ながさごだいすけ
初めてのフェリー(6)赤毛でそばかすの女子高生
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初めてのフェリー(6)赤毛でそばかすの女子高生

ながさごだいすけ

いつまでたってもフェリーに乗らないので、実は乗らなかったのではないかと思い始めているかもしれないが、もちろんそんなことはない。フィッシュアンドチップスの話はいずれ書くことにして、フェリーに乗った話を書くことにしよう。

結局、日も暮れてきて、まだ英国の雰囲気がよくわからず、下手に町をさまよい歩いていると強盗にでも会うのではないかと思い、フェリーの待合室で出発を待つことにしたのだったが、フェリーはなかなか来なかった。レールの上を走るので遅れる理由が見つからない、と日本人なら考える鉄道でさえ、何時間も遅れるのが普通の欧州であるから、海の上を航行するフェリーが時間通りに着くわけがないのは当たり前のことなのだが、この時は、なにが当たり前なのかもわからずに、ただじっとフェリーの到着を待っていた気がする(なぜかこの待合室だけを鮮明に記憶している)。

出発予定時刻は9時だったと思うが、11時過ぎになってやっと出港したときには、ひどく込み合っていた。キャビンの座席に座ることはおろか、キャビンに入ることすらできなかった。乗客の多くが通路に座っていたので、わたしも妹と通路に場所を確保して座った。

ワックスと泥が混じった、普通だったら座ったりできるような場所でないことは一目瞭然だったが、みんなが座っているということは、座れるということである。さすがにじかに座る気にはなれなくて鞄の上に腰かけたのだが、みんなあまり気にしていないようで無造作に床に座っている人も多かった。

通路もかなり混んでいて、壁際はすべて人で埋まっており、通路の真ん中だけがやっと通れるだけ空いている状況だった。

わたしたちのすぐ隣には、赤毛でそばかすの高校生くらいの女の子が黒いTシャツにジーンズ姿で座っていた。ひとりではなく、家族旅行のようだったが、家族には背を向けて、ひとりでペーパーバックを読んでいた。わたしは、もちろん若い女性だからということもあったが、本を読んでいる人を見ると何を読んでいるのか覗いてみたくなる性分で、といってじろじろ見るわけにもいかないから、ときおりちらちらと目をやっていたのである。

そのうちに、彼女は家族が用意してきたらしいサンドイッチを受け取り、ペーパーバックを読み続けながら、食べ始めた。ところが、食べ終わらないうちに、ページの終わりに来てしまったらしい。だが片手でページをめくることはできなかった。手に持ったサンドイッチを見て、どうしようか一瞬考えてから、彼女は、なにげなく、そのサンドイッチを通路に置いたのだった。真っ黒なワックスにまみれた床に! でも、彼女はべつに躊躇するそぶりはなかった。ただ、置く場所を探して、空いている場所に、サンドイッチを置きました、というだけで、ページをめくり終えると、すぐにまたサンドイッチをつまんで食べ始めた。

それは極めて自然な一連の動作だったので、あたかもテーブルの皿の上に置いたかのようだったが、そうではなかった。木の廊下にワックスをかけ、その上を土足で走り回った後の、どう考えても衛生面では地面とたいして変わらない、というかむしろ悪い状況の床にサンドイッチをじかに置き、それを拾い上げて食べたわけで、日本人の常識から完全に逸脱していた。だって、例えばの話、あなたは駅のコンコースで床に置いたサンドイッチを食べられますか? という話なのである。

それを見てわたしが真っ先に考えたのは、土足文化というのはこういうことなのか、ということであった。異文化に接触するというのはこいうことなんだと。

いや、違うかな、やっぱり。さすがに、道端に食べ物を置いて、それをまた食べるという光景を見たのはその時だけで、彼女が特殊だったのだと考えるべきなのだろう。普通に考えて、自分の着物、履物、頭など、床よりはよほど衛生的な置き場所があったのだから。

わたしだったら、床に置くくらいなら、むしろ靴の上に置くだろうと思うのだが。

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ながさごだいすけ
母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。