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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 6

6.2日目(4)


部屋の電話がなった。
私が出ると、
「夕食の支度が出来ましたので、2階のレストランにお越しください」
とのお知らせだった。

『よし!夕食だ!』
めいめい、支度をして、部屋を出る。


2階に行くと、待機していた仲居さんの一人に案内され、席に着く。

既にいくつかの料理が盛り付けられた小皿や小鉢がそれぞれの席の前に並べられている。
目を引くのは、各人用に2つずつ置かれた加熱用の


『こちらはウェルカムドリンクになっております。地元産の人参とみかんのノンアルコールカクテルです』


仲居さんは、お品書きの紙を私たちに渡しながら、書かれたメニューについて早口で説明し、
小さな鍋がある方の固形燃料に火を着けた。
食べごろの見極め方と食べ方をさっと説明する。
『もう一つは、マグロの頬肉のステーキなので、食べる直前に火をつけますので、お知らせ下さい』
とのこと。
なかなか手が込んでいる。

『ご飯は普通のご飯としらす干しが乗ったじゃこ飯がありますがどちらにされますか』
と聞かれ、3人とも当然、『じゃこ飯で!』と答える。

『飲み物はいかがいたしますか』との問いに『地酒はありますか?』とあーちゃんが訊くと、
『日本酒はこれらしかありません。冷酒かお燗かは選べます』
と大手ブランドの酒を指した。

『うーん、まずはとりあえず、ビール1本かな』
とよりちゃんがすかさず言い、
『あと、これを熱燗で1つお願いします』と、
あーちゃんがメニューを指しながらつけ加えた。

最後に仲居さんは、ご飯と味噌汁を持ってくるタイミングを
確認し、『後ほど、揚げたての天ぷらと茶碗蒸しをお持ちしますね』
と言いながら、下がっていった。

私は書かれたお品書きを理解するのに必死だったが、よりちゃんとあーちゃんは、
メニュー一つ一つに、『これは予想通り』『お!これは、どんなのかな?』等ととにかく賑やか。


『まずはこのウェルカムドリンクね』
『地元産人参とみかんのノンアルコールドリンクって…ジュースと違うのかな』

『ん…! ハーブの香りがほんのりする。100%ジュースよりも軽いから、
ハーブの香りをつけた水で割ってるのかも。ハーブ水割りかな、だからカクテルか』
あーちゃんが目をつぶって味わいながら分析する。

そうこうしていると、ビールと熱燗が同時に運ばれてきて、
『かんぱーい!』とビールで乾杯した。

『でも、魚にはやっぱり日本酒よね』
あーちゃんが、各人のおちょこに日本酒を注ぐ。

鮪の刺身は、赤身とトロが3枚ずつ。
『大トロの刺身だって言ってたね』
よりちゃんが一切れ取りながら言う。

トロの刺身は、薄いピンク色で、表面が脂で光っている。
高価なトロをワクワクして口に入れた。口にトロの柔らかい旨味と脂が広がる。
ただあまり食べなれないせいか、個人的には脂が強くて、赤身の刺身の方が好きだと感じる。

『昔、鮪の赤身の刺身をマヨネーズ醤油で食べると、トロの味…って言ってたよね。
私はマヨネーズ醤油の赤身の刺身、好きだわ』
とあーちゃんが言う。

最初のビールが喉をうるおし、温泉でのぼせ気味だった身体もだんだん落ち着いてきて、
熱燗を味わえるようになる。

小鉢にそれぞれ乗った小さなサザエの醤油煮、マグロの角煮を、熱燗とともに味わう。、

仲居さんが来て、『そろそろ、まぐろの頬肉のステーキにも火をつけましょうか?』
と聞いてきたので、頬肉が入っているプレートの固形燃料にも火をつけてもらう。

蓋の隙間からジュウジュウと音がし、まもなくバターの香りともに、香ばしい香りが漂ってきた。
『お、そろそろ食べ時かな』

『鮪の頬肉はやはり珍しいよね。地元ならではだわ』

『柔らかいけど味が濃いね。美味しい。バター醤油はやはり一般に好まれる味だから、観光ホテルのメニューとしては、
悪くないんだろな』
あーちゃんが分析しながら食べている。

『昨夜の民宿の料理は、やはり通ごのみ、魚をよく知った釣り客好みの料理で、こういう一般客がほとんどの
観光ホテルは、また味や食材の選び方が無難にはなるよね』

『一昔前は、ザ和食で、色味も茶色っぽくて、野菜もおまけみたいなものだったけれどね。
おじさんの宴会料理。だけど、今は客の主流は女性客。
そして野菜は、ヘルシーでおしゃれな必須アイテム。若い女性に評判良いと、
その若い女性が結婚して家族を連れて来るから、やはり重点ターゲットね』

『野菜を制する者は…ね。腕とセンスの見せどころなんだよね』

ガラスの皿に盛られたサラダ。
手元のお品書きを見ると、『地元農家の彩りサラダ ジュレがけ』と名付けられいる。
ベビリーフ類に、赤、黄、オレンジ色のピーマンの細切りが添えられ、その上に褐色のゼリー状の
ドレッシングと一緒に食べる。


『タコとキュウリ・玉ねぎは、和風の酢の物にするか、オリーブオイルも加えて洋風の
カルパッチョにするかよね…。これは、カルパッチョの方ね』
あーちゃんが言う。

『白ワインとかと合わせやすいからかしら。野菜との組み合わせもあるし、女性客向けにもなるね』
とよりちゃん。
『日本酒は万能だから、日本酒でも良いんだけど、ここのは某大手のよくあるタイプだからねぇ…、
ちょっとつまらないね。大手でも最近、おしゃれな感じのものも出しているから、それと組み合わせると、
一般的な女性受けはするね』
あーちゃんは、料理を少しずつ口に運びながら言う。

『ワインもあったね、試しにグラスで頼んでみようか』とよりちゃんが言った。

『そうそう、よりちゃん』
私は言った。
『よりちゃんには、今回の旅で企画も車の運転もしてもらっちゃったから、ささやかだけど、お酒、
おごらせて。まずは白ワインを』
『そうそう!私たちにおごらせて。日本酒もつけちゃうよ』
あーちゃんも、すかさずニコニコして言った。

『ありがとう!めっちゃ、嬉しい。でも、気持ちだけでOK。実は明日があるからね。
明日、天気が良さそうだから、マリンスポーツ体験してみようと思ってるの』
よりちゃんが切り出した。

『え!水着用意しろとは言われてたけど、真冬でもやるのかとあまり本気にしてなかったけれど』

『うん、今回は体験版をしようと思うの。午前中の短い時間だけで。
ウェットスーツとか全部借りれるから。どう?
さっき、フロントで確認したら、明日は天気も穏やかな予想だからやれるだろうって。だから仮予約しちゃった。』

『マリンスポーツって、具体的にはカヌーとか?』

『うん、それもそのうちトライしたい。カヌーで周る岬巡りとか、入り江巡りとかね。
でも、今回はまず、ボートに乗る。家族連れでも楽しめるというもの。全部透明な素材のボートなんだって。どう?』

『うん、おもしろそう』

『さすが、企画のよりちゃん!』

『そうと決まったら、今日はお酒は控えめにして、部屋に戻ろうか』

『あ、もう一度、お風呂も入りたいなぁ』

『ところでさ、全部透明なボートって何? 海の中も見られるのね!?』

など明日のことで盛り上がっていると、
『そろそろデザートをお持ちしましょうか』
仲居さんが確認に来た。

しばらくすると、それぞれの前にデザートが乗った皿が並べられた。

『本日のデザートは、椿の花弁ジャムのアイスクリームと、季節の果物寒天寄せです。
椿の花弁と寒天も当地で採れたものを使っています』
と、仲居さんはさらりと説明をして、下がっていった。

白いバニラアイスクリームに、赤い花弁が数枚添えられている。
『椿の花弁のジャム!これは意外だわ』
あーちゃんが目を細める。

『椿の花も食べらるんだ!』
私とよりちゃんが口々に驚きの声を上げた。

ジャム自身は特に強い風味があるわけではないが、白い色に鮮やかな赤色が鮮烈である。
椿の花弁は、よく見るとハート形にも見えて可愛い。

『季節の果物って、キウイとイチゴなんだね』

『国内産のキウイは、11月頃から食べごろになるし、イチゴはハウス栽培だからね』
とあーちゃん。

明るい緑色のキウイと赤いイチゴの色が、冬のこの季節元気をくれるようだ。
ほんのり甘い寒天の歯ごたえととともに、甘酸っぱい味が口に広がった。

『…キウイとイチゴは、軽く火を通して甘く味付けしてるわね』
食べながらあーちゃんが分析した。

『寒天というのが良いかもしれない。ゼリーと違って完全にベジタリアンにも対応出来るし…
あと、カロリーも控えめ、お通じにも…ね。食事中にごめん~』
考えながら、よりちゃんが言った。

『でも、なんだかんだ言って、美味しかったわ~』
『意外な名産もあるのが伝わってきたしね』
『お酒はもう少しこだわって欲しかったけどね』
『お酒の銘柄は、昔のおじさんの宴会の感覚がまだどうしても残ってるのかもねぇ』

『じゃあ、部屋に戻って今日のまとめと明日の下調べ、やろう!』
よりちゃんが立ち上がり、あーちゃんと私も、部屋の出入り口に控えている仲居さんたちに、
『ごちそうさまでした』と挨拶して、部屋に向かった。

部屋に戻ると、昨夜同様、よりちゃんもあーちゃんも、パソコンを開いて、それぞれの何かを
記録し始める。

『また、お風呂に入ってくるね』
と言って、私は一人、また浴場に向かった。

日帰り湯の時間が終わったせいか、夕方の賑やかさから打って変わって、浴室は落ち着いていた。
それでも既に3人ほど先客がいた。

身体を洗い、一度内湯で温まってから、露天風呂に入ろうと外に出た。

さすがに夜風が冷たい。

壺湯が空いていたので、すかさず壷湯に浸かる。
熱めの湯がじんわり染みる。

顔には冷たい風が当たるが、身体は暖かいので気持ちが良い。
潮の香りを含む風。

暗い海の向こう岸に点在する民家に灯が灯っている。
その向こうは遠くに都会があるせいが、ぼんやりと明るい空を背景に山々の陰が見える。

昼間と違って静かなせいか、海の音がよりはっきりと聞こえる。
暗い海。
やはり、夜の海は怖い。
風が強くなってきたのか、木々ざわめきも大きくなってきた。
風の音が時折、甲高く、人の鳴き声にも聞こえてくる。

この辺りは古戦場だったと看板にあったな。

もう部屋に戻ろう・・・。

露天風呂を後にし脱衣場に戻ると、あーちゃんが服を脱いで浴室に入ろうとするところだった。

『潮風が強くなってきたね。露天風呂、ちょっと寒いかも』
と私が言おうとする前に、あーちゃんは
『部屋によりちゃんがいて、交代でお風呂入るからって待ってるよ』
と言いながら、浴室に入っていった。

よりちゃんを待たせてはよくないと、部屋番を交代すべく、足早に部屋に戻った。

『おかえり~。じゃあ、私もお風呂に行くね~』
と明るく言いながら、よりちゃんは立ち上がり、

『私が戻った時に寝ているかもしれないから、言っとくね。
明日は朝食後、9時から下の浜に降りて、グラスボートだからね。
見どころをまとめたのを持ってきてたから、これ読んでおいてね』

そう言って、2枚ほどの紙をホチキス止めした資料を私に渡しながら、よりちゃんも部屋を出た。

『〇〇湾のみどころ』と銘打たれた資料。
布団に潜り込みながら、読み始める。

よく観察される海の生き物、鳥類、陸の生き物、植生などが、写真と一緒に箇条書きに書かれている。

そしてこの辺りは、過去の大地震で隆起したという一文が目に留まった。

今朝歩いた海辺の道、そして夕方に散策した道を思い出し、確かに海から切り立ったような
海岸線が続くのを思い出した。

「ボートやカヌーで、海からそのような特異な地形も見られます」
どこからかのコピペらしい一文もあった。

古戦場の頃はこのような地形ではなかったのか…。
狐の伝説が生まれたころはどうだったのだろう。
…移動する狐塚…地震とは関係あるのだろうか…。

取り留めなくそんなことを思いながら、資料の写真を見ているうちに、いつの間にか寝落ちしていた。

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