見出し画像

夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 5

5.2日目(3) 

「で、動き回ったという狐塚の跡は全部でいくつ伝わるのかねぇ?」

第二の?狐塚の跡を伝える祠に手を合わせた後、私は再び「〇〇地区の伝説 〇〇小学校調べ学習」
のコピーの「狐塚のなぞ」の手書き地図を見た。

他の2人も近寄って地図を見る。

「…今朝の散歩で見た狐塚とここの祠の他に…3、4、5…全部で5か所“狐塚”があるみたいね」

「この道の先にもあるみたいだね。行ってみようか?」

車に乗り込むと、運転手のよりちゃんはエンジンをかけ、カーナビに表示される道を見出した。

「この道の先、うーん、やっぱり地形的に行き止まりだね。
でも、ちょっと行ってみよう」

そう言い、車を発車させた。


対向車がやっとすれ違えるようなアスファルト舗装の細い道の両側は、今朝の散歩道のような野菜畑だが、畑の際は
常緑の木々が茂り、海は見えない。

その道も途中からは、車の轍があるだけの土と砂利の農道になっていった。

「うーん、この先、何かありそうな匂いはするんだけどなぁ」

「自転車で廻るとよさそうだね。景色は見えないけど」

「そろそろどこかで車をUターンさせないと…、あ、ここで車を回そう」

よりちゃんは、わき道を見つけ、器用にバックで入ってハンドルを切り直し、もと来た道に戻り始めた。

「よりちゃん、運転上手いね!」

「幸いコンパクトカーだからね。小回り効いて助かるわ」

「この分だと、狐塚のある所はどこもこんな感じの道だろうね。
逆に、狐塚巡りは自転車で廻ると良いかも」

「確かにそれ、悪くないね!」


車は昼食を取った食堂の前を通り、幹線道路に出た。

「今晩の宿は、3時からチェックイン出来て、お風呂ももう入れるけれど、どうしようか?」

「あと、2時間ちょっとか…。お宿の周りは何か見どころとかあるの?」

「古い城跡や自然が楽しめる散策路がきちんと整備されている。景色が良いから気持ち良いかも」

「今は日が落ちるのが早いし、海風が強いと寒そうだけど、今日は幸い暖かいから歩いてみようか」

「昨日から食べまくりで、今夜も明日も食べるから、ちょっとは運動したいからね」


車は20分ほどで、今夜の宿に着いた。
いわゆる中堅の観光ホテルという感じ。古いがリノベーションはちゃんとされているらしく、清潔だ。

今夜の予約客の旨をフロントで伝えて、チェックインまで荷物を預かってもらう。

よりちゃんは、ロビーには観光案内パンフレット類があるのを見つけ、
早速、ほぼ全部のパンフレットを取って、ソファーに座ると、広げて読みだした。

あーちゃんと私もそれにならって、同じくパンフレット類を取り、パラパラ見てみる。

「グルメマップは…なるほどねぇ~」
あーちゃんが独り言を言いながら見ていると、よりちゃんが立ち上がって、

「ああ、これにこの辺りの散策路マップが載ってる。…このホテルの周りが史跡巡りのコースで、
ちょっと離れたところに自然保護地区の散策路があるね。まずはこのホテル周辺を歩いてみよう」

とそのマップを見ながら、外に向かって歩き出した。

「はい!隊長(笑)!」

私とあーちゃんは、よりちゃんの後についてホテルの外に出た。

暖かい日とはいえ、日が短い12月、日差しは既に夕方の雰囲気になってきていた。
海からの風も少し強くなり、急に寒さを感じてジャケットの襟を立てた。

ホテルの前の自動車道路から、「展望台」と木の小さな看板がある小さなわき道に入った。


入り江が入り組む複雑な海岸線が美しい。

「このあたりは古戦場だったそうよ」

よりちゃんが言いながら歩いていると、まさしくそれを説明した看板が現れた。

「…うわー、悲劇の地なのね…」
とあーちゃんが説明書きを読みながら言う。

「だから、昔から怪奇スポットでもあったようなのよ」
よりちゃんはニヤニヤしながら言った。

「ひゃ~、やっぱり!怖いよぉ」
とあーちゃんが怖がっているそばで、

「…狐塚とか、何か関係ないのかねぇ?」
私が言うと、

「脅かし甲斐が無い娘ねぇ(笑)…でも、案外関係あるのかもね」
とよりちゃんが言う。

「あ!ここ見て!」と急に声を上げたあーちゃんが指さすところを見ると、

「岬の先にある小島に射られた狐が落ちたという伝説も残る」の一文があった。

「あるじゃん!」三人が同時に声を上げる。

「確か、あの小学校の調べ学習の地図に、海の小島の絵もあったかもしれない」

私は、資料にあった拙い手書きの地図を思い出しながら言った。


散策路は、小高い岬の中腹を囲むように整備され、ぐるりと海や景色が楽しめる道だった。

「あ、この景色は有名ね。絵葉書で見たことがある」
よりちゃんが道の途中で少し広く展望スペースがある場所を見渡して言った。

家族連れらしいグループがすれ違った。
私たちのずっと先を、やはり4人ほどのグループが歩いている。

「この辺りは小さな海水浴場もあるし、最近はマリンスポーツの基地も出来て、夏は人が多いのよ。
今は冬で閑散としているけど」

「でも静かで良いよね」


散策路は行き止まりになり、海が開けた。

冬の太陽が、海の向こうに見える山々に近づいていた。

「きれいだねぇ」

日の光を受けてキラキラ光る水面を3人でしばらく見つめる。

こんなに静かできれいな場所でも、昔は戦さがあったんだ…。
そう思いながら、あたりを見回すと、下の方の海の中に岩場がある。

「あれが、狐が落ちたという小島かねえ?」
私は指さした。

「うーん、分からないけれど、そうかもねぇ」
「やっぱり古戦場と関係ありそうな気がする」

海からの風が冷たくなってきた。

誰からともなく「そろそろ戻ろうか」と言い、私たちは宿に向かって歩き出した。

行きよりも早足で歩いたせいか、日が陰る前に宿につき、チェックイン手続きをして案内された部屋に入った。

最近掘り当てたという温泉は、塩分が多く、「すごく温まると評判です」とロビーの受付のお兄さんが
ニコニコして話すのを思い出し、冷えた身体をいち早く温めたくなる。


窓からは、入り組んだ静かな入り江を見下ろすように見渡せる。
夕暮れになり、沖から戻ってくる小さな漁船が2隻、水面に波を引きながら、入り江の奥に向かって行くのが見える。

その景色を見ながら浴衣に着替え、入浴の支度をして、まずは風呂に向かった。

脱衣場に入ると、既に数人着替えをしている人がいた。
ガラスの引き戸から浴室が見えて、そちらにも3人ほど、身体を洗ったり、湯船に浸かっている人が見える。
日帰り湯もやっているので、入浴客は絶えないようだ。

外に向かう壁は大きなガラス張りで、外の露天風呂も、更にその向こうの海も見える。

3人めいめい、空いているカランの前に座り、身体を一通り洗う。

身体を温めたいので、まずは内湯の湯船に浸かる。
こちらは掘り当てた湯ではなく、普通の沸かし湯とのことだが、夕方の散歩で冷えた身体がほどけるように温まっていく。

ひとごこちついて、窓の外を見る。
露天風呂も、広い露天風呂と、1人2人がやっと入れる位の小さなツボ湯があるのが見える。
広い方の一区画には、木で出来た高枕のようなものが数個ならんでいて、既にそこは人で埋まっている。
寝ころび湯も、高枕に頭を置きながら、海が見える寸法になっている。

よりちゃんが既にツボ湯に浸かって、ぼんやり海の方を見ている。

身体も温まったので、外に出て露天風呂に入ることにした。

大きな浴槽の空いている方に進んで、湯に身体をつける。
あーちゃんも外に出てきて、こちらに手を振った後、ちょうど入れ違いに空いた高枕のある寝ころび湯に向かって行った。

ツボ湯には説明板があり、『地下1600メートルから汲んでいる温泉です』と書かれていのが見える。
温泉の浸かりこごちはどうだろう? よりちゃんに訊こうとツボ湯に近づいた。

『地下から汲んでいる、化石  水を沸かしていていて、このツボ湯は、源泉かけ流しなんだって』
説明版の見出しの下の文を指しながら、よりちゃんがニコニコして言った。

『温まってきたから私は出るね。、交代して入って』
あーちゃんのいる寝ころび湯の方に向かって出たよりちゃんと入れ替わりに、ツボ湯に浸かる。

お湯は透明な茶褐色で、まるでほうじ茶のような色だが、わずかにとろみを感じる。
香りはかすかに硫黄臭のような香りがする。
お湯はやや熱め。

空はだいぶ暮れてきて、湾の向こうの丘の家々にポツポツ灯が灯ってきた。

『かけ流しなら舐めても大丈夫かな?』 
出てくる湯に指を付けて指を舐めてみると、かなりしょっぱいのに驚いた。

あーちゃんが、こちらに入りたそうにチラチラ見るので、手を振って呼んで、交代した。
『お湯、しょっぱいよ』
と言うと、あーちゃんは『舐めたの?!』と驚きながら湯に浸かった。

寝ころび湯のスペースが空いたので、木の高枕に頭を乗せて寝そべる。

こちらのお湯は普通の湯なのでサラサラしていて、ツボ湯よりはぬるめ。

顔を撫でる海風が心地よい。風に乗って薫る潮の香りも良い。

露天風呂にも灯が灯ってきた。

よりちゃんもあーちゃんも露天風呂から出たようだ。
私も露天風呂を出ようとしたとき、ツボ湯が空いていたので、また少し、ツボ湯に浸かり、それから
露天風呂を出た。

温泉は上がる時にシャワーを浴びるか否か…という議論を何かで読んだ。
こちらの温泉はかなり塩分が多そうなので、軽くシャワーを浴びて、浴室を出た。

『すごく温まったねぇ』
浴衣に着替えた二人が、赤い顔して汗を拭きながら洗面台で髪をドライヤーで乾かしている。

洗面台を使える人数は限られているので、私は髪はタオルドライにすることにし、
『先に部屋に戻ってるね』と荷物を持って、部屋に戻った。

塩分の強い温泉はよく温まるというのは本当らしく、しばらく身体が火照って、汗が止まらない。
少しのぼせたようだ。
部屋の暖房の設定温度を少し下げて、窓を少し開けて夜風に当たりながらすっかり暗くなった海を見る。

夜の海は怖い。
確かに真っ暗な沖を見ると怖い。
しかしここは小さな湾に建っているので、海のすぐ向こうに人の生活の灯が見えるし、
往来する船の灯も見える。

今朝行ったのは、えびす様を祀る社だった。
えびす様は海の幸を呼ぶと言う。

移動する狐塚の話は何を伝えるのだろうか。
古戦場の跡も近い。もしかすると、古い戦さの話を伝えるのかもしれない。

そんなことを思いながら、よりちゃんとあーちゃんの帰りを待った。

少しすると汗も引いてきたので、窓を閉めると同時にドアからノックの音が聞こえる。

『開けてぇ~』と笑いながら言う声がするので、ドアを開けると、
『いや~、あたまっちゃったねぇ』 『のぼせちゃたよ~』、
『水飲みたい!』、『いや、ビール!』と口々に言いながら、
よりちゃんとあーちゃんが部屋に入ってきた。

『塩分の強い温泉は温まるというけど、本当だよねぇ』と私が言うと、
『そうなのよ。それを確かめたかった!』とよりちゃんが嬉しそうに言った。

『化石海水って説明版に書いてあったね。海水の化石なの?…ん?あれ?化石みたいな海の水??』
とあーちゃんが訊く。

『うん、大昔の海の水が閉じ込められたものを、ポンプで汲み上げて沸かしてお風呂のお湯ととしているのよ。
非火山型の温泉の1つでね』
とよりちゃんが説明した。

『ここ、海のそばなんだから、海水を温めてお風呂にしてもいいんじゃないの?』
と私が訊くと、

『海洋深層水と呼んで、深い所から汲んだ海水を沸かしてお風呂にしているところもあるね。
でも、温泉法で定める成分の違いもあるし、やっぱり“温泉”を謳いたいのならば、やはり地下から湧いたり汲み上げたものでないとということじゃないかしらねぇ』

とよりちゃん。

『なるほど~!さすが~!』

私とあーちゃんは思わず同時に言った。

12月は日が短い。
窓の外はすっかり暗くなっていた。

『夕食は・・・6時半からね。』

『今回は、鮪づくしと彩りベジタブルプランっていうので予約しているから、がっつり鮪食べられる…はずよ!』

『どんなメニューかしらね。昨夜の民宿の料理はすごかったからね。あれとはまた別のタイプだと思うけれど、
どう独自性を出してくるか・・・。彩りベジタブルはどうメニューを打ち出すのか』

 あーちゃんが熱く語りだす。

『私もそこが興味ある。観光ホテルはあまり変わったものを出せないだろうし、でも他と差は出したいだろうしね』

 よりちゃんも目が輝く。

『彩りベジタブルで、ヘルシーさと、女性客受けも狙ってるかな』

『うーん、おなかが空いてきた! けれど我慢ね。おなかが膨れるから今はビールも我慢で、水を飲んでね!』

『空腹は最高のソースって言うしね』

2人は言いながら、各自のデータ整理か調べもののためにか、ノートパソコンを広げた。

私は、特にすることもないのでテレビをつけて、夕方の番組を聞きながら、
何となく、ロビーで手に入れたパンフレット類から『散策路マップ』『サイクリング見どころマップ』を取り出し、
広げて見比べていた。

実際の地形図も乗っていてなかなか面白い。サイクリング用の方は、さらに広域の地図もある。

今朝貰った小学校の調べ学習の紙と、今日訪れた場所と、現在地をペンで書きこむ。

昨日泊った場所は、ちょうどこの窓が向いている方角にあるようだった。
ここから見えるか、明日の朝、確認してみよう。

そう思いながら、暗くなった窓の外を見ていると、よりちゃんが
『そうそう、サイクリングマップは、有名な見どころとグルメマップぐらいしか情報ないから、
もっと細かい情報を記入したいのよね』
と私の方をのぞき込んで言った。

『あとマリンスポーツもやりたいんだけどね。カヌーで入り江を回るツアー。
ただ今は、やっぱりちょっと寒いから、もう少し暖かくなった時にやりたいかなぁ』

よりちゃんは続けてそう語る。

海から見る景色。陸からはまた違った景色だろう。

海から来るもの…えびす様…えびす様は海から漂着し、宝も運ぶという。

空から落ちてくる狐…あちこち陸を移動する塚…古戦場…。

何かが関係あるような、全く関係ないような…。
妙に気になりながら、地図を眺めていた。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?