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無神経なフリの牽制

「あ、なんか今、猛烈にダッツのリッチミルク食べたいかも」

 時刻は二十三時を回ったところ。あたしのおなかが急にハーゲンダッツのリッチミルクを欲した。
 なので正直に宣言すると、ぼうっと深夜のテレビを見るわけでもなく眺めていた藤馬が、露骨にイヤそうな顔をしてとなりのあたしに顔を向けた。

「ないよ、そんなん」

 そんなこと、存じ上げておりますとも、はい。
 ソファの上でお尻をもぞもぞさせて藤馬に擦り寄り、ぴたりと肩を寄せて顔を覗き込む。

「おにいさん、コンビニ行きませんか」
「行きません」

 瞬殺。
 つーんと視線を逸らされてしまったので、はあ、とため息ひとつ、立ち上がる。

「いいよ、じゃあ、ひとりで行ってくるから。徒歩二分だし」
「待て待て待て」

 テーブルの上に放り出されていた財布とスマホを手に取った瞬間、手首を掴まれた。

「なに」
「……俺も行く」
「え、行かないんじゃないの」
「こんな時間に徒歩二分とは言え女の子ひとりで歩かせるわけないでしょ」

 藤馬、過保護だなあ。わき腹をうりうりとつつくと、照れ隠しみたいに頭を小突かれた。かわいいんでやんの。
 あたしは藤馬のスウェットのパーカーにショートパンツ。藤馬はTシャツにスウェットのズボン。お互いサンダルを引っかけて、必要なものだけ持って、家を出た。
 藤馬の家の近くは、住宅街、って感じでしんと静かだ。先のほうにコンビニの煌々と輝く明かりが見える以外は、派手なものは何もない。
 手をつないで、ぺたぺたとふたりでサンダルのソールを引きずりながら歩く。

「とーま、何買うの?」
「なんも買わんわ。おまえのおもり」
「はー? わたし赤ちゃんじゃないし」
「おなじおなじ。五歳児」

 言い合いながら徒歩二分のコンビニにたどりつく。レジに立っていた店員さんとふと目が合う。夕方、藤馬の家に来る前に寄ったときの男の子と同じ子だった。ぺこっとお辞儀をすると、にこっと笑ってくれた。けっこう何回も会うから、もしかして顔を覚えてくれているのかも。
 コンビニの入口にあるカゴを取ったら、藤馬が眉を寄せた。

「何買うの」
「え、なんだろ」
「カゴ、いる?」
「気分、気分」

 お菓子売り場から探索する。夜のコンビニで売っているポテチって、昼のコンビニで売っているポテチの三倍は美味しそうに見える。
 結局、これは明日の分、これは明後日の分、とお菓子をカゴに入れていく。
 冷凍棚に行くと、ハーゲンダッツがところ狭しと並んでいる。つやつやしている。かわいい。好き。
 お目当てのリッチミルクと、ストロベリーと期間限定の味を入れて冷凍庫のドアを閉めようとして、ちょっと考えて、藤馬の分のコーヒー味を入れた。
 ほかにも、日用品の売り場と、お惣菜の売り場とおにぎりの売り場を通り、いらないって絶対分かり切っているのにリップクリームと、サラダチキンと鮭とおかかのおにぎりをカゴに放り込んだ。
 そしてレジ台にカゴを置く。おねがいしまぁす、と小さな声で言うと、はい、と男の子も小さな声で対応してくれて、ひとつずつ丁寧にバーコードを読んでくれる。

「お箸何膳おつけしますか?」
「ん? えーと……うーん、いらないです」
「二膳」

 どうせ藤馬の家のやつ使うし、いらないか、と思ってそう答えたのに、いつの間にか背後にいた藤馬が仏頂面で二膳と言った。男の子が、ひゅっと息を呑む。

「あとこれも」
「え。あ」

 藤馬が、あらかたレジを通して残すはおにぎりだけとなったカゴに放り込んだものを見て、あたしは目を剥いた。
 0.01ミリ。

「…………三千五百二十円になります……」

 気まずそうに、レジの男の子が値段を告げる。そんなに残額入ってる記憶がなかったけど思わずいつもの癖で「スイカで」とか言っちゃって、ピッてかざして案の定チャージしてくださいのエラーメッセージが放たれる。

「……げ、現金で……」
「はい……」

 財布からお札を取り出して、お釣りを受け取り会計を終え、レジ袋に入れた商品を台の上からひったくるようにして掴んで入口のところで待っていた藤馬を追う。

「ねえ!」
「なに」
「なんであんなもの買ったの!?」
「必要だろ」
「今じゃなかったじゃん!」
「ナシでいいのかよ」
「そういう話してないってば!」

 藤馬の腕をバシバシ叩きながら、ちら、とレジのほうを振り向くと、男の子が勢いよく顔ごと視線を逸らした。
 あ~。あ~!

「もうこのコンビニ行けないじゃん!」
「……あー、つーかさ」
「なに」
「このコンビニ、ひとりで行くな」
「なんでよ」
「なんでも」
「はあ?」

 自動ドアを抜けて、手をつなぐ。
 藤馬の家までの道を歩きながら、あたしはぶうぶう文句を垂れる。

「絶対、店員さんに、こいつら今から~とか思われた!」
「違うんか」
「ち、……違わないかもしれないけど」
「はいはい、帰ったらソッコーベッド行こうな~」
「アイス食べたいのに!」

 このあと、帰宅したあたしが無事にリッチミルクにありつけたのか、それともソッコーベッドインしてしまったのかは、ご想像にお任せする。

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小説を書いています。