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夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日

1.番外編~浜辺の旅 12月某日  1日目(1)


友人二人に誘われて、週末に二泊、海辺の温泉に行くことになった。
最近、深く掘削して、温泉が湧いたらしい。

温泉というと火山の近く、山の中というイメージだが、
確かに最近は東京の真ん中でも、火山でもなんでもない山でも、「温泉」と呼ばれる入浴施設がある。
調べたら、近年になって「温泉法」が改正されて、有効成分が一定量含まれていれば、温度が低くても
「温泉」なのだそうだ。

今回は湯治というより、普通に観光旅行だ。
友人の一人のよりちゃんの「観光資源調査」に付き合う形である。

「観光資源調査というと、すごくカッコいいけどね。正直、個人的興味よ」
とよりちゃんは言う。

「私も、食い意地が張っているから、現地の食の調査ということで」
ともう一人の友人、あーちゃんが言う。
あーちゃんは、自称「各地の地元食の研究家」。

現地集合ということで、集合は目的地に近い駅。
冬の午後の昼下がり、人のほとんどいない駅に着いて改札口を出ると、
あーちゃんが既にバッグを持って立っていた。

間もなく、自家用車で参加のよりちゃんが、構内の一時停車スペースに車を停め手を振った。

「ありがとう!」
口々に言いながら、よりちゃんの車に乗り込む。

「まだちょっと時間があるから、この辺り、ドライブしようか」

よりちゃんは車を走らせた。

冬の青い空の下、野菜畑が続く台地。
昨日は風が強かったが、今日は穏やかで暖かい。


「この間メールでも書いたけど、今日の宿は、釣り客がメインのお客さんの民宿。
古いし全然おしゃれな宿じゃないけど、磯料理で評判がいい宿なの。地元の家庭料理も期待できる。
明日は、この辺りでは老舗の大きな旅館。いわゆる観光旅館ね。
観光客に人気の宿。だから観光客受けする料理が出るよ。でもどこも競争が激しいから、
いかにメニューにオリジナリティを持たせるか…というのが、まあ腕の見せ所なんだろうね」

よりちゃんは語る。

「この辺りは海に近いからやはり魚料理が多いけれど、
野菜も産地だから、どんな料理を食べさせてくれるのか、楽しみだわ」

自称、各地の料理研究家のあーちゃんの声もはずむ。

「宿の料理ってたいていは魚!肉!だからねぇ。逆にそれでないと満足しない観光客が多いだろうからね」

「あと、ファミレスみたいに、子供も食べられて、ちょっとおしゃれで万人受けする料理だよね。
仕方ないとはいえ、大変だよね…」

「でも、最近は健康志向だし、女性客にウケがいいのは、やはり野菜料理だよね。
それも家庭料理的なものでなくて、おしゃれな感じの」

「〇〇野菜という名で、ブランド化して売られている野菜を見かけるね、最近。
東京のハイソな雰囲気のレストランとか、その野菜を使ってるっていうの、この間テレビでやってた」

「その野菜、もっと空気の良い他の土地でも作っていて、もっと安く手に入るんだけどねぇ」

「正直、野菜としての味はそれほど変わらないのにねぇ」

「しーっ、それは言わないのよ(笑) イメージ戦略ってやつだから」

「われわれ民衆は、そのイメージ戦略に踊らされやすいのよ。
スポットライトの陰に良いものがあったりするから、それを私は見つけたいのよね」

「マスコミに取り上げられるとスポットライトあたるからね。マスコミをどう利用するか?
また逆にスポットライトというか話題のものを取り上げれば、マスコミも観られたり読まれたりするからね。
まあ、持ちつ持たれつで、私はそれで食べてたりするんだけど」

昔からこの二人はよくしゃべる。しかも私の知らないことをよく知っている。
私はいつもそんな二人の会話を、「へー!そんなんだ」と感心しながら聞いていた。

今日もそんな2人の軽口を聞きながら、景色を眺めていると、
よりちゃんが「このあたりかなぁ」と脇の細い道に入った。

「明日の昼食の予約をしているお店があるのよ。あーちゃんも気に入りそうな、野菜専門のレストラン」

道の脇が開けて砂利敷きの駐車場があり、ポップな文字で「野菜料理 〇〇食堂」という看板がかかっている。
駐車場の隣接して、手書きながらもポップな字と裏腹なイメージの古い木造の平屋の建物があった。
車が2台停まっていて、一応開店しているようだ。

「レストランというより、おばちゃんのやっている鄙びた食堂だねぇ」

と思わず私が言うと、よりちゃんは

「うん、本当に地元のおばちゃん達がやってるんだけど、味とメニューに定評があってね、
その日のよってメニューが違うんだって」

「へえ!何が食べられるかは、行ってみないと分からないわけね?」
と私が言うと、

「地元出身の人から教わったの。お店がそれほど大きくないから、週末は予約しないと座れない時があるっていうから予約したんだ」

とよりちゃんがちょっとどや顔で答えた。

それを聞いてあーちゃんは

「さすが、よりちゃん。リサーチ力と企画力はさすがだわ。
メニュー興味ある~。楽しみだわ」

と嬉しそうに言った。

「とにかく明日のお楽しみね」

よりちゃんはそう言って、車をUターンさせてきた道に戻っていった。


海岸線を走って小さな漁港に寄ったり、高台に車を停めて景色を見たりしているうちに、
冬の日はあっという間に落ちて夕方が近づいてきた。

「じゃあ、今日の宿に行くよ」

車のナビに従い、やや心細い農道や海辺の道を走って、小さな浜辺に着いた。

「駐車スペースは、ここを入ったところにあるって聞いてるんだけど…」

運転手のよりちゃんが言いながら、さらに小さな路地に入ると、意外と広い砂利の広場が現れ、
「民宿  」駐車場と書かれた看板があった。車2台と、小さなマイクロバスも停まっている。

車を降りると、風に乗って、磯の香りがプンとした。
海を見ると、夕方になり風が出てきたせいか波頭をたてる波が、夕日にきらきらと照らされている。

荷物を持って宿に入る。

「ごめんください、今日1泊予約した者ですが」

ガラガラとガラスの引き戸を開けて、よりちゃんが声をかけると、

「はーい」

と言って置くから女将さんらしい人が出てきた。

階段を上がって、部屋に案内される。

アルミサッシの窓の向こうに小さな浜辺があり、海が見える。
浜辺は、小さな漁港まで伸び、その向こうは木々が茂る小さな岬が海に横たわる。
小さな漁船が停泊している。
小さな漁村の雰囲気が鄙びていて良い。

「民宿なんでお風呂が1つだけなんで、女性用の時間を分けますから、お風呂の時間を教えて下さいね」

と宿の女将さんが尋ねる。
3人で軽く合議して、可能ならば食事前に入りたい旨を伝えると、今なら大丈夫とのこと。
時間は40分間以内でとのことで、慌てて支度をして風呂場に向かった。

温泉のようにお風呂が売りではなく、多分に釣り客の汗を流すためのお風呂のようで、
家庭用お風呂を大きくした浴室。カランは5つ。

壁も床もタイル張りで、レトロな感じが悪くない。

40分間しかないので、3人で一緒に入り、慌ただしく身体や髪を洗った後、湯船に浸かった。

井戸水を沸かしているのだろうか、塩素の匂いも強くなく、水道水のお風呂のように肌にピリピリする感じもなく、肌あたりが良い。

「ゆっくり温まりたいけれど、そうもいかないね」

私が言うと、

「温泉湯治経験者としては、やっぱりゆっくり浸かりたいよね?」

とあーちゃん。

「明日の旅館は、大きなお風呂があるから、ゆっくり出来るよ」

とよりちゃんが言った。

それでも、それなりに温まったところで、「お風呂を出る時にお湯を抜いておいて下さい」との女将さんの指示どおり、
風呂桶の栓を抜いてから、風呂を出た。

洗面所 兼 脱衣場には、1つだけドライヤーもあったが、女3人がドライヤーを使える時間はほとんどない。

「郷に入っては郷に従え。こういうところではドライヤー使わないで、部屋でタオルドライ。デキる女は臨機応変(笑)」

よりちゃんが言う。

また慌ただしく服を着て、頭にタオルを巻いて、部屋に戻った。

「女3人組の割には、早いお風呂で、私たちエライよね」

部屋でおしゃべりしながら、髪をタオルで拭いたり、スキンケアなどしているうちに、
夕食の時間になった。

(つづく)

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