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ヘンデルのメサイア

ながさごだいすけ

母のコーラスの話を書いているうちに、昔ヘンデルの『メサイア』をシンセサイザーに歌わせたことがあったのを思い出した。

もう40年も前のことになるが、当時わたしは、ヤマハから発売されたばかりのMSXパソコン(YIS503)を買ったのだった。MSXパソコンはマイクロソフト社が作った規格で、日本のメーカー各社から発売されていた。メーカーによっては独自の拡張機能があり、音楽に強いヤマハのものは、音源とシーケンサーソフトを内蔵した拡張ユニットを装着することができた。

シンセサイザーは8音ポリフォニックで、楽譜ソフトを使えば、8つの異なる楽器で同時に演奏することが可能だった。当時としては画期的なパソコンだった。大学院生だったわたしには、自由になる時間はあまりなかったが、それでも、曲を作って演奏してみるぐらいの余裕はあったので、毎晩帰宅すると、せっせと曲作りに励んだ。

だが、バンドをやっていたわけでもなく、自分で曲を作るといっても、そんな簡単にできるはずもない。ましてバンドスコアまで作るなんて無理に決まっている。3分ほどの曲をひとつだけは完成させた記憶があるが、もうそれで力尽き、挫折してしまった。

とはいうものの、いくら廉価版のMSXとはいえパソコンは院生のわたしには高い買い物だったから、そのまま放置するのではいくらなんでももったいない気がした。

それで思いついたのが、自分では弾けない曲をシーケンサーに演奏させることだった。とはいえ、実家に帰ればピアノがあり、演奏用の楽譜もいろいろもっていたが、貧乏な大学院生がそうそう遠く離れた実家になど帰れるわけもない。まずは楽譜を調達する必要があった。だが、市販の楽譜は高いし、なにを買えばいいのかまるで見当もつかなかった。

そんなとき、大学院で一緒に実験していた女性が市民合唱団で「ハレルヤ」を歌っていることを知り、楽譜をコピーしてもらえないかと考えたのがきっかけだったと思う。実際には、彼女はパート譜しか持っていなかったので、わたしは全音スコアかなにかを購入したのではなかったかと思うのだが、『メサイア』の中から、「ハレルヤ」を含めて彼女が推薦した3曲を打ち込んだのだった。今でもはっきり覚えているのは、「part 2-3 Chorus: Surely He hath borne our griefs」という曲で、冒頭の「Surely, surely」というフレーズが極めて力強くて印象的だったからである。

もっとも、シンセで再現したそれは、初音ミクのようなボーカロイドが出現するはるか以前の話だから、歌詞は歌っていないし、そもそもコーラスと思うにもかなりの想像力が必要な代物ではあった。

彼女は、たぶんそれをクリスマスコンサートで歌ったのだと思うが、わたしは自分のシンセに歌わせるのに夢中で、彼女の生歌を聴きに行こうとはまったく思わなかったような気がする。当時のわたしなら十分にあり得た話である。バカじゃないか、と思う。


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