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[読書の記録] 岡田暁生、フィリップ・ストレンジ『すごいジャズには理由(ワケ)がある』(2015.11.30読了)

 西洋音楽史家の岡田暁生氏と、ジャズピアニストのフィリップ・ストレンジ氏による『すごいジャズには理由(ワケ)がある』(アルテスパブリッシング 2014)を読んだ。

 Youtubeで、著者たち自身によるこの本の 解説動画を見たことがきっかけだが、なぜ出版当時読めなかったのか残念に感じるくらいおもしろい本だった。

 世にジャズの入門書・解説書は山ほどあるが、そのほとんどが、音楽自体の"内容"からは外れた、ミュージシャンに係る逸話や紋切り型のジャズ進化論で固められたディスクガイドと化している。
 こういう方向性に逃げず、音楽の内容に向き合ったジャズ解説本としてはもちろん菊地なるよし&大谷能生による『東京大学のアルバート・アイラー』がある。これを読んでおけば、年代とともに変化するジャズのサウンドを大体理屈で説明できるようにはなると思う。ただし、あくまでジャズの教科書的な通史解説では、ある。悪く言えば、広くて浅い。

 いっぽう、『すごいジャズ~』は、菊地・大谷本と比べてもさらに各アーティスト、各楽曲のアナリーゼに踏み込んだ内容となっていて、かなりのジャズ通でも目から鱗な内容が盛りだくさんのはずだ。
 取り上げられるジャズメンはアート・テイタム、チャーリー・パーカー、マイルス・デイビス、オーネット・コールマン、ジョン・コルトレーン、ビル・エバンズの6人である。それぞれの名演と呼ばれる曲のテーマやアドリブ部分を著者が採譜し、アナリーゼを加えていくのだがこの切り口が実に鋭く、「ああ、ジャズというのはこうやって鑑賞/観照するのだな」という勘所のようなものがわかる構成になっている。
 例えばアート・テイタムはこの本では「ビバップの礎を作った(よくビバップの発明家のようにいわれるパーカーが、下積み時代、そのピアノを聴くためにテイタムの店で皿洗いしていたから)」という位置づけになっており、ビバップを構成する特徴であるリハーモナイゼーションや、ドミナントモーションの挿入といったテクニックが既にその演奏に現れていたことが詳しく解説される。
 また、パーカーのアドリブにおける半音階的アプローチと分散和音によるアプローチの使い分けのバランスやソロの構成における視野の広さ、マイルスの限られた音程差だけをストイックに使ったモチーフの展開方法等が、次々と明確に示され、思わずうなってしまう。
 つまり、偉大と“されている”ジャズメンの何がそんなにすごかったのかが極めて具体的に書いてあるという、今までありそうでなかった本なのだ。

 しかし、その具体性ゆえ、まったくの初心者にはかなりとっつきにくい内容になっているのも事実だろう。調性や和声に関する基本的な理論を知らなければ読むのは難しいところがあると思われる。楽典に疎い向きには、またしても菊地・大谷本だが、『憂鬱と官能を教えた学校』から入ることをお勧めしたい。

 この本は、必ずしもジャズを演奏する人たちに向けて書かれているわけではないと思うが、私自身アマチュアのジャズ演奏家の端くれとして、ジャズの真髄たるアドリブ演奏の向上に向けたヒントを得たような気になってしまった。笑
 もちろん、ジャズ・ジャイアンツ達のあまりのすごさに、「とうていこのレベルは無理だな…」と痛感させられるのも事実ではあるが。

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