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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 4

4.2日目(2)


女将さんのいとこさんが書いてくれた、簡単な地図を持って、3人で旅館の玄関を出た。

良く晴れて、陽ざしが温かい。
柔らかい風に磯の香りが漂う。


「まず、磯伝いに、えびすさまに行って、そこから畑のある方に上がって戻る道に行こう」

「それがこの畑の中の農道なのね」

「うん、この農道を、見晴らしが良いという狐塚に向かって歩いて、それから旅館に戻る」

「狐塚が分かりやすいと良いんだけど」

「時間は…迷わなかったら、ゆっくり歩いても1時間くらいかな?」

「では、出発!」


穏やかな波が洗う岩場の道を、「えびすさま」の社のある小さな岬の先に向かって歩く。

岩場のやや高い場所を、ところどころコンクリートで補強する形で細い歩道が続く。

「今は満ち潮だけど、潮はせいぜいあのあたりだから、海が穏やかだったら十分に歩けそう」

よりちゃんが明るい声で言う。

「外海じゃないから、波はそれほど強いのは来なさそうだけど、
 でも天気が良くても海が荒れた時は、やっぱり避けた方が良さそうだね」

「村のえびすさまは、やはり岬の先でお祀りしないとね。海と村を繋ぐものだし」

あーちゃんと私が口々に答える。

足元に気をつけながら歩く。
暖かい季節なら、磯遊びも出来そうな磯だまりもある。

直接大きな山のような岩が、海に突き出ているような地形である。

「この辺りは、地震で隆起した地形だそうよ」
とよりちゃん。

地震でこんなに隆起するんだ…。

「自然のすさまじい驚異だね…」
私はそんな大地震を想像し、思わず身震いをする。

左手に海と岩場、右手は切り立った崖で、上の方から濃い緑の常緑の木々の枝が覆いかぶさる。
崖は凹凸が激しく、奥が見えないくらいの洞穴もある。
「戦争中はこういう穴を防空壕に使ったらしいよ」

さすがの情報取集能力で、よりちゃんは説明する。

「今は…、何かの倉庫っぽい感じだね。洞穴だから、気温が保てるから、何かの保管に良さそう」
と、あーちゃん。

「でも、台風が来ると波で中のものが流れ出ちゃいそうだねぇ」
私はつい心配になって言う。

足元に気をつけながらも、口々に勝手なことを話しながら歩いていると、右手に
の岩場を登っている細い道が出てきた。
岩を削るように、階段が作られている。
道の入り口に簡素な木製の鳥居があり、この登り道の上が聖域であることが分かる。

磯の小道はまだ岬の先まで続いているようだが、我々は鳥居をくぐり、細くてやや険しい道を登って行った。

まもなく常緑樹の木々に囲まれた小さな広場出た。
海のある方を背に、こじんまりとしたお社が建っていた。
意外とその建物は新しい。

数年前、氏子がお金を出し合って、古くなって傷んでいたえびすさんのお社を建て替えた…
そんな話を、女将さんが話していたなと思いだした。

下草などもきれいに手入れされた境内を見ると、石製の小さな祠や石像がいくつか点在していて、
新しい花やお米などが備えられている。地元に信仰が息づいているのが伝わる。

3人でえびすさんにお参りした。
海がある方を背に建立されている社なので、自然と海に参拝している形になる。

静かな境内は、遠くの波の音と、時々鋭く鳴く野鳥の声しか聞こえない。

「ご神体は、海そのもの。そして、打ち上げられたえびすさんこと、鯨や漂着物なのかもしれないね」

静寂を破るのを一瞬ためらいながらも、私は口を開いた。

「そうだね、海の恵み、海の恐ろしさ、全部が信仰なんだね」

あーちゃんがうなづきながら言った。

「ああ、でも気持ち良い場所だね。静かで、木も茂っているけれど、暗さがない。怖い感じがしない。
こういうお社は怖い感じの所があるけれど、ここは良い気持ち。開かれている感じがする」

よりちゃんは深呼吸をしながら言う。

「よそ者も受け入れてくれそうなお社。海への信仰も感じられし。散歩コースに良いわ」

境内への道は、私たちが来た海からの細い道とは別に、高台の畑から続く道があり、
そちらがどうも本来の参詣道のようだった。実際、そちらにさきほどよりもずっと大きな鳥居がある。

「私たち、裏手から入って来ちゃったね」
「でもあちらにも鳥居があったから良いんじゃないかなぁ」

私たちは、大きい鳥居を通って境内を後にし、その大きい方の参詣道を歩いて散歩を続けた。
参詣道といっても、車がやっと1台通れる程度の農道である。

道の両側を畑が続く。 

「今は、冬野菜ね。キャベツ…白菜…大根…」
あーちゃんが、見渡して農作物を見つけながら言う。

「この辺りは、夏の頃は、マリーゴールドの花できれいなのよ。
何か畑の作物に良いらしいとかで畑に植えられるらしいね。。
写真で見たんだけど畑一面、黄色やオレンジの花で埋まって。青空とのコントラストが素晴らしくて」

よりちゃんが、遠くを見つめるようにうっとりしながら話す。

「ああ、連作障害に良いという花かな? コンパニオンプランツね。
そっかー、農薬とか使わずなるべく自然の力でってことね」

うなづきながら、あーちゃんが呟く。

「マリーゴールドの続く道かぁ!暑い日は散歩は辛いけどね」

三人三様、それぞれ何かをイメージしながら、思い思い勝手なことを言いながら、歩く。

12月だが陽ざしは暖かい。海からの風も穏やかだ。

ぴーひょろろろろ。 遠く高い空をトンビが回りながら鳴く。


道はゆるく登っていき、20分ほど歩くと周りの海や遠くの山並みがより見渡せるようになってきた。

「そろそろ“狐塚”とかいう場所なんじゃないかな?」

私が言うと、よりちゃんが手書き地図とスマホのマップを見比べている。

畑の中ほどに、そこだけ耕し損ねたような、灌木と雑草が茂る小さな繁みがある。


「とくに目印はないけれど、畑の中にそこだけ木や草がある場所だってことだから、あれかもしれないね」

「他にそんなような場所は見当たらないし」

「確かにここは、この辺りで一番高い場所みたいで、周りが一番よく見渡せるしね」

「うん、何もないけど、気持ちいい。ぽかーんと空と、畑と…狐塚だけ」

「そうか、ここに、伝説の狐が落ちたのね。で、あの狐塚が時々動くのね。どこに行くのかな?」
そんな想像をすると何かワクワクして、私はひとりで妙にはしゃいだ。

「海と信仰と伝説ミステリーを訪ねてウォーキングね…
うーん、でもミステリーは、狐以外ももうちょっと欲しいけどねぇ」

何かの企画をもくろんでいるらしいよりちゃんは、ブツブツ言いながら地図を見て、
「じゃあ、宿に戻ろうか」とまた歩き出した。

しばらく歩くと、農道が二つに分かれ、下っていく道を選んで歩いていると、
木々の間から、宿がある集落が見えてきた。

谷津の狭い場所の細い田を脇を少し歩くと、海の香りがまた強くなった。
集落の端に到着し、長年潮風と太陽に晒されて白っぽくなっている壁の家々の脇を通り、
漁港を目指して歩いていくと、宿に到着した。

1時間ちょっとの散歩。軽い疲労感と清々しさを感じるちょうど良い運動になった。

「ただいま、戻りました」

宿の玄関を入ると、女将さんが「おかえりなさい!案外早かったわね」と言いながら出てきた。

「特に見どころもない場所で申し訳なかったわね。でも天気が良くて良かった」

女将さんが言うと、よりちゃんは

「いえ!気持ち良かったです。景色も開けて、とてもいい気持でした!」
とにっこり笑って答えた。

「狐塚ってどこに移動したりしたんでしょうねぇ」
わたしがつい口に出していうと、女将さんは、

「そうそう、良かったらこれあげるわ。公民館に近くの小学生達が調べたのを
印刷して置いてあるのよ。うちの孫も調べてたのよ」

とちょっと嬉しそうに、B3のコピー用紙裏表に印刷された紙を渡してくれた。

見ると「〇〇地区の伝説 〇〇小学校調べ学習」という題名で、コラムのように絵やら写真を織り交ぜて、
数話の話が書かれている。「狐塚のなぞ」という項目もある。

「嬉しい!ありがとうございます!」「それ、あとでコンビニでコピーね!」

思わずはしゃいで受け取って折ってしまおうとする私に、よりちゃんとあーちゃんはすかさず言った。

預けていた荷物も受取り、

「お世話になりました!」

と三人口々に、笑いながら手を振る女将さんに頭を下げて、宿を後にした。


「良かったね!」
「民宿っていいね!」

そう言いながら車に乗ると、よりちゃんは、
「なんだかんだでお昼に近いよね。じゃあ、昨日話していた、食堂に向かいます!」
と車を発車させた。

途中、集落の細い道に入って難儀したり、カーナビの指示に従ってひどく回り道しながらも、
昨日下見で走った幹線道路になんとか出て、しばらく走った後、まだわき道の細めの道に車は入っていった。

「昨日も思ったけれど、こう、幹線道路でなくて、外れたところにあるお店だけど、人気店なんだねぇ」
とあーちゃんが言うと、よりちゃんは、
「車で来る人が多いから、駐車場も必要だし、やっぱりそういう場所になるのかもねぇ」
としみじみと言った。

まもなく、目指す野菜専門のカラフルな文字の看板が見え、続けて平屋の食堂の建物が見えてきて、車は、じゃりじゃり音を立てながら、
建物脇の砂利敷きの駐車場に停められた。


開店にはまだ少し間があるようだが、既に2人、開店を待って入り口に佇む人がいた。

「予約しているから、開店時間に行けば、並ばなくても大丈夫よ。少しこの辺り歩こうか」

歩くと言っても、開店の列も気になり、駐車場のそばをウロウロするだけだったが、
駐車場の奥の方に小さな石の祠があるのに気づいた。
近づいてみると、狐の置物が両側に置かれていた。多分、お店が商売繁盛を祈願するために、お稲荷さんを
祀ったのだろう。
お客さんが多いということは霊験あらたかなんだなぁ・・・と思っていると、
あーちゃんが、お店を指さしながら、
「お客さんの列が伸び始めてるよ。私たちもやっぱり並ぼう」
と足を速めて、列の方に向かって行った。

お客さんの列は6人に増えている。私たちが加わり9人になった。

5分ほどしてガラガラと店の引き戸が開き、中から割烹着に三角巾をしたおばちゃんが出てきてのれんを掲げ、
「お待たせしました。さあどうぞ」
と待っていた客たちを中に入れ始めた。

「予約していた 〇〇です」
とよりちゃんが言うと、奥から別のおばちゃんが、
「はい、承っています。奥の座敷にどうぞ」
と声をかけてきた。

言われたまま、座敷に上がり、「予約席」という座卓を3人で囲む。

「本日のメニューはこちらです」と示された手書きのメニューを見ると、

「本日のスペシャルメニュー」と赤丸が書かれて「ベジタブルラーメン」「揚げたてがんもどき」
と書かれている。

残りの二人が希望を言うより早く、よりちゃんは「ベジタブルラーメン3つと、揚げたてがんもどきお願いします!」
と注文を言った。
メニューをメモするおばちゃんによりちゃんは畳みかけるように、「そのがんもどき、どの位の大きさなんですか?」
と聞く。
「うちのはちょっと小さめなんで、この位の大きさなんだけど、一皿2つあります」
とおばちゃんが、手でピンポン玉より少し大きめの形を作るのを見て、よりちゃんは
「じゃあ、がんもどきも3皿で」
と付け加えた。

「え!ちょっと待って、私、この素揚げ根菜の甘酢あんかけが気になってるんだけど」

「大根づくし料理って何だろう?」

あーちゃんと私が文句を言うが、よりちゃんは
「ここのベジタブルラーメンは特に評判良いんだよ。
あと、がんもどきも、手作り揚げたてアツアツで美味しいんだって。今日のメニューにあってラッキーなんだから!」

と有無を言わさない勢いで言うので、ここはツアコンのよりちゃんに従うしかなかった。


しばらくして、「おまちどうさま!」というおばちゃんの声とともに、まずベジタブルラーメンが運ばれてきました。

澄んだスープに、具は、白菜、キャベツ、ニンジン、キノコ類炒めのあんかけだが、ひじきが入っているのが珍しい。
さらに、ごぼうの素揚げと、ワカメがトッピングされている。

「具はもちろん、スープの出汁にも動物性のものは使われていない、純ベジタブルラーメンなんだって」
とよりちゃん。

猫舌の私は、湯気が立つ野菜のあんかけをまず箸でつまんで、冷ましながら食べる。
新鮮な野菜のシャキシャキした歯ざわりと香りが、口のなかに広がる。野菜だけなのに、あんに旨味がある。
ひじきも野菜炒めに加わっているのも悪くないと思いながら食べていると、

「スープ、美味しいわぁ!…野菜だけでもこんなにコクのあるスープになるなんて!」
あーちゃんが、味を分析するように、レンゲにすくったスープを少しずつ飲む。

「海藻も野菜も地元産だから、新鮮よね。今は冬野菜だけど、夏はピーマンやトマトも加わって、違うバージョンの
味になるそうよ」
麺をすすりながら、よりちゃんが言う。

麺の香りも良くて、野菜スープと合っている。


そこへ、「揚げたてがんもです。しょうが醤油が美味しいですよ」と、手作りがんもどきが運ばれてきた。

「お稲荷さんのそばのお店だけに、油揚げならぬ、揚げたてがんもどきなんですね」
と運んできたおばちゃんに言うと、

「お稲荷さん? ああ、狐塚ね。あれは昔からあそこに祠があったのよ。
ここら辺の昔話で、動く狐塚というのがあって、それがここにあったっていうのよ。今は別の所にあるというわね」

と笑いながらおばちゃんは答えた。

「え、その狐塚、今朝、私たち、見てきたんですよ!」

「あら!そうだったの。でも伝説だからねぇ。そんなことより、冷めちゃうから熱々のうちに食べて」

おばちゃんにせかされて、私たちは慌てて、がんもどきに取り組む。

表面がまだジュウジュウと小さく音を立て、湯気が出ている。
しょうが醤油をつけて、ふぅふぅ息を吹きかけて冷ましながら、かじってみる。

外側の香ばしさと共に、豆腐と野菜の香りがまず鼻を抜ける。
ほふほふ、口に空気を入れて冷ましながら咬むと、力強い豆腐と野菜の旨味が広がる。
揚げたてのがんもどきは別物だと思いながら、食べていると、あーちゃんもよりちゃんも、同じようなことを
口々に言っている。

「野菜だけでも、こんなに満足できるなんて!」
「野菜だけの方が、なんか、身体が清んでいく気がするわ」
「お寺で頂くような精進料理だと、格式張っているようで敷居が高いけれど、こういう気軽な食堂だと、
肩もこらずに食べられて良いね」
「外国の人で、ベジタリアンはもちろん、イスラム教徒の人などハラールフードというんだっけ、なかなか食材も、
調理法も難しいと聞くけれど、こういう野菜料理だと安心して食べられそうだよね」

料理談議で盛り上がる二人をよそに、私は、今朝、宿の女将さんからもらった「〇〇地区の伝説 〇〇小学校調べ学習」
のコピーを取り出し、「狐塚のなぞ」を読み直した。

「あ、狐塚が動いたという場所の地図があるよ…かなり大まかな地図だけど…この食堂があるのはこの辺りかな?」
私がそういうと、よりちゃん、あーちゃんもそれぞれ、地図を出して見始めた。

「うん、そうだね、この辺りだね。じゃあやっぱり駐車場わきの祠は、狐塚の一つなんだ!」

三人でしばらく資料を読んでいたが、思い出したように、よりちゃんが
「あ、そうだ!デザートも食べるよね? 今日はかぼちゃプリンだって」
と言い、配膳をしているお店の人にデザート追加をお願いした。

運ばれてきた、かぼちゃぷりんも、甘さがかぼちゃ本来のもので優しい美味しさだった。

お会計のためにレジに行くと、レジの脇の棚に
「大根のはちみつ漬け。柚子風味」
「酢漬け野菜」
とラベルの貼られた、二種類の瓶詰めが並べられている。

「お土産に良いね。二つとも買っちゃう!」
そう言いながら三人とも二種類ずつ購入し、お店を出た。


砂利敷きの駐車場に停めた車に乗る時、そばの祠をあらためて見た。

「狐塚の伝説、面白いね。実際、移動したんたねぇ」

よりちゃんが写真を撮りながら言う。

「信仰の変遷か、それとも歴史的な出来事か何かを密かに伝えてるのかも」

私はそう言いながら、再び祠に手を合わせた。

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