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語られる自己概念ということについての諸々

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キャリアカウンセリングとは、ある意味では自分のキャリアに関わる物語について、カウンセラーとの「話し/聞く」関係の中で、明らかにしたり、再構築されたりするプロセスなのではないか、と… もっと読む
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どんな球を返すか~語られる自己⑦

先に外在化のことに触れましたが、対話は外在化を進める上でとても有効な方法だと思います。有効というか、慣れているというか、手っ取り早いというか。もちろんそれ以外の方法もありますし、対話ではない方がやりやすい、あるいは対話という方法は選びたくないという方もいらっしゃると思います。そのほかの方法でも以下のお話に近いことは起こるのではないかと思うのですけれど、ここでは対話を中心に進めたいと思います 自身の中の世界、内界についてさまざまに吟味した結果として、一連の言葉として発声されま

語るという行為の中のスピード感~語られる自己⑥

ここまで語られる「もの」(内容)についていろいろと述べてきたわけですが、ここからは語ることそのものについても考えてみたいと思います ちなみにこの辺りのことは、2001年というからもう20年も前に出版された「ナラティヴ・セラピー入門」(高橋規子、吉川悟、金剛出版)によるところが大きいです。むしろそちらを読んでいただいた方が良いくらい。 なにせここに記していることは、こうした専門家や諸先輩方が考え、書籍や論文にまとめられたものを、私が読んで「こういうもんじゃないの」という認識の

語られる”物語の展開”は誰のものか~語られる自己⑤

先に自己概念を表現する(自分らしさを語る)ときの、その”記述”は、その人のオリジナルではなく、その社会で一般的な表現の中から採用されたものなのでは?-というところから、そうした表現はその所属する社会がどのような状況であったかということに依拠することになるので、自分らしさとはいいながら、その集団の反映となっていませんかね、ということを説明してみました。 記述に用いる”表現”だけでなく、その物語のモチーフや展開もその集団の影響を受けているのではないでしょうか? 物語の展開として

語られる”記述”はだれのものか~語られる自己④

「自分らしさ」ということを、自己を語るときによく耳にしますが、語られている”自分らしさ”とはどういうことなのでしょうか? 「私って○○な人だから」というときの「○○」。これは「既にあるもの」であって、ある程度その社会の中で共有されている必要があります。たとえば「私って”そぬけめ”な人だから」といったとき、その”そぬけめ”について相手が知ってくれていないと、何も語っていないのと同じくらいの効力しかありません。かりに相手が”そぬけめ”なるものを知らなければ説明するしかありませんが

自分が語るのか、語ったことが自分なのか~語られる自己③

さて、自己概念は語られることで明らかになる-ということを前提にした場合、もう一つ気になるのは何のために語るのか? ということ。つまり自分に対する語りは、因果論なのか目的論なのか? 因果論とは、「○○という理由で▢▢ということになった」というもの。「▢▢であるのは○○だから」とも言えます。原因があるから結果がある。なので、こうなっている結果には原因があるだろうという考え方。 とてもよくあるお話ではないでしょうか? 「今の自分があるのは・・・・という経験があったから」「あのとき

紡ぐもの紡がれるもの~語られる自己②

自己概念は語られることで明らかになります。このことは改めて記すとして、少なくとも語られなければ、他者はもちろんのこと自分でも何のことやら分からない-ということになろうかと思います。 もちろんイメージ、表象というかたち(方法)で示すこともできるでしょう。ただ、ことキャリアということになると、他者にもわかってもらうことが必要な場面が数多くありますから、言葉にして語る、言語化することは大いに意味を持ちます。 語るに当たっては、どうしてもそこに「流れ」が必要になってきます。流れは時

私って○○な人だから~語られる自己①

キャリアを考える時、多くの場合「自己分析」をします。 自分は何者なのか? その上で、 自分はどうありたいのか? そのためには何をすべきなのか? と、考えを進めていきます。 基本には自己分析。「自分は何者なのか」があります。 この「自分は何者なのか?」という問いに対して、何らかの答えが得られて初めて、どうありたいのかが分かり、その結果、そこに到達するために何をすべきか、何に取り組むべきかが分かるようになります。 「自分は何者なのか」とはつまり、自己概念を問うていることになり