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いとしいけるはきみの嘘

 同人誌版は完売してしまっていますが、↑でweb公開がされています。
 9/26現在、クライマックス近くまで公開されているようです(当社観測比)

 5/21の文学フリマ東京36で販売されるという噂を聞いて。
 C-18だってさ、奥さん!

 彼氏にフラれ、妹には馬鹿にされるのに甘えられ、友達とも無意識のマウントの取り合いでうまくいかない。
 そんな主人公・みちるの唯一の「心の拠り処」である家庭教師先の教え子である男子中学生・泰星。
 ある日友達との言い合いがきっかけでとうとう心のバランスを完全に崩してしまったみちるは、突発的に泰星を連れて旅に出る……。

 いや裏表紙!
 裏表紙っていうか、この、花がたくさん施された表紙!
 最後まで読み切るとね、表紙・裏表紙と作品のリンクがしみるんですわ……。
 ね、「約束」したんだもんね、泰星、ね……。ね……。

 わたしはすべての登場人物に感情移入できなかったんだけど(すべての人間がわたしとは違うタイプの感受性を持っていたので)、でも「あ~こういう考え方の人いるよな…」「うっざ……マジうぜえこいつ一回肥溜めに顔突っ込みてえ……」とか、思わせた時点で作者の勝ち。

 主人公のみちるは真面目な人間である。曲がっているものを見かけたらまっすぐに直してしまいたくなる性分で、そして直したらそのおこないを感謝されたいと深層心理で思っている。
 自己肯定感は低いけど承認欲求が高い、報われない人種である。

 泰星は、中学生なのにどこか大人びているこどもで、妙に達観しているかと思えば年相応の「らしさ」の片鱗ものぞかせる、魅力的な男の子だ。
 みちる視点で話が進むので、彼の内情・心情について多くは語られないが、みちるというフィルターを通しても、その魅力が伝わってくる。

 そしてその彼の魅力たる特性が、みちるはとっても気に食わないのだ。
 大人びていて、余裕があって、穏やかで、思慮深く、優しい。
 そうした泰星の特性をみちるは憎んでいると言ってもいいが、同時におそらくすごく救われているのだと思う。

 ふたりで突発的な旅に出る、クライマックスのシーン……いやこのあともひと悶着あるので、クライマックスだと定義していいか分からないんだけど、わたしはこの作品の最高潮をこの旅の終わりのシーンだと思っているので……。
 つまり、みちると泰星が約束をするシーンが……。
 このシーンがあるから、のちの登場人物の動きが生きてくるため、わたしはこのシーンが一番心に残る。
 いや読んだ人みんなそうだろ(独断と偏見で喋ってます)

 誰もが、みちるほどではないにしても、自己肯定感と承認欲求の危ういアンバランスさを抱えていて、うまく発散というか収拾つけられる環境にいられれば平和だけど、みちるはそれができなかった。
 最後のシーンでも、結局みちるはまだ、きっと……って思うんだけど、でもちゃんとこれからも、曲がったものをまっすぐに直して、誰かにちょこっとだけ褒められたいなって思いながら生きていくんじゃないかなって思う。
 人はそう簡単に変われないからみちるはこれからも苦しんでいくと思うのだけど、でも、それだけじゃないことをちゃんと分かったと思うんだよな。

 素のままの自分なんか愛してもらえないから必死で武装するのに、そうして武装した姿を愛してもらえないと、どうしていいか分からなくなる。
 そんなみちるを救ったのは、素のままの自分をちゃんと見てくれた泰星だったし、泰星は泰星で、みちるに救われた部分が多くあって。

 わたしは、作中ずっとみちるの妹のしおりにイライライライライライラしていたんだけど、つまりそれはわたしにもみちるの片鱗があるということと、たぶんしおりである側面もあるということなんだろうな。
 みちると同じ考え方を一部持ち合わせいてるから、しおりの態度にイライラするし、しおりのことを同族嫌悪してしまう。

 何回も言うけど、読者を登場人物に「イラッ」とさせたらこの手の作品は作者の勝ちです。
 この手の、というのは、つまりヒューマンドラマ系の、人間関係の酸いも甘いも全部乗せ、みたいな作品。こういう作品をなんて呼ぶんだ?

 まあいいやこれ以上定義づけしようと頑張ると話が逸れる。

 作品自体も、ぎゅっと中身詰まっているけどそこまで長くないので。ぎゅっと中身詰まっているからけっこう腹にくるけど。

 ちなみにこれは個人的な感想(今までのは何だったんだ?)なんだけど、メイン舞台のひとつが横浜だったのが、わたしとしてはにっこり。
 ヨコハマディビジョンの民なので……。

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