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庭のサカキ

年末最後の日曜日、母とお昼ご飯を食べていると、庭のサカキに少し大きめの小鳥が一羽止まって、しきりに実をつついているのが見えた。昨日も別の小鳥が三羽ほどきて、しばらく実をつついて去っていったな、そういえば急に鳥を見かけることが多くなった気がする、と漠然と考えていた。

母は、それを見ながら、さっき買ってきた神棚用のサカキがひとつしか入ってなかったので、もうひとつ買いに行かなければならない、という。左右にひとつずつ、計ふたつ必要なのである。

わたしが、答えずにぼんやりと庭のサカキと鳥を見続けていたので、「あれでも良いんだけど、届かないんじゃないかしら」と母は言った。

「脚立に乗ればぎりぎり届くかもしれないけれど、脚立のいちばん上には危なくて立てないし、足元がでこぼこしてて安定しないから、きちんと立たないんじゃないかしら」と、わざわざサカキを買ってこなくてはいけない理由を自分に言い聞かせているようにも見える。

確かに、実家のサカキは高さが3-4メートルあり、いちばん低い枝でも2メートル以上はありそうだった。でも、わたしは、二三日前に母が、サカキの枝に積もったケヤキの枯れ葉を、高枝切りバサミを使って払い落しているのを見たばかりだったので、今回もそれをつかえばなんとかなるのではないかと考えていたのだった。

母は、わたしがずっと庭のサカキを見続けているのをみると、ひとりでさっさと庭に出て、サカキの枝の下に立った。手を延ばしてみるまでもなく、やはりまるっきり届かない高さである。

わたしも庭に出て、物置から高枝切りバサミを取り出した。ハサミといっても、もう何十年も前に買ったもので、刃の部分は錆びついて動かない。ただ長いだけの棒に過ぎなかったが、それでも、錆びついたハサミと取っ手の部分を使って、なんとか枝にひっかけて手元に手繰り寄せることができた。

最初に簡単に取れたいちばん下の方の枝を渡すと、母は、黒ずんで枯れた葉が多くて、とても飾りにはならない、と言った。しかたなく、もう少し上の方の枝に飛びついて、なんとか手繰り寄せ、先端の方を折って渡すと、これなら使えそうだ、と母は言った。

裏返すと、青い実がたくさんついていた。黒くなったものもいくつかあった。鳥たちはこれを狙ってくるのだろう。裏庭には、サクラやケヤキのように今の季節には枯れてしまう木のほかにも、何本か常緑樹があるのだが、鳥たちは他の木には目もくれずに、いつみてもサカキの枝に群がっているのだが、初めてその理由が分かった気がした。

このサカキは、誰かが植えたものではなく、ある時どこかから運ばれてきた種から勝手に芽を出したものなのだと母は言った。「最初これくらいの(と言ってひざ下あたりに手をかざして)高さしかなかったのに、あんなに大きくなったのよ。」

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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。