川辺車輛

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読書好きが高じて自分で読みたい小説を自分で書き始めました。ちょっと長いのはkindleで売ってます。twitter: @cartriverside

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『文体の舵をとれ』練習問題⑥

※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 一作品目: 老女はせわしなく、背の綻びたノートを繰っている。もうすぐ卒業論文の提出期限を迎えるのだ。老後の余暇にと、彼女は大学に通っている。新しい事を学ぶ動機や気力はなく、昔取った杵柄と言わんばかりに、四十数年ぶりに国文学を学び直している。このノートも、その頃からずっ

    • 『文体の舵をとれ』練習問題⑤

      ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 青年は岸壁の先に立っている。身につけているのはトランクス一つ。瘦身は日に焼けている。海の向こうには岸が見えている。この地に水平線はない。彼は身体を伸ばして天を仰ぎ、身体を折って地に親しむ。息を吐く。息を吸う。息を飲みこんで、彼は地を蹴った。身体は放物線を描き、落ちてい

      • 『文体の舵をとれ』練習問題④

        ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 問一 筆を取ろうと思い立った。そこまではよかった。ところがなかなか決まらない。文体。仕掛けも作った。プロットも練った。それでもやはり文体が決まらない。一人称に軽妙な語り口でも良いし、短文を連ねてリズムを作っても良い。いつだって最後まで決まらない。文体。アイデアは溢れて

        • 『文体の舵をとれ』練習問題③

          ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 問一 時計を一瞥する彼の指は止まらない。結論部を残し卒論は完成した。これほど時間に追われるなど想定外だった。準備に時間をかけすぎたのだ。書き進める困難を甘く見たのだ。印刷の時間を考える。印刷機前には長蛇の列が予想される。誤字脱字を確認する時間はないだろう。推敲などは望

        『文体の舵をとれ』練習問題⑥

          『文体の舵をとれ』練習問題② 改

          👆元の文はこちら 誰もいない薄暗い書庫の中でしばらく時間を過ごしているうちに、なんとなく目についたとても面白そうな本をどうしても手に取りたいという気持ちに駆られる。しかし何をどうしてもほんのちょっとだけ届かなくて、なんでこどもの頃にもっと牛乳を飲まなかったんだろうとか、バレーボールやらバスケットボールやらやってたらよかったんだろうかとか、そもそも人を呼びに行けばいいのでは、とか、そういったことが頭に浮かぶ訳なのだけど、まあそれもおっくうで、でもあの背表紙のキラキラはとてもき

          『文体の舵をとれ』練習問題② 改

          『文体の舵をとれ』練習問題②

          ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 以下本文(所用時間10分) 誰もいない薄暗い書庫の中でしばらく時間を過ごしてなんとなく目についたとても面白そうな本をどうしても手に取りたいのだけど何をどうしてもほんのちょっとだけ届かなくてなんでこどもの頃にもっと牛乳を飲まなかったんだろうとかバレーボールやらバスケッ

          『文体の舵をとれ』練習問題②

          『文体の舵をとれ』練習問題① 問2

          ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 以下本文(所用時間30分)  歓喜の声を上げる者もいれば、生気を失った相貌をして、ただ前を凝視する者もいる。喜びを抑えられず、金切り声で電話をかける者がおり、震える手で嗚咽を精一杯こらえて、不合格を伝える者がいる。一緒に訪れたのであろう友人同士で抱き合う者、目の端に

          『文体の舵をとれ』練習問題① 問2

          『文体の舵をとれ』練習問題① 問1

          ※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。) 以下本文(所用時間45分)  光が消えたその木の枝は見るも美味そうで、男はよだれを垂らします。えいっとばかりひとくちぺろりと舐ってみれば、活が体に回るが如しで、五臓六腑に染み渡ります。よもやよもやと持ち帰り、村の若人に与えてみれば、甘い甘いという者あり、辛くていけな

          『文体の舵をとれ』練習問題① 問1

          真っ白

          「ええっと、Merry Chir...あれ、違うな」  何年続けても慣れない英語に情けなさを感じながら、男は間違えたところに修正液を垂らす。 「そもそも最初っから間違ってたんだよ、何もかも」  はあ、と吐く息には白いものが混じる。俺の髪の毛も一緒だな、と男は思う。気にして染めいた頭が白くなるのに任せるようになって数年が経った。もう若作りを気にするような歳でもないのだ。  乾いた修正液の上から、今度は正しい綴りを打ち込む。C、h、r、i、s、t、m、a、s。ゆっくりと、不規則な

          文取り

           柳の下に猫がいると猫柳になるらしい。それでよいのだと云い伝えられておる。下にいてさえ柳の頭に乗っかっておるこの猫は、柳の家にとってなんぴとたりとも比肩し得ない神聖なる存在である。  柳の家と云って無論柳の木を組んで作った家ではなく、柳と云う男の住まう家である。  柳は傷つきやすく悲観的で、しばしば頭を垂れて歩いている。その様子を見て枝垂れ柳ならぬ項垂れ柳だとからかう者も時折いる。  少年時代、柳は深く掘られた穴に落ち、抜け出そうとすれば側壁が崩れ、もがき苦しみあがいた末に

          鏡裡へ帰る

           「息子が学校に行けなくなってしまって。ちょっとみてもらえませんか」と、たずねる母親の目は心配に曇っていた。  「はいはい、じゃあちょっとみてみましょうかね」不機嫌そうにそう言って、修理工は「学校」の鏡面を外し、中を確認する。  「ああ、やっぱり。線が焼き切れちまってる。最近多くてね。この一週間で六件目だよ。誰がこんなもん採用したのかねえ」  これがプロの仕事かと愚痴を漏らしながら、修理工は「学校」を店の外に運ぶ。見た目にはおおよそ姿見といった形の「学校」は小柄な修理工には少

          鏡裡へ帰る

          お題で創作「キズパワーパッド」

          ツイッターでたまにお題募集して140文字小説を書いていたのですが、気が向いたので長めに書いてこっちに投稿することにしました。大体お昼休みの1時間くらいで書いていきます。今回はユートピアSFになりました。 20XX年4月27日  本日午後1時を10分ほど周り、予定より遅れて開かれた会見で、キズパワーパッドなるものが公開された。いや、いわゆる絆創膏ではない。アイデアの部分では似たようなものだが、その実は全くもって異なる。組織の再生を促進し、傷の治癒を早めるような絆創膏は既にあっ

          お題で創作「キズパワーパッド」

          漁火

           何物にも代えがたいもの、何を措いても守り抜かなければならないもの。それ無くしては人として生きるに値しないものとして、ぼくが最も重き置くのが信念なのだ。  ぼくを馬鹿にした男が言った。お前の言うことがまるっと正しいなら、おれはへそで茶を沸かしてやるよ。言い回しの古さには閉口するしかなかったけれど、その保守的な古さこそが彼の致命的欠陥であって、現代にそぐわない彼の言う「常識」だとか「根拠」だとか「科学的見地」だとか、そんなものはいくらでも見方によって変えてしまえるのだということ

          五時半のダリ

           ツイッターで知り合った女の子と初めて実際に会うことにしたぼくは、人が多すぎて結局待ち合わせには不向きなんじゃないのか、などと思いながらハチ公を横目に立っている。お待たせ、という声に振り向くと、そこにはケンタウロスが立っていた。  風貌を伝えるのは嫌だ、恥ずかしい、と約束の段階で彼女は言っていた。だからぼくの格好だけを伝えておいて、見つけてもらうことにしたのだった。それにしたって、恥ずかしいと言うのであれば、着られる部分には服を着てくればよかったのに、とぼくは思った。筋肉質な

          五時半のダリ

          疑り深い人のための読み方説明書

           この度は『持ち運ぶだけで読める本』をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。  こんにちは。わたしは疑り深い人のための読み方説明書です。みなさん想像以上にすんなりとこの本を受け入れてしまわれる様子なので、わたしの出番もそれほど多くはありません。残念だと思うことは特にありません。結局のところ、読者のいない時間をわたしが過ごすことがないことは、容易に理解されるところのものでしょう。  さて、それでは早速説明に移ります。読んで字のごとくこの本は、持ち運ぶだけで読める本です。

          疑り深い人のための読み方説明書