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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 8

夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 8


8.3日目(2)

荷物を受け取ると、よりちゃんはロビーのソファに座り、
『さてこれからの予定だけど、どうしようか?』
と切り出した。

『もうすぐお昼ごはんなのだけど、本日のランチは実は考えていないんだ』
と言う。

『もうこれから帰らないといけないんだけど、午後はどこも行かないなら、
いくつか候補のあるお店でランチを食べてから、駅で解散でも良いし、行きたい場所があるなら、お昼は軽くどこかでお弁当を買って食べてからそこへ行ってから解散…という手段もあるんだけど』

『そうねぇ、食の研究家としては、地元のものが食べられるお店でランチも興味あるんだけどね…』
とあーちゃん。

『よりちゃんが午後行きたいところは、どこなの?』
と私が訊くと、よりちゃんは、

『入り江の奥にある、自然保護区を歩いてみたいの。今は冬だから、冬枯れであまり面白くはないかとは思うけれど…。逆に蛇や虫がいないのは助かるかな…あはは、自然探求じゃないねぇ、これだと』
と笑いながら言う。

『そこを歩くとなると、また1~2時間くらいはかかるから、帰りの時間も考えるとあまりゆっくり堪能できないかなぁ』

『私たち、電車で来たから、混まないうちに帰りたい気はするしね…。蛇と虫はアレだけど、やっぱり、野草や花が綺麗な時にゆっくりと歩きたいかな』

3人の意見がほぼ一致した。

『じゃあ、お昼は、お土産のチェックもしながら、市場や農産物直売所によって、軽食を買って食べたりで済まそうか?』

『あ!いいね!それ、そうしよう』

ロビーを後にし、車に乗り込んだ。


まずは海産物の市場に行く。
駐車場がほぼ満杯だったが、かろうじてスペースを見つけて車を停める。

あーちゃんが、たたんだ保冷バッグを取り出した。
『さあ!行くわよ!』
あーちゃんの気合がすごい。

ひっきりなし人が出入りして場内入り口に向かう。

明るい場内に整然と各店舗のコーナーが並び、買い物客でごったがえす。
家族連れも多い。

『これ、食べてみて。旨いよ!』
『これ、揚げたてだよ。熱々で美味しいよ』

あちこちでお店の人が大きな声で声をかける。

揚げたてだという鮪のコロッケを買って早速食べてみる。鮪の旨味が口いっぱいに広がる。

『あら、サバサンドだって! トルコのイスタンブールで食べたわ! そうか、サバも名産だものね』
看板を見てあーちゃんが歓声を上げながら、お店に向かう。
私もついていく。

『うちのはね、玉ねぎや野菜もたくさん挟むんだよ。野菜も地元産、玉ねぎの酢漬けは手作りだよ』
お店のおばちゃんが作りながら言う。

『私も食べる!』
私がよりちゃんに言うと、
『私も!』
いつの間にか、よりちゃんも後ろにいて声を出す。

『じゃあ、サバサンド、3つ下さい!』
あーちゃんが言って、出来上がったのを受け取る。

『あ、お好みで、これかけて』

おばちゃんが、紫色のふりかけのようなものが入った入れ物を差し出す。

『ゆかりだよ。赤しそで作ったふりかけ。これが合うんだよ。試してみて。これもうちで手作りなんだよ』

『すごい!本格的! トルコでもスマクという、同じようなふりかけをかけるの。それ、ゆかりと味がそっくりなんだよ!』

あーちゃんは、目を細めて、ゆかりをサバに振りかけた。


おなかが満腹になり、時間と待ち合わせ場所を決め、それぞれお店を見て回る。

私は、定番の鮪の角煮と、冷凍の肉まんならぬ、鮪まんを土産に買い、保冷用バッグに入れる。
冬だと冷凍ものの土産も溶けにくくて助かる。

あと、記念に何か小さい物ないかと見て回わった。大漁旗をデザインした手ぬぐいを見つけた。初日に泊まった民宿に飾られていた祭りの写真が浮かび、壁に飾ってみようと買った。

待ち合わせ場所に行くと、既によりちゃんがいた。

『お土産、何買った?私、貝のオリーブオイル漬けというのを買ってみたの。おしゃれでしょ?』
よりちゃんは袋のなかのものを見せながら言った。

そこに大きな声で
『冷凍の鮪の卵を買っちゃったわ。うちに帰ったら早速甘辛く煮漬けてみる、他にはねぇ…』
あーちゃんは嬉しそうに言いながら、大きな保冷バッグを抱えて約束の場所に来た。あーちゃんのテンションが高さに、思わずよりちゃんと笑った。

『さて次は、今回最後の見どころ、農産物直売所に行きます。それから解散ね』
『はい!隊長!』
よりちゃんが歩き出し、私とあーちゃんも後ろを付いていき、車に乗り込んだ。

『うーん、渋滞が始まったねぇ…』
よりちゃんが言った。
『このあたりは休日はよく渋滞するのよね。昨日と一昨日は渋滞の逆方向だったのか時間帯が良かったのか、
大丈夫だったんだけどね…』

30分ほどで最後の目的地の農産物直売所に着いた。
広めの駐車場だが、ここも駐車場はほぼ満杯状態で、かろうじて車が停められた。

ここも買い物客でにぎわっている。
さっそく店内に向かう。

『あ!リーキがある!』
さっそくあーちゃんが見つけて、2本買い物かごに入れる。

『これ、長ねぎでしょ?』
私が言うとあーちゃんは
『これね、リーキと言って普通の長ねぎと違うのよ。
スープにするとすごく美味しいの…多めに買っちゃおうっと』
ともう3本かごに追加しながら嬉しそうに言う。

私も1本買ってみる。

いろいろ教えてくれて面白そうなので、あーちゃんについていく。

『ハウス栽培でなくて、路地ものに興味があるのよね。大根は今回は良いとして、葉物で目新しいのは無いかしら…。やっぱり冬のこの時期は限られるかなぁ』
そう言いながらも、あーちゃんは置かれている野菜を覗いていき、
『あ、ちりめんキャベツ! こっちは…ケールね』
時々、歓声を上げながら、かごに野菜をどんどん入れていく。

『ほうれん草はどうかな。縮みほうれん草は…なさそうね。この辺りは暖かいから難しいのかしら』
独り言を言いながら、野菜を見比べている。

『電車で持って帰るの大変そうじゃない。それに食べきれるの?』
と訊くと、
『だってこれも目的だもの、私。あと、野菜はいろいろ調理法を試すから、案外すぐ食べちゃうの』
とのこと。

『あらー、さすがあーちゃん、たくさん野菜買ってるわ~』
よりちゃんが近づいてきた。

『昨日のランチのお店で、手作りの野菜のピクルスの瓶詰め買ったけど、違うピクルスの瓶詰めも買ってみたの。味比べするわ』

地元野菜を使ったケーキがある。
私が見ていると、あーちゃんが近づいてきて、

『あら、おしゃれ! 甘くないケーキだよ、これ。“ケークサレ"ね。塩味のケーキ。食事用よ。どれにしようかしら』
と、早速お買い上げするべく、見比べている。

私も『チーズとほうれん草のケークサレ』というのを買ってみた。

『道路も混むし、そろそろ…どう?』
よりちゃんが言った。

『はい!隊長!』
私とよりちゃんは同時に応え、思わず笑いながら、レジに並んだ。

『ひゃー、重い、重い!』
あーちゃんが笑いながら荷物を車に積む。

『帰りの電車、座れると良いね』
『まだ混む時間でないし、座っていけるでしょう』

『それにしても、今回の旅行、ものすごく充実していたわ。よりちゃん、本当にありがとう』
あーちゃんが改まって言った。
本当にすべてが面白く、新鮮だった。
『食の事、見どころやアクティビティのこと、すごく勉強になった。よりちゃん、そしてあーちゃんのおかげです。ありがとうございました』
私もお礼を言った。

『やだー、改まって二人とも~。照れるじゃない。私もすごく楽しかったし…。逆に、私の趣味につき合わせたようで申し訳なかったりするんだよね』
よりちゃんが言った。

『私ね、自分の好きなことがちょっと分かった気がするの。狐塚の伝説とか、古戦場の話とか』
私は言った。

『うん、あんた、一番そのあたり、食いついていたものねぇ。資料も何気にゲットしてたし』
あーちゃんが笑った。

『いや、私もそういうの好きだし、そういう歴史とか民俗的な知識はすごく大事だから、私ももっと勉強したいと思ったのよ。…とにかく私たち、、グッドカンパニーだよね!』

グッドカンパニー…いい言葉だ。その言葉をかみしめる。

『ラッキーだったね。あまり道混んでなかったよ』
車が駅の一時停車所に滑り込んだ。

『本当ありがとう、よりちゃん!』
『家についたら連絡する』
『帰りの運転、気をつけてね』

私とあーちゃんは口々に言って、荷物を抱えて、とりあえず駅に向かった。

駅はまだそれほど混雑していない。

車の方を見て、よりちゃんに手を振った。
よりちゃんは大きな声で
『ありがとうね!気をつけて帰ってね』
そう言って手を振ると、車を発車させた。

車が見えなくなると、私とあーちゃんは改札口に向かった。

『荷物、重いでしょう?私少し、持つよ』
それほどお土産を買っていない私はリュック1つ背負っただけなので、
あーちゃんのバッグを2個ほど持つ。

『ありがとう。助かる~。でも沢山戦利品買ったので、重さも気にならないわ』
あーちゃんはニコニコして言った。

ホームには既に電車が止まっている。
始発だから余裕で座れるのが嬉しい。

荷物棚に荷物を押し込み、座席に座った。

『あーちゃんとしては、今回の旅行、たくさん収穫あったみたいだね』
私が訊くと、あーちゃんは
『うん、やっぱり、現地に行くと違うよね。ネットや本には載っていない情報も、小さな情報もたくさんあるしね。あと、その土地の空気というか文化と言うか。短い時間だけど、それも感じられる』

『今回のことをもとに、何かアイディアとかあるの?』
 
『うん・・・。実は、よりちゃんとちょっとしたプランを考えてるのよ。固まったら教えるね』

『そっかー!それはすごいね!』

その話を聞いてワクワクしながらも、ちょっとさみしく感じた。
自分には何もないなと…。

『どうしたの?』

あーちゃんが私の顔をのぞき込んで尋ねた。

『うん・・・。私は、あーちゃんやよりちゃんみたいに得意なこと、何もないなぁと思って・・・』

『あら、あなた、土地のお祭りとか民俗的なこととか伝説とかかなり、好きでしょ? 資料とかすごく読んでるし、そういうのすぐに見つけてたじゃないの。大漁旗の手ぬぐい買ってたの、見たわよ』
あーちゃんが言う。

『まあ、そうだけど…』
私のは単なる趣味というか興味に過ぎない。

『…そのうち、よりちゃんからまた何か話があるんじゃないかなぁ』

あーちゃんはぽつりと言った。

窓の景色から海が見えなくなり、住宅密集地帯が続くようになった。

トンネルをいくつか通過した後、よりちゃんは降りる準備を始めた。

『まだ空いている時間帯で良かったわぁ。この大量の荷物だし、今日は駅からタクシー乗っちゃおう』
棚から荷物を降ろしながらあーちゃんは言った。

電車は大きなホームのある駅に滑り込むように入った。

『じゃあね! 楽しかったね。また連絡するわ』

『うん、いろいろ、ありがとう。またね!』

大量の荷物を抱えながら電車から降りたあーちゃんを見送りながら、私は、今回の旅のことをもう一度考えていた。

(終わり)


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