ながさごだいすけ
送別会の幹事
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送別会の幹事

ながさごだいすけ

送別会の幹事をさせられ、「送別といっても、今生の別れではありませんから」という、さむーい冗談を言って先輩諸氏の(苦)笑いをとったことを思い出した。(※)

40年近く前のことである。

大学院の時、D3の先輩がめでたく学位を取り就職が決まったので、送別会の幹事をさせられた。入学して1年以上経っていたはずで、わたしが幹事向きの性格でないことは既にみんな知っていたはずだが、たぶんそれまでいつも幹事をしていた同級生がいなかったからだろう。

場所は、学内のコロキウム室のような狭い部屋だったが、コロキウム室ではなかった。あれはどの部屋だったろうか。

実のところ、断片的に思い出した記憶は、そのくだらない冗談を言った瞬間だけなのだが、ひどくリアルである。

わたしは、中央に長い机が置かれた典型的な会議室の、ドア側の窓に近い壁を背にして、立って開会の挨拶をしていた。初めての送別会幹事で、いつものことだが、経験のないことには、同格の(とわたしが勝手に思いこんでいる)人が以前にやって笑いをとったり、うまいと感じさせられたパフォーマンスを模倣するという、いつものパターンで臨んだが、大抵そういう場合は失敗するのである。

この時も、いつもたいてい幹事をさせられていた同級生の名司会ぶりを模倣しようとして、くだらない冗談で失笑を買ったというわけだ。

今の職場に移った時の組合の挨拶でも、同時に入ったK先生が最初にした自己紹介を拙劣に模倣して、こんどは誰もクスリともしなかった。話すうちに、しどろもどろになってしまったからである。

どちらの場合も、敗因は分かり過ぎるほど分かっている。同級生は国家公務員試験を趣味で受けるほどの秀才(もちろんかならず合格)、K先生も某製薬企業から引き抜かれてきた期待の星で、どちらもその知性が計算された笑いを作り出していたのだから、頭のないわたしが見よう見まねで模倣できるはずもないのはわかりきったことだった。

同格という認識自体、まったく自分の頭の悪さを反映していて、今思い出しても顔から火が出るような思いがするのだった。

(※)スタンダールの『恋愛論』を読んでいるときだったので、あるいは何か関係があるかもしれないと思ったが、送別会にだれがいたのか思い出せない。送別されるD3の先輩が婚約者のいる四年生の弁当を毎日のように食べていたエピソードを思い出したせいかもしれないが、その弁当は彼女の母親が作ったもので、先輩は一体だれが好きだったのかという笑い話になっていた。と思うのだが、実は、送別会がその先輩のものだったかどうかも、もはや忘却の彼方なのである。

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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。