と言ってくれるし、会計を済ませてレジを後にする際「ありがとうございましたぁ」と言ってくれる。
 その声のかわいいことと言ったら、キティちゃんが逆立ちしても勝てん。

「スプーンおつけしますね」
「ありがとうございまぁす」

 ふつうの客には無言でスプーンを突っ込むところをわざわざ宣言するこの俺の涙ぐましい努力!
 そしてそんな不自然な俺にも、笑顔でお礼を言ってくれる優しい女の子!
 恋しかしない。
 店員のほうから連絡先聞くの、まずいかな、まずいよな。だって、顔を覚えられるのがイヤってタイプの人間もいるもんな。それに職権濫用感すさまじいし。
 週に一度訪れる。それだけの人間を覚えているなんて、もし俺が彼女の立場だったら絶対キモイし。

「あ」

 って思っていたら、金曜の深夜。女の子が来店した。
 いつもの、オフィスカジュアルって感じではない、ぶかぶかのスウェットに短パン。はあ? かわいい。

「いらっしゃいませ」

 いつものように声をかけてから、そのとなりにいる男の存在に気づく。

「何買うの」
「え、なんだろ」
「カゴ、いる?」
「気分、気分」

 ふたりは別々の売り場に向かった。
 ……え。ああ、いや、まだ兄弟という可能性が全然あるでしょ……。
 自分を鼓舞しながらそっと女の子の様子をうかがう。目をきらきらと輝かせて品定めしている横顔は、すっぴんだ。超かわいい。
 そして、あらかた選定し終わり、レジに向かってくる。いつもの、おねがいしまぁす、に、はい、と応対して、ひとつずつバーコードを読み取っていく。
 リップクリーム、アイス、アイス、アイス、アイス、サラダチキン、ポテチ、じゃがりこ、……。

「お箸何膳おつけしますか?」

 いやこのラインナップに箸いらんやろ何言うてんの俺ェ。
 女の子もそう思ったのかそれとも何も思わないのか、少し考えて、いらないです、と言った。和むわ……。
 その直後。

「二膳」

低い男の声が箸を要求した。え、と思って顔を上げると、仏頂面の男が不機嫌ここに極まれりという顔で俺を睨みつけていた。
 そして、何かをカゴに放り込む。

「あとこれも」

 女の子が目を見開いてそれを見る。俺も思わずガン見する。
 それは、節度ある男女の営みに欠かすことのできない、薄くてぴったりするアレだった。
 心が急角度をつけて暗黒面に堕ちる。

「…………三千五百二十円になります……」

 死んだ。心がとても死んだ。
 恥ずかしそうにしながらスイカでチャージ不足のエラーを叩いて、現金で支払いなおした女の子が、商品の入ったレジ袋をひったくるように掴んで入口で待っていた男の腕に張り手する。

「ねえ!」
「なに」
「なんであんなもの買ったの!?」
「必要だろ」
「今じゃなかったじゃん!」
「ナシでいいのかよ」
「そういう話してないってば!」

 ぶっきらぼうに応えながら女の子が持っていた袋をすっと自然な動作で奪い取る。そして、女の子もそれに対してはノーリアクション。つまりそれは、ふたりにとってはいつものこと、ということだった。
 ふと女の子がこちらを振り向く。慌てて、顔を逸らす。

「もうこのコンビニ行けないじゃん!」
「……あー、つーかさ」
「なに」

 話しながらコンビニを出ていくふたりを、もう一度ちらりと流し見る。
 あ~、俺の好きな子、今からあの薄くてぴったりするやつ使うんか? あの男と? あの目つきと態度がバチクソ悪い無愛想男と? いや、嘘でしょ、クソ、嘘だ。

「人生クソだな……」

 誰かが来店した。入店メロディが、ダークサイドに堕ちた心に優しくしみた。

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末小吉
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