言葉と手紙とあなたに寄り添う夜 #わたしの執筆スタンス
だいすけさんのこのnoteを読んで書いている。
面白そうなので早速書いてみる。
執筆スタンス。
そんな大層なこと考えたこともなかった。
割と書くことは日常になっている。
仕事でもそうだし、noteもそう。
毎日更新はやめたけどなんだかんだ週1は書いてる。
数字はガクッと落ちたけどどうでもいいし、届けたい人に届いている。
なるほど。
だいすけさん、僕の執筆スタンスは「届けたい人に届ける」だと思います。
ネットでスキがつくとか最近どうでも良い。
だってみんなスキつけてないけど確実に読んでくれてる。
大概僕のnoteを知ってくれている人は「いつも読んでるよ!」って言ってくれる。
それでいい。
それ以上の賛辞は存在しないから。
僕なんかはわざわざブラウザでログインして僕がスキつけたってわかるようにスキつけてるけど、そんなことしてる人は少数派。
そして、noteを書くときは絶対誰かを想定して書いている。
それはエッセイでも小説でも。
過去の自分が一番多いですが、他者を頭に浮かべながら書くこともある。
結局文章って手紙だと最近思う。
伝える人の見えない文章って読んでて本当につまんない。
1月の僕のnoteがいい例かなと。
自分を慰めるためだけに文章を書く。
そんなもの誰が読むのか。
読んでてて気持ちよくもない。
もちろんそれは数字にも現れるし、自分でもわかる。
書くなとは言わない。でも読まれなくても文句は言うなと思ってしまう。
だから僕のnoteは長い手紙です。
いつでも会える人なんていなくて、
自分も予定があるとか、
いろんなことが重なって会えなくても、
なんとなくその人の事を思う夜があって、
それは愛とか恋とかそう言うのではなく、
ただその人に寄り添いたい夜がある。
ただそれだけのことなんだと思う。
今旅をしている僕はいろんな商品を見るたびに、
「あの人これよろこぶかな?」
「あの人これ好きだったな。」
とか考える。
それに似ている。
ふとした時に思い出したあの人に最近起こった出来事とか、その人に伝えたい事を書く。
そして次会うときにその話をする。
そんな幸せの連鎖が続けばいいんだと思う。
やっぱり僕は人にしか興味がなくて、
人に助けられて、
その人たちと言葉でつながっている。
noteも話すことも。
すべてが丸くつながる感覚が最近ある。
それが大きくなればいいなって思ってる。
この2週間の旅でもタネが育って芽吹いていく流れを実感している。
それも言葉がつないだ縁だと思う。
noteもその一部。
書きながら新たな気づきがたくさんありました。
だいすけさんステキな企画ありがとうございます。
またお酒飲みましょう。
読んでいただきありがとうございます。もし気に入っていただけたらサポートをおねがいします。今後の感性を磨くための読書費や学びへの費用とさせていただきます。