見出し画像

二度も鬱病になった人間が外資系コンサルでバリバリに復活するまで(1/2)

大きな声で人に共有することでもないですが、私は鬱病をまんまと2度も食らう経験を有しています。

経験したことのある方なら分かるかもしれませんが、正直初めての鬱の苦しみは尋常ではないです。

私は3年前に1回目、そしてつい半年ほど前に2回目を発症しました。
そこから都度立ち直って今は一応元気に過ごしています。
そんな私の経験を共有することで、同じ状況でもがいている方や、その近くの方で見ていて困っている方々の一助になれれば誠に幸甚でございます。

ということで、2部構成で展開してまいります。

【目次】
1)鬱病の初期段階は判断が難しい
2)そして気が付いたら重度の鬱病だった
3)鬱病中の治療はしんどい
4)立ち直ってからの消えない心配
5)誰かに頼ることの大切さ

(この記事は10分目安で読み終わります。)

1)鬱病の初期段階は判断が難しい

一般的に、鬱病は典型的・段階的に分かりやすい初期症状がないと言われています。一体いつから鬱状態なのか、いつまで鬱なのか、が主観的にも客観的にも判断しにくいそうです。

客観的に判定しようとする試みはあり、症状チェックリストのようなものもあります。

ところが、わたしの場合は、鬱は心が弱い人間がなるもんだ!という残念な先入観から、症状が出てからも自分が鬱になるなんてあり得ぬ!認めん!そんなに自分は弱くない!という自分の思考能力と意地を謎に過大評価して、状況を放置していました。結果、ボロボロで這いつくばるように心療内科に行き、投薬治療を開始しました。
この代償は尋常ではなく、第一次鬱期ではなんと4ヵ月も完全に機能停止状態に陥りました。


2)そして気が付いたら重度の鬱病だった

そもそも、なぜわたしが鬱になったかを振り返ると、原因は3年間ほど早朝から晩までゴリゴリに機械のように働いた反動と無理に変えたキャリア方針によるガタでした。

新卒で大手製造業の会社に入社し、謎に最初から高評価を受けて1年目からオリンピック級の案件の担当になり新卒は私だけ周りはみんな10年以上働いているバリバリの生え抜き企業戦士の係長以上!のプロジェクトに携わっていました(自分で言うのは滑稽ですが、すごいね!名誉ですね!)。

そのため、日々仕事のためだけに生きていました。
朝は6:00に家を出て、深夜25:00過ぎに帰る途中でコンビニでおにぎりを買い、それをムシャムシャ食べた後にシャワーをササっと浴びて寝る。そしてまた起きて…の繰り返しでした。まさに生きるために仕事をする人間から、仕事をするために生きている企業マシーンに変身していました(しかも年功序列だから給与増えない…なぜだ?)。

でもそれまではまあよかったのです。なぜかというと仕事を通じて自己充足感がありましたし、気を削がれることもなくランナーズハイのように猛然と突っ走れていたのでそれなりに楽しかったのです。同期の先頭をひた走るって気持ちいよね!かっこいいよね!やっほーい!という感じでした。

しかし、年功序列・終身雇用の大企業にずっと身をうずめるのはどうなんだろうなあ、とも同時に思っていたこと、また、もともと海外の大学を出ていることから畳んだ羽を伸ばしていっちょ飛んで行ってみっか!と計画していました。

ということで、新規製品の立ち上げも一段落し3年ほどの長期オリンピックも戦い抜いたので、キャリアの方向性を変えるべく大学院に進学することにしました。

キャリア変更においては自己分析もしてそれなりに覚悟を決め、国際協力分野でのキャリア展開を目論んで大学院を決めました。わたしのやりたいことはこれだ!そうだこれしかない!いくぜ!待ってろ大学院!ひゃっほーい!と意気込んでいました。しかし、ここで謎に鬱病発症。

今までのバリバリ企業ゴリラなわたしは、いきなり学問の世界に戻ったことで、時間の流れ方が異なる、収入はなくなる、机上の空論なディスカッションから無限に生まれてくる虚無感にすっぽりと包まれる、などなどを経て充足感がなくなり、そして鬱病の階段を十段飛びくらいの勢いで駆け上がっていきました。

最初はちょっとしたイライラから始まり、原因不明の猛烈な怒りに変わり、気分の振れ方が尋常ではなくなり、最後の方は自分の感情を自分で全く管理できない状態になっていました。これはもう辛かったです。電車で知らない人の会話が耳にちょっと入ってくるだけで怒り爆発モード全開!うぉぉぉぉ!な感じで、放置すると衝動で人に危害を与えるんじゃないかと思うようになりました。

ここでようやくマズイと思い、心療内科に電話をして初診の予約を取ったところ重度の鬱病であることが明確に診断されました。(心療内科はほぼ予約制なので困ったらお電話しましょう)

鬱病は何が嫌かというと、徐々に悪化していき、気が付くと気力が枯渇して物事に全く集中できなくなり、何をするのも億劫で生きる活力が一切沸かなくなることです。頭も体も完全に働かなくなります。
いいじゃない、休んでれば。どうせ休めば治るんでしょう。
と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、これがまあ辛いんです。


3)鬱病中の治療はしんどい

心療内科はカウンセリングはほぼなくて、最初から全力投薬です。
お医者さんは「ほい、これ薬ね。はい!次!」みたいな感じで患者を捌いていました。例に漏れずもちろんわたしもそんな感じで初診10分程度で何種類かの投薬決定でした。

薬は脳内の電気信号を都合の良いように改変するらしいですが、これが非常に疲れる。眠気がずっと消えない。頭がぼーっとする。音はぼんやりとしか聞こえない。目は虚ろ。まるで真っ暗な深い海の底ですごく重たい水の中をのらりくらりと彷徨い歩いているような状態でした。起きているのか寝ているのか境目が曖昧で、生きている実感皆無です。幸い希死願望はありませんでしたが、「あれ、これ今なんで生きているんだっけ?」これが鬱病の間ずっと、3ヵ月ほど毎日毎時間毎秒頭の中にへばりついてきます。粘っこくて取れやしない。厄介ですね。

ずっと寝ててもこの煩悩が頭にへばりついて重たいので、何も考えなくていいようにひたすら散歩していました。川沿いに住んでいたので川辺に座ってぼーっと水音を聞いて太陽の下で天日干しになったりして日々を過ごしていました。このまま干からびてもいいやー。なんて気持ちの日々です。楽しさ皆無ですね。

また、周りに迷惑かけてるのは本人は重々承知で、それがまた苦しいです。
無力感。存在するだけで人に迷惑かけてる状態は楽しいはずもなく、心配してくれて声をかけてくれてもそれが鬱陶しかったりで、それに感謝することすらできない。むしろ配慮のない言葉で傷つけてしまう。本人目線の気持ちとしては、これが一番しんどいです。

とはいえ、周りの人はもっと大変と思います。鬱病を抱えている人で差異はあると思いますが、周りの方はできるだけ声はかけずにそっと少し距離をとって見守る、いい意味で放っておくことがわたしのような鬱病タイプにはいいのかなと思います。あまり干渉して逆にダメージ食らうとそれも辛いので、薬の力を借りて多少時間をかけて治すことも検討されるとよいかと思います。ただ、放置は危険なので本人にできる限り寄り添う形で一緒に乗り越えようという意思を伝えるのがよいかと思います。手を動かすのではなく、気持ちを伝えてあげてください。


4)立ち直ってからの消えない心配

とまあ、そんなこんなで無気力生活を4ヵ月くらい過ごしていると、徐々に薬の効果でイライラ症状が収まり、だんだんと生活しやすくなってきました。そして4か月ほどで投薬を勝手に打ち切り、普通の生活に戻るべく社会復帰作戦を自力で練れるようにまで回復しました。

ここまでで見事に365日の1/3を鬱病で消化し、晴れて勝手に復活判定をしたわたしでしたが、やはりそれ以降は鬱病の後遺症(薬の副作用?)や再発の心配にそこそこ悪戦苦闘しました。

まず鬱病の後遺症ですが、なにより思考体力が落ちます。もう激減です。
集中力の持続時間が劇的に縮みます。気が付いたらぼーっとする状態の発生頻度が多く、それによる生産性の低下は無視できないほどでした(謎に過去形ですが、今もちょこちょこ発生します)。
これはもしかするともう治らんのではなかろうかと開き直っていますが、知的生産者の総労働時間に占める知的労働の必要稼働時間が確保できない心配と苦しみは死活問題です。まあ、集中できる時間でギュギュっと凝縮して仕事をやっつければ即解決できますが、そんなスーパーサイヤ人はドラゴンボールの作中くらいにしかいません。わたしはクリリンさんにも勝てない凡人です。ピッコロさんにも勝てません。となるとさすがに思考体力の低下はかなり痛い後遺症だと感じます。

そしてやはり再発の心配は常に心の奥に存在し続けます
私の場合は、第一次鬱病からの脱却と同時期に謎に激務の外資系コンサルに転職しました。その際の入社時健康診断では、既往症なし!と迷わず記入して入社しましたが、ストレス耐久戦のようなプロジェクトになるとそこそこしんどいです。そこで鬱を再発して実は鬱病キャリアでーす。となると仕事失いそうな気もしているので隠さねばならない。そして案の定、最近になって第二次鬱病が急遽発動され、会社に隠しながら薬をチビチビ飲んでやり過ごす状態が1ヵ月発生しました。厄介ですね。鬱病。


5)誰かに頼ることの大切さ

再発した私が言うのも滑稽ですが、誰かに頼ることの重要さは再発防止において肝です。

わたしは今は奥さんになんでも相談できるようになってきたので、心の面倒もみてもらってます。誰かに頼るのは大事です。その存在は確実に人を救います。本当に尊敬ですね。感謝です。
完全に余談ですが、わたしは奥さんへのお礼として、交渉術を駆使しして引っ越し代を劇的に低減し、そのお金で奥さんにスマートウォッチを上納しました(^^)/

本人の口からはなかなか出てこないかもしれませんが、鬱病を経験した人ならば近くで支えてくれた人に心から感謝しているはずです。 ​

鬱病になりかけている人は、誰かに心を打ち明けて頼ってみてください。ほんの少し楽になるかもしれません。近くの人が鬱かもと思っている人は、そっと心が開かれるのを待ってみてください。扉頑丈なので多分ノックしても開きません。相談されたときに受け入れて、どうしたら治せるか、通院も含めて本人の意思を尊重しながら支えてあげてください。

一方で、本人にも再発防止に向けてできそうなことはあります。
ここまでで十分な長いので、これは次の回に持ち越したいと思います。
また、内容はあくまでも私個人のやり方なので合う合わないもあると思います。
興味があれば次回をご参考ください。それでは次回をお楽しみに!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?