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レッド・ブラック・デッドマンズ・ハート

承前

青い鳥を追うノーマーシーが青い篝火に沿って歩き続けると、何処までも続くかのように思われた暗闇の中に見慣れた景色が唐突に現れた。倉庫、プラント、そして行き交うコンテナ屋形船。見間違える筈も無い。……ここはアヤセ地区だ。正確に言えば、ニューロンの奥底に再構成された紛い物のアヤセ地区。

このエリアには彼が通うカイシャがあった。気の合う仲間が居た。日々の暮らしがあった。それも今は過去形で語らねばならぬ。「ほう。不肖の弟子よ、この領域を見出したか」「お前……!」いつか来た道をそぞろ歩くノーマーシーの進路上に彼のセンセイが現れた。センセイの亡霊、幻影と言うべき存在が。

【レッド・ブラック・デッドマンズ・ハート 】

「ドーモ、ノーマーシーです。偽センセイめ、現れたか。ここで始末してやる」「ドーモ、ガーゴイルです。言いたいことは色々あるが……いいだろう、相手をしてやる。だが……」ノーマーシーは最後まで聞かずに前進!前方を目視で確認!足元にマキビシは無い!ならば足を止める理由も無い!突き進む!

「メンターの話は最後まで聞くべきだぞ」「グワーッ!」ALAS!踏み出した右足に激痛!確かにマキビシは無かった筈!攻撃の正体は……クナイ!ワークブーツの爪先に内蔵された鉄製のカップを貫通してクナイが足に突き刺さっている!それも複数のクナイが!「グワーッ!」「最後まで聞けというのに」

ガーゴイルの投擲したクナイであろうか!?しかしセンセイの幻影は未だにイクサの構えを取っていない!さりとてノーマーシーは一瞬たりともセンセイを視界から外してはいないのである!彼のニンジャ動体視力で捕捉すら出来ぬ早業でクナイを投擲したとすれば、何たるカラテ、そしてワザマエであろうか!

「グワーッ!……いや、違う!」冷静さを取り戻したノーマーシーが呟く。そう、センセイが目にも止まらぬ早業でクナイを投げるのならば理解できる!しかし、目にも止まらぬ早業でクナイを投げた後、目にも止まらぬ早業でイクサの構えを解く理由は無いのだ!「伏兵がいる。近くに二つ、遠くに一つ……」

「伏兵ではない。ちゃんと紹介するつもりだった。お前が最後まで聞いていればな」「紹介だと」ナムサン!ガーゴイルの姿が雲散霧消する。そして入れ替わるように三つのシルエットが現れた!剥き出しの殺気。……ニンジャだ。「ドーモ、アグレッサーです」「アタシはブラックバーン」「キュイラスです」

「ドーモ、おれはノーマーシーだ。お前らの顔には見覚えがある」怯まずに前に出る。怯えれば負ける!「そうだ。我々こそが、お前をニンジャにしたのだから」「そうよ、覚えていない?あの熱い夜のことを……焼け死ぬぐらいに熱い夜……」ニンジャAの謎めいた発言!そしてニンジャBの意味深なる追随!

ニンジャBの両手両足から、煙と共に黒い炎が生み出されるのを見ると……ノーマーシーのおぼろげな記憶が……ニンジャになった夜の記憶が次第に甦りつつあった。爆発したカイシャ。逃げ惑う同僚。追いかけてくるニンジャ。背中を斬られて、焼かれて、それでも這いつくばって逃げ続けた。救いを求めて。

そして転がり込んだ寺院で───アトウダは死んだ。「思い出したか。あの夜、我々は人間狩りに興じていた。まさか狩りの獲物がニンジャに生まれ変わるとは思わなかったが」「そうなのよ。アタシ達、仲間を一人なくしちゃったばかりでね」「デアデビル=サン……。死神のカラテを確かめたいなどと……」

記憶が甦ると共に、シルエットは次第に鮮明なニンジャの姿をとりつつあった。こいつらがおれのカイシャを……同僚を……。「我々は仲間を弔ってやりたかった。しかし生憎と先立つものが無くてな」「そうそう、それで手っ取り早くモータルハンティングで稼いじゃいましょう……ということになったのね」

耳が腐るような思いに耐えて、右手にカラテを込める。……まだだ。まだ好きなように言わせておくべきだ。ニンジャCが陰鬱な表情で呟く。「アンタがニンジャに生まれ変わるのを見た時、俺は嬉しかった。別れがあれば、出会いもあるものだと思った。新しい仲間。これも……ブッダの采配だと……」

それ以上は言葉にならずに、ニンジャCが黙り込む。「無理しないで」ニンジャBがそれを慰めると、ニンジャAが語り出した。「ディセンションした直後のニンジャが凶暴な性質を持つとは知っていた。だが、お前の凶暴さは想像以上だった」「そうか!」……言い終わるや否や、カラテを込めてクナイ投擲!

会話の応酬を打ち切る奇襲めいた攻撃!しかし彼らは既にアイサツを済ませているのだ!「ヌゥーッ!」ニンジャAは抜刀すると、クナイを右手のカタナで薙ぎ払う!だが、その全てを防ぐことは叶わず!肩と腕に一つずつ被弾!怯まずに左手のチャカ・ガンで反撃!ノーマーシーは連続側転で危なげなく回避!

「なるほど、ニンジャとしても剣客としても大したことは無いようだな」ノーマーシーはスリケン投擲に移行!これは支給品ゆえ、数に限りがあるが品質は安定している。彼の生成クナイは準備に時間がかかる。イクサの最中に使えるようになるまでは、気の遠くなるような鍛錬を積まねばならぬであろう……!

「チッ!なんたる無粋!……BB、頼むぞ!」「アイアイ、了解よ」ニンジャBの両腕より生まれた炎の嵐が吹き荒れる!カトン・ジツだ!ノーマーシーとニンジャAの間に炎のカタマリが地面に産み落とされると、それは焼夷弾めいてわだかまる!マキビシめいて危険!尋常ならざる熱気が前進困難可能性!!

揺れる炎に遮られ視界は悪化!ノーマーシーは判断を迫られる!このままスリケン投擲を続けるか!?敵のニンジャは……油断ならぬ防御的イアイドーの構え!いたずらに残りのスリケンを浪費するのは避けたい!ならば前進あるのみ!ショーギのウマめいて、黒い火柱の合間を縫うように跳躍!そして跳躍!

あのブラックバーンとかいうニンジャBの実力は知れている。ディセンション直後の暴走状態、そのイクサの記憶が戻って来たのだ。接近さえ出来れば、いかようにも料理の方法はある!だが……。「まずは取り巻きを片付ける」用心深く炎を避けて通りながらニンジャAに接近!ニンジャAは微動だにせず!

「そのまま彫像めいて固まっているがいい!」生半可なカラテではカウンターの餌食となるであろう。躊躇は一瞬。ノーマーシーは半ば捨て身のヤリめいたサイドキックで態勢破壊を試みる!失敗に終われば右足とは泣き別れとなるだろう!「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」効いている!だが浅い!追撃あるのみ!

「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」ノーマーシーは奇妙な感慨に襲われた。ニンジャとなる前、幾度となく彼を救って来たワークブーツが今は彼の敵を打ち据えている。「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」考えるな!もう少しで防御を崩せる。しかし気がかりとなるのはニンジャBの動向!

そう、彼のイクサは一対一のそれではない。キックを繰り返すノーマーシーと、それに耐えるニンジャAの頭上に隕石めいた火球が降り注ぐ!なんたる仲間の巻き添えも厭わぬ決断的連携!このままでは共倒れの危機!だが離脱の為にキックを止めれば……?カウンターの機会を諦めぬニンジャAの鋭い眼光!

それは一瞬の閃き!更にカラテを込めたキックの反動で離脱するべし!「イィヤァーッ!」「ヌゥーッ!……そこまでだ」「何だ!?」ナムアミダブツ!ニンジャAはカタナもチャカも捨ててノーマーシーの右足を両腕で拘束!「ウオーッ!」ノーマーシーは拘束から逃れようと全力であがく!「離すものか!」

ニンジャAの両腕によるノーマーシーの右足を拘束する力は増す一方!「ヌゥーッ!」「グワーッ!」ナムサン!右足に刺さったクナイの痛みが時間差で再来!ニンジャアドレナリンの波が引いたのだ!これではカラテが十分に込められぬ!なんたる未熟!なんたるブザマ!このままでは……二人まとめて焼死!

敵は三人!自分は一人!自分が倒れれば、即ち全滅!ノーマーシーのニンジャ筋力が瞬間的なカジバチカラを発揮する!「おれの右足が気に入ったようだな」ニンジャAの無防備な両肩を狙って渾身の両腕チョップ!「グワーッ!……しかし離さぬ!」「そうか」更にチョップ!「グワーッ!」チョップ続行!

遂に二人の直上へと炎が迫る!逃げる場所は無い!ニンジャBは先んじて二人を囲むように黒い炎の壁を作り上げていた!ノーマーシーは構わずにチョップを繰り出し続ける!恐怖は無い。判断力も既に失われていた。それは炎にくべられたヨーカンから生まれるサイコ毒素のせいであった。……ハッパである。

「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」炎の形をしたニンジャとニンジャの形をした炎はカラテ続行!「ウオーッ!」「ヌゥーッ!」炎の貫手突きが炎の肉体を突き抜ける!「ウオーッ!」「アバーッ!」炎の右腕が炎に塗れた赤黒い心臓を摘出!そのどちらも一瞬後には炎に飲まれる!(おれはここで死ぬ!だが……)

ノーマーシーとニンジャAの姿は炎に飲まれ、後には何も残らなかった。ゲームオーバーだ。その様子を客観的に眺める自分が居る。自分、敵対者、炎の壁、チョップ、そしてハッパ……!「ウオーッ!」「アトウダ=サン!?」意識が肉体を取り戻すのを感じる。あるいは、肉体が意識を取り戻したのか……。

篝火に照らされたアノヨめいた暗闇も無い。記憶の底から生まれたアヤセ地区も無い。ここは電算室だ。フートンの上にアグラし、滝のような汗をかいている。ノーマーシーは思い出した。ここで自分はニューロンを鍛える修行をしていたのだ。「アトウダ=サン?」「……ウオーッ!?」反射的に飛び上がる!

「おれは……」インセンスの香りも消えている。あれから何時間が経ったのだろう。「お前はアトウダ=サン。ここは私の電算室だ。思い出したか?イディオットめ」そう言うとウブカタは蒸しタオルと飲料水を差し出した。ラベルには「枯山水」とある。「これも料金に含まれている。遠慮するな」「すまん」

顔を拭き、ボトルの水を飲む。「……やられた」「どうしたの?ザゼンに失敗した?」項垂れて呟くアトウダへ、ウブカタが気遣わしげに問いかける。「いや、克服すべき壁は乗り越えた。乗り越えた先に、また次の壁があっただけだ。そいつは乗り越えられなかった。今のおれには」アトウダは深呼吸。

そして五分後。ジーンズにシャツ、その上にジャケットを素早く羽織るとアトウダは「機会があったら、また頼む」と旧友にアイサツを済ませて、夜のネオサイタマに飛び出していた。(夜……)どうやらザゼンしたまま12時間ほど経過したようだ。水分は摂ったが体力が戻るまでは、もう少しかかりそうだ。

玄関まで見送りに来たウブカタの別れ際の言葉が意識の隅にわだかまる。「ではウブカタ=サン、ユウジョウ!」「……ディオット」「エッ?」「せいぜい痛い目に遭って帰って来い。イディオット」それはニンジャ聴覚が偶然に捉えた、単なる独り言であったのかもしれない。彼女の表情は窺い知れなかった。

「腹が減ったな」腹が減っていた。思ったことが、そのまま口に出ていた。幸いにして、このエリアには土地勘がある。この時間でも営業している老舗ドンブリ・ショップが幾つかあったはず。早急に空腹を満たすべし。「腹が減っては犬死に、だからな」今、彼の隣には胡乱なコトワザ訂正する者も居ない。

「違ったかな?武士はイクサで腹が減る……だったか」一人では正しいコトワザが思い出せそうにない。それでいい。ニンジャになる前の暮らしのことなど何もかも忘れて生きてゆくのだ。瞼の裏に、センセイの姿が浮かび上がる。修行を経た今、ハッキリと見える。穏やかな笑顔、その奥に隠したニンジャ性。

「亡霊め」(機会さえあれば、何度でも己のニューロンに潜れ。あのサンシタ共を蹴散らした先で俺は待っているぞ、ノーマーシー=サン)「黙れ」(試練の次は更なる試練だ。UNIXゲームめいてタノシイだろう?)予感があった。ザゼンに成功する度、この幻影は鮮明になるだろうという恐ろしい予感が。

幻影を後ろへ置き去りにして歩き続ける。そして見覚えのあるノーレンを捕捉した。昔、ウブカタと入ったこともある老舗ドンブリ・ショップだ。立ち止まってから小銭入れに十分なトークンが残っていることを確認すると、彼はしめやかに店内にエントリーした。「やってます?」「ドーゾ、やってますよ!」

(ニンジャスレイヤーTRPGソロアドベンチャー3へと続く)

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