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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 7

夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 7


7.3日目(1)

寝る前に資料を読みながら妙なことを考えていたせいか、変な夢を見た。
目が覚めるとまだ暗い。
腕時計を見ると、朝6時を過ぎていた。

お風呂は5時からやっていると言っていたな。

昨夜の露天風呂で感じた、暗い海の不気味さを思い出して、少し躊躇したが、もうすぐ朝日も上がって明るくなるだろうからと思い、朝風呂に入ることにして、そっと布団から出た。

静かにタオルを探していたつもりだったが、
『んー、お風呂、行くの?』
というよりちゃんの声。
『おはよう。お風呂? 私も行きたい』
あーちゃんも起きたようだ。

そういうことで、3人連れだって浴室に向かう。

暗い中、一人でお風呂に入らないで済むことに少しホッとする。

身体を洗い、まずは室内の湯船で温まる。

身体が温まったところへ、冬の空気が張り詰める露天風呂に出る。

昨夜は、木々の梢を鳴らしていた風は、朝になり、やんでいた。

明けゆく空を見ながらお湯に浸かろうと、寝ころび湯に浸かる。

頭上をトンビが3羽、まるで凧のように風にのって、その場の留まるように飛んでいる。

『器用なものだよね。風をとらえて、浮かんでいるよう』

『ああやって、餌があるか見てるんだろうね』

『風呂の上にいても餌はないけどねぇ』

『トンビにカメラ付けていたら、女風呂を上からまる撮りだよねぇ』

『ぎゃあ、やばい、それあるかもね~』

3人で軽口を叩いていたが、よりちゃんが
『でも今日は朝食は早いからね。7時からだから』
と言って湯船から出たので、私とあーちゃんも慌てて湯船から出た。

部屋に戻り、すっかり着替えて、朝食の部屋に行く。
夕食の時とはまた違う部屋だ。

部屋に入ると、海に向かって広くガラズ張りの窓が広がり、
窓の向こうには、入り江やその向こうの台地、山が眺められる。

その景色を見ながら朝食が食べられる寸法だ。

『ああ、いい景色! これは観光ホテルならではの立地よね』
よりちゃんが言う。

窓際の席に案内される。

テーブルには既にいくつか。小鉢料理や皿がセッティングされている。
席に着くと、仲居さんがお茶を入れてくれた。
入れ替わるように、別の仲居さんが料理を運んできた。

大根と鮪の煮物や、あじの干物の焼いたもの、大根おろしが乗ったしらす干し、温泉卵、納豆、佃煮、焼き海苔などが並ぶ。
そして、キャベツとレタスと細切りニンジン、キュウリとトマトの小さなサラダに、ハムが添えらている。
デザート風なヨーグルトのジャム添え。
それらが一気に並べられた。

ご飯の入ったおひつがテーブルの脇に置かれた。
『お味噌汁も持ってきますので、お待ちください』
と仲居さんが一度戻っていった。

『朝食は割と普通ねぇ』

『大根と鮪の煮物は、一応この土地っぽいかしら』

『干物もこの土地のものでしょうね、きっと』

まずはお茶で喉を潤していると、お味噌汁が運ばれてきた。
あさりとわかめの味噌汁。
『だしは、鮪で取っているんですよ』と仲居さんは言いながら、お椀を各自に配膳し終えると、
『ご飯のおかわりがありましたらお知らせ下さい。あとコーヒーなどはあちらでご自由にお飲み下さい』
と、部屋の角を指した後、下がっていった。

『おかずでおなかいっぱいで、女性はなかなかご飯のおかわりは出来ないわよねぇ』

『ああ、でも、干物とか温泉卵とかしらす干しとか、ご飯に合うものがいっぱいあるから、つい食べちゃうのよね~』

『朝をがっつり食べて、お昼は軽く済ませるという手もあるわよ』

『そう言いながら、昨日も朝、がっつり食べて、お昼もがっつり、そして夜もがっつり食べたよね、私たち』

『旅行に行くと、その後、体重計に乗るのが怖いよね』

各々勝手なことを言いながら、朝食を食べ始める。

あじの干物が小ぶりだけれどふっくらしていて美味しい。

『大根と鮪の煮物、美味しい』
『でも、煮ると鮪ってちょっとパサつくんだよねぇ。これは割としっとりしてる。どうやってるのかしら』
あーちゃんが考えながら、鮪の煮物を少しずつ口に運ぶ。

『やっぱりご飯が進んでしまうわぁ』
よりちゃんが、早速おひつからご飯をよそう。

飲み物は、牛乳、オレンジジュース、コーヒー、緑茶、紅茶が選べる。

コーヒーをゆっくり飲む。

『この3日間、すごい充実だったわ』

『新しい情報量が半端なく多くて、消化しきれるかな』

『でもやっぱり、現地に来ないと分からないことだらけだよね』

窓の外の景色を見ながら、各々、何か思いながら話した。

『私はフロントで確認と清算してくるから、先に部屋に戻って帰り支度していて』
一人フロントへ向かうよりちゃんを見ながら、あーちゃんと部屋に戻る。


『予定通り、体験ツアーを行うとのことなので、用意してね」
ホテルのチェックアウトをすませ、荷物をホテルにあずけて、外に出た。

いい天気だ。穏やかで良かった。

浜辺に降ると、マリンスポーツの看板を掲げた簡素な建物がある。
事務所らしい場所によりちゃんが行くと、インストラクターらしい良く焼けた元気そうなお兄さんが出てきた。

『ご予約の方ですね。スマホや貴重品はこの袋に入れて首からかけて下さいね。
その他の荷物はこちらに預けて下さいね』
慣れた様子で説明される。

『ではまず、ウェットスーツに着替えて下さい』

別の職員らしい女性が、『サイズはおいくつですか?』と聞いて、奥からウェットスーツ一式を持ってくる。

更衣室で、ウェットスーツに着替え、外に出てくると、
『これを身に着けて下さいね~』
とオレンジ色のライフジャケットを渡され、言われるままに身に着ける。
カチッとベルトを留めると、身体が軽く締め付けられる。
そして、やはりこれから海に行くのだと気もキュッと引き締まった。


注意事項を聞きながら、まずパドルの使い方を教わり、簡単に練習する。

波打ち際には、ボディー全てが透明なボートが2双置かれている。ガラスの靴のようだ。


『では、実際にボートに乗ってみましょう。海の上で舟を漕いで練習をします』

私はあーちゃんと組んで1つのボートに乗り、よりちゃんはインストラクターの方と組んで、もう一つのボートに乗ることになった。
よりちゃんはきっといろいろ質問攻めにするのかもしれない。

浜辺に浮かべたボートは透明で砂底が見える。
一人ずつ恐る恐る乗り込むが、ボートが揺れる。

『きゃー、揺れる~』 『ちょっと怖い~、漕ぐの初めてだから大丈夫かな』
あーちゃんと騒ぎながら、それでもなんとか二人とも落ち着いた。

風が穏やかな上に、入り江なので波がほとんどないのが幸いだ。

『パドルをこう持って、ゆっくり漕いでみてくださいね』

インストラクターのお兄さんが、明るく大きな声で言う。

最初はパドルがうまく水を捕まえられず、あーちゃんとわあわあ言いながら漕ぐ。

よりちゃんの方を見ると、慣れた様子で漕ぎながら、インストラクターさんと談笑している。

しばらくすると、私もあーちゃんも段々慣れてきて、二人で
息とタイミングを合わせながら、だんだん思う方向に進めるようになる。

『慣れたらボートを旋回させる練習をして下さい。沖から来た波を横から受けるとボートが転覆しますから、
必ず、波の来る方向にボートの先を向けて、波をかわしてください』

『ひゃー、そうなの? 怖い!』

あーちゃんと言いながら練習するうちに、これも何とか出来るようになった。
慣れてきたせいか、周りの景色にも目が行くようになる。

頭上をトンビが鳴きながら旋回している。

『気持ちいいね!』

冬の朝で寒いはずだが、ウェットスーツの上に更にライフジャケットも着ているせいか、
案外寒さを感じない。

ボート全体が透明なので、座った自分の腰から足元の下が海の中にいるようで、底から海の様子が見られる。

意外なほど透明度が高い。

『冬なので今は更に透明度が高いです』
インストラクターの方が説明する。

揺らめく群生した細長い海藻。

時々小さな魚が横切る。

『下の方で見える海藻は、アマモです。今は冬なので短めですが、春から秋に成長して伸びるんです。
綺麗な海辺に生息するものなのですが、夏など泳ぐと手足にまとわりついて、ちょっと気持ち悪いんですけどね~』

インストラクターさんが笑いながら言う。

きのう読んだ資料にもアマモのことが書かれていたなあと思い出す。
アマモに小さな生き物が住み着いて、またそれを餌にする魚も住むらしい。

『ああ、向こうから漁船来るのが見えます。波が来るので、波が来る方向へ帆先を向けて下さい』
インストラクターさんが大きな声で指示する。

私とあーちゃんは慌てて、ボートを旋回させて帆先を波が来る沖の方へ向けた。

波が近づきボートが揺れ始める。
決して大きな波ではないが、結構揺れる。
沖の波だとどのくらい揺れるのだろう…。漁師さんってすごいなぁ…。


『だいぶ慣れてきたのようなので、少し、海の散歩をしてみましょう』

インストラクターさんとよりちゃんが乗ったボートがすーっと先に進んでいった。
私たちもそれについていく。

だんだん海が深くなり、足元の船底から見える水の色も濃くなり、海の底は見えなくなった。
『一枚板の下は地獄』…そんなことばがよぎり、怖くなる。

切り立った崖が続く。
崖の上は密に茂った濃い緑の葉の樹木。
真冬なのに濃い緑の木々が茂る。

昨夜読んだ資料に「照葉樹の木々」の一文があったのを思い出す。
冬でも葉が落ちることなく、葉が緑のままで、針葉樹でなく葉が広い木々を、照葉樹というらしい。

昨日の朝に散歩した神社も、濃い緑の葉の樹木に鬱蒼と覆われていたことも思い出す。
昼なお暗い森は神秘的で、少し怖さも感じる。

『この辺りは、江戸時代末期の安政の大地震や大正時代の関東大震災で
隆起したために、このように崖が続きます。
つまり比較的最近までは海の中だったので、この辺りの崖は貝などの海生生物が住んでいた穴のようなものも見られるんですよ』

『へえ~』

インストラクターさんが朗々と説明を続ける。

『入り江の奥の方で内陸に入ると、昔、海底だった場所が隆起して、湿地などになり、歩くことが出来る場所もあります』

『今日、時間があったら、そういう場所を行ってみようとも思ってるの』
よりちゃんが、こちらを向いて大きな声で言った。

度々、小さな釣り船が通るので、波が来る。
その度にボートの向きを変えるので、結構忙しい。

そして漕ぐ手を少し休めて周りの写真を撮ったり、ポーズを取ってお互い撮り合ったりもして、これも忙しい。

インストラクターさんが語るこの辺りの植生や魚の話や地域情報など、面白いエピソードも加わった説明も飽きない。

『磯遊びは楽しいですが、この辺りの岩場の穴に手を突っ込んではだめですよ。
 ウツボがいますから。指を食いちぎられます』

『ぎゃーーっ、怖い!』

『ウツボはタコが大好物で、タコは腕を食いちぎられるのですが、その後、生えてくるのですよ、腕が』

『へええ!』『人間は生えてこないものねぇ…』

『この辺りでは、ウツボの料理はないのですか?』
 妙にあーちゃんが冷静に質問をする。

『うーん、この辺りでは食べないようですね。聞いたことないです』

『そうですか…、地域によって干物にしたりするところもあるって読んだことあるので、もしかしたらと思って』

『あーちゃん、さすがだねえ!』
大きな声で、笑いながらよりちゃんが言った。

 今度は沖に向かうプレジャーボートが波を立てて来るので、またあわててボートを旋回して波をかわす。

『では、そろそろ戻りましょうか』
インストラクターさんが切り出した。

『え!もうそんな時間!』
『結構あっという間だね』

なごりを惜しみつつパドルを漕いで、もと来た方へ戻っていった。

帰りの方向は、広い海原とその先に広がる山々が見えた。
沖は白波が立っているのが見える。

『上級者だと、今度外海の方にも出て、ぐるっと岬と入り江巡りをやるんですよ』

漕ぎながらインストラクターのお兄さんは言った。

漁船が作る波でも怖がってる私たちには無理そうだ。

ボートは無事、浜辺に戻った。

『1日コースですと、入り江の奥まで行くんですよ。そこもまた海から見ると面白いので、
今度また是非、参加してみて下さいね』
そう言われ、
『そうですよね!』
と答えたよりちゃんは、私たちの方を向いて、
今度は暖かい時期に、たっぷりマリンスポーツ楽しもうよ!』
よりちゃんが目を輝かせて言った。

着替えて、インストラクターさんにお礼を伝え、荷物をあずけていた宿に戻る。

(つづく)

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